第9話 ファイアボールが撃ちたくて

 魔法使いであるジョンは、俺が人生で何度も試そうとしたあれをするつもりだ。

 さっきまでは魔力を温存するつもりでいたようだが、考えを改めたらしい。


 ゴブリン六匹が、徐々に傷つけられて命を散らしつつある仲間の救済に入ろうとしたところで、彼は左手に持った杖を向ける。


 瞬きする間もなく、杖から唐突に現れた炎が獲物を目掛けて飛びかかっていった。ファイアボールという初級魔法だが、これが既に俺にとっての壁だったのだ。どう頑張ってもできなかったことを普通に人がやっている姿を見ると、なんだか胸がモヤモヤしてしまう。


 獰猛な炎は一番最後に加勢しようとしていたゴブリン二匹に襲いかかり、悶絶する彼らから全てを奪っていった。あっという間に黒く焦げた塊に変えてしまう。


 これに驚いた他のゴブリンの一匹が無計画にジョン目掛けて突っ込んでいくが、しれっとジリアーナさんの白刃が光る。また一つ魔物の首が飛んだ。


 そして息も絶え絶えながらも、ラングは残ったゴブリン達を豪快に斧で切断していった。とにかく、遺跡入り口付近の魔物は全滅したとみて良さそうだ。


「終わったんだ……」


 誰に話しかけるでもなく、気がつけば俺はただ呟いていた。この過激かつ凄惨な光景は、もしかしたら一生忘れることができないかもしれない。


「まあ、今回のは前菜ってところかな。ラングゥー。ちょっと腕落ちたんじゃないの?」


 ジリアーナさんがケラケラ笑っている。実践慣れしているというか、他二人とは違い緊張の色はまったくなかった。


「う、うっせえな! 今日は調子が悪いんだっての。なあジョン」

「いつもこんなですよ。ラングは」

「おいおい! お前まで言うかあ。そうだ! どうよボウズ。俺の戦いっぷりは」


 急に話を振られたので俺は戸惑った。っていうか、ボウズじゃないんだけど。


「あ……凄かったです」

「ふむ! そうだろうそうだろう。遺跡に入ったら俺が戦い方を教えてやろうか。ついでに女の口説き方も教えてやるぜ。ガハハハ!」


 ちょっと褒めただけで上機嫌になるんだから、あながち悪い人じゃないのかな。


「アンタに口説かれる女がいるのかねえ。さっ、休んでないで行くよ」

「ったく、相変わらず人使い荒いなぁ。でも依頼の話が確かなら、ほとんどのゴブリンが死んでるはずだ。後はわずかな残党狩りだぜ」


 ジリアーナさんに急かされ、ラングは面倒そうな顔をしつつも先頭になって歩き始めた。正直手に汗を握っていた俺は、彼の話を聞いて少しだけ安堵していた。


 でも、遺跡の中に入ってみると薄暗くて、外にいた時よりもはるかに不気味な感じがする。俺にとっては初めてのダンジョン探索ということになった。


 魔物の巣窟になってしまった建物、場所は大抵の場合ダンジョンという呼ばれ方をしている。そういえば以前、学者からダンジョン学というものを学んだことがあった。


 でも、あれは実戦に役に立ちそうにない。ダンジョンの成り立ちから、初めて人類がダンジョンを発見した歴史ばかりを説明しているだけだったからだ。


 遺跡というだけあって、中には文化的な何かの壁絵やよく分からない奇妙な道具がいくつも置かれていた。虎や熊の石像が並んでいたりもする。

 一階は特に何もないようだった。俺たちはしばらく歩き回った末に見つけた地下への階段を見つけた。


 すると階段を降りる直前でジリアーナさんが足をとめ、ラングに声をかけた。


「あいつらはまだ生きているね。どうやら隠れているようだよ。にしても、これは臭いなー」

「え。いや、俺は屁なんてこいてねえぞ」


 スキンヘッドがビクリと震える。


「アンタじゃなくて。この先にいる連中がってこと」

「何かあるんですか?」


 俺はつい気になって質問していた。彼女はなんだか楽しそうに首を鳴らして、ちょっとした準備運動も始めている。


「依頼の話とは全然違うと思うんだよね。アタシ達、わりかし大勢と戦わなくちゃいけない、みたいな」

「え? 何でわかるんですか」

「ジリアーナさんは、我々とはまったく踏んできた場数が違うんですよ」


 隣にいたジョンがそう言うと、額の汗を拭いながら小瓶を飲み干していた。


「第六感ってやつかな。戦いを繰り返していれば自然とアンタも身につくよ。この先には……ちょーヤバい奴がいるかも」


 唐突に幽霊みたいに手を曲げて、恨めしそうな声を出しながら近づいてくるジリアーナさん。


「なんか、緊張感ないですね」

「まあ、こんくらいは普通さ! ラング、ジョン、行くよ」


 ジリアーナさんとは対照的に、二人はいくらか緊張しているようだった。どうにも温度感に違いがある。ラングはさっきまでの豪快さが嘘みたいに、慎重に階段を降り始める。


「おいボウズ。罠があるかもしれねえからな。お前も気を抜くんじゃねえぞ。っていうか、怖くねえのか?」

「大丈夫です」

「本当に大丈夫なんだろうな。お前が怖いなら戻ってもいいんだぞ」

「大丈夫です」

「本当の本当か? 初心者のお前が怖いなら、俺も仕方なくここは撤退しても」

「いいから進めっ!」


 唐突にジリアーナさんの蹴りが、スキンヘッドの背中に命中した。


「うおわああ!?」


 ドスン! という大きな音を立てて地下一階に落ちたラングは、顔面を打ちつけつつもすぐに立ち上がってキョロキョロ周囲を見渡している。大丈夫かなぁと、俺はなんとなく他人事だった。


「おいおい。迷路みたいになってやがるぜ」


 階段を降りきって周囲を見渡すと、確かにいくつもの通路があった。こういう時は一体どうするのだろう。


「よーし。とりあえず一つずつしらみ潰しだ。ラング、アンタが先頭なんだから、さっさと進みな」

「人使い荒すぎねえか! ったくよぉ」


 文句を言いつつもジリアーナさんに従うラングは、すぐに正面の通路を歩き始める。ジョンはすぐにラングの後ろについたが、ジリアーナさんはなぜか最後尾だった。


「背後から襲ってくるかもしれないからね。本来は荷物持ちが最後尾をやるんだよ。もしかしたら機会があるかもしれないから、覚えておきな」

「……はい」


 彼女は俺に気を遣ってくれているらしい。確かに、まったくの初心者が背後から襲われるようなことになれば、ひとたまりもなくやられてしまうだろう。


 同時に、ジリアーナさんは俺のことを逐一観察しているようでもあった。なんていうかやりづらい。


 遺跡の地下は暗く、いつ怪物が襲ってきてもおかしくないような雰囲気に満ちていた。

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