第7話 酒場に連れられて
二日後、俺は教会の病室から出ることになった。
これだけお世話をしてもらった以上、何日働いてもお金を払わなくてはと思っていたのだが、神父様とファニーさんは首を横に振る。
「いいんですよ。殺されそうになっていたあなたを救えただけで、私達は神様に褒めていただけるのです」
「ほ、褒めていただけるって。そんな、いいんですか」
白い髪と髭でほとんど顔が分からない小柄な神父様は、ニコニコ笑ってうなづいているだけだった。ファニーさんは何かに気がついたように教会の屋根を見る。
「もし良ければ、エクスさんも私たちと同じ、プリーストになってはみませんか?」
「え!? 俺が?」
「はい! だってこんなに魔力が高くって、とっても真面目そうなんですもの。きっとなれますよ。いいえ、してみせます! どうです? どうです?」
「してみせますって言われても」
ぐいぐいこられるのでちょっと面食らってしまう。魔力が高いってことは、こうやって目を引いちゃうんだと改めて実感する。
「おいおい。あたしが先約してたんだぜ」
教会の扉が両開きで広がり、昼の強烈な光が室内に入ってきた。反射で黒い影にしか見えなかった紫髪の美女は、今日も背中に二本剣を背負っている。
「エクス。アンタに剣を教える前に、ちょっと付き合いな。いい所に連れて行ってやるからさ」
「は、はあ」
女性にしては豪快な笑顔とともに肩をバンバン叩いてくるジリアーナさんに気後しながらも、とにかく教会を出て外の世界へと向かっていった。
チラリと後ろを見ると、神父様とファニーが微笑みながら手を振っている。優しい人達だなぁ。こんな思いやりに触れたのはいつぶりなんだろうか。お金稼いだら、すぐに教会に行って幾らかでも払おう。
頭の中ではそんなことばかり考えていた。
◇
「え。なんで酒場? しかも昼間ですよ」
俺の至らない一般常識では、酒場というものは夜に開くはず。ジリアーナさんはいたずらっぽい笑みはそのままに、わりかし強引に背中を押してくる。
「気にすんなって! ここは昼間もやってる酒場なんだ。あたし達にとっちゃ根城のようなものさ」
「あたし達って?」
俺とジリアーナさんはほとんど身長が変わらない。彼女は女性にしてはかなり背が高い方で、黙っていれば色っぽい美女って感じなのだが。昼間からお酒を飲んでいるとは。
ナチュラルパワーが圧倒的な女剣士に押され、おぼつく足取りで俺は酒場の中に足を踏み入れる。瞬間、一気に背筋が寒くなるのを感じた。
外見は古びたどこにでもある店という風亭だったが、中に入ると意外なほど広い。五十人くらいなら余裕で入るだろうっていう空間に、もう二十人ほど集まっている。
「ここにはさぁ。命知らずの奴らが集まってくるんだ。アタシは大体の場合ここで仕事を貰ってくるんだよ」
「仕事を? 店員をしてるんですか」
俺の返しが変だったのか、またジリアーナさんはケラケラ笑った。そのまま中央にあるバーカウンターに近づくと、隣を指差してきた。
恐る恐るカウンターに座り、とりあえずジュースを注文してみた。しかし、さっきからなんなんだ。このまとわりつく視線、興味の眼差し。落ち着かないっていうか、なんというか。
「ジリアーナ。そのガキは誰だ?」
ふと気がつくと、奥のほうでこっちをじっと見ていたスキンヘッドのお兄さんが側に来ていた。
「よー、ラング! エクスっていう奴でさ。なんかワケありっぽいし面白いから連れてきたんだよ。これから剣を教えてやろうと計画ちゅー」
「な、なんだって!?」
突然スキンヘッドが叫ぶ。なんか、周りでチラチラ様子見していた男女の視線がいっせいに集まってきているようだ。周囲を見渡す気にもなれないが、視線っていうのはなんとなく分かるから不思議だ。
「お前が弟子を取るなんて初めて聞いたぞ! 王族の剣術指南だって断ったじゃねえか」
「弟子ってわけじゃないよ。それとあたしには向いてないんだよ。お堅いところはさ」
どうやらジリアーナさんは王宮剣術教師にスカウトされたこともあったらしい。多分ここから北西にあるルーク城だろうか。
「俺と組んで仕事してくれるって話だったじゃねえか。それがこいつの先生をするなんて聞いてねえぞ」
「だからそういうんじゃないって。まあ、ちょっとくらい先生してもいいけどね」
まずい。この顔面凶器みたいなスキンヘッドもといラングが俺を睨み始めている。
「大体よお。こいつは一体なんなんだ? ジリアーナほどの戦士が手をかけなくちゃいけないほどの天才だっていうのかよ」
「あはは! こう見えて、なかなか面白い男だよ。でもさぁラング。今日一日だけならパーティ組んでもいいよ」
「お、おい! 本当かよ」
「うん。この前言ってたゴブリンが住み着いた遺跡があるって話していただろ。そこに行こう。エクスも連れてね」
「お、俺も?」
「そ! 今回のところは荷物持ち。まずは見習いからさ」
ラングはなんだか複雑な顔つきになりながらも、渋々首を縦に振る。
「なあ、エクスだったか。お前多分だけど育ちいいんじゃねえか? 俺たちの仕事はな、普通の暮らしを楽しんできた奴にはしんど過ぎるんだぜ。それでもいいのか?」
「……あんまり良くはないかも」
非常に小さい声だったが本音が出てしまった。だってこんな厳つくて怖そうな男と一緒にゴブリン退治って、想像しただけで震えてしまいそうだ。
「あん? 小さくて聴こえなかったぞ。なんて言ったんだ」
「あたしにはちゃんと聴こえたよ。俺、三度の飯よりスリルが好きなんですよ、だってさ」
「言ってませんよ! ちょ、ジリアーナさん!」
「あはは! 気にしすぎさ。まずは気楽に構えていいんだって。じゃあ、早速行こうか」
心の準備は全然できていないし、物理的な用意もまったくない。そういう一切合切を飛び越えて、俺は唐突に冒険に駆り出されることになってしまった。
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