第6話 エクスを追放した父と、焦る兄
エクスが倒れてから数日後、キール邸では大規模なパーティが開かれていた。
魔導貴族現当主、ダグラスは屋敷の大広間と庭に考えうる限りのもてなしを用意していた。
パーティ会場には王家にゆかりのある伯爵家の面々も含まれており、著名な有名人がいればすぐにも駆け寄り挨拶を続けている。
彼にとってみれば、出世の為に人脈を広げることは何よりも重要であり、側から見る限り順調そのものであると言える。
だが、魔導貴族という立場は通常の貴族階級とは別物として認知されており、立場としては微妙と言わざるを得なかった。実際には公爵には遠く及ばない位と呼ばれている。
先代以前の当主たちはそのことに不満を持っていなかったが、ダグラスにとっては到底満足のいくものではない。彼は庭で多くの人集りの中心になっている男へと歩み寄った。
「コンラート様。お久しゅうございます」
「おお、ダグラスか。此度の催し、なかなかに愉快であるぞ。お主は芸人としての才もありそうだな」
「恐れ多いお言葉です。私めがこうして有意義な毎日を過ごせるのも、ひとえにコンラート様のおかげでございます。国王から最も信頼を置かれている公爵家筆頭との肩書は、決して大袈裟なものではありますまい」
魔導貴族の当主は、しきりに公爵のご機嫌取りを始めた。だが、それ自体は珍しいことでは決してない。誰もがコンラートの贔屓になりたいと願いこの場にやって来ているのだから。
「ふむ。ところでダグラスよ。ご子息の姿が見られぬようだが?」
「ドレインならば、あちらでございます」
「いやいや。もう一人息子がおったろうに。エクスという子だ。しばらく会っておらんからな。再会できるのを楽しみにしていたのだよ」
その言葉に、ダグラスは苦虫を噛んだような表情になったが、すぐに笑顔の仮面を被った。
「エクスですか。ええ、実はちょっと……いろいろとありましてね。是非参加したいとは申しておりましたけれども」
「いろいろ? 何があったのだ」
コンラートは幼少の頃にエクスと出会い、その素直さに好印象を抱き、以来何度か顔を合わせるようになっていた。数年おきに出会うたびに成長する少年と会うことを、内心楽しみにしていたのである。
「いや、大したことではないのですがね。ちょっと急用がありますので、ここで失礼します。それからコンラート様、魔具の授与の件ですが」
「その件なら心配はいらぬ。国王にはしっかり話をしておるからな」
「ありがとうございます! では申し訳ございませんが、私はここで」
いそいそと屋敷から出ていく魔導貴族は、今にも大笑いしそうなほど喜びが全身に溢れているようだった。彼は今やその地位を安全に押し上げる術を獲得しつつある。
しかし、そんなダグラスに内心苛立ちを覚える者がいた。キール家長男であり、実質次期当主が確定している男、ドレインである。
「くそ。親父の奴め。勝手にエクスを追放しやがって」
父がパーティ会場から颯爽と馬車に乗り込む後ろ姿を、長男は険しい顔で睨みつけていた。庭で何人かの若い女性と酒を飲み交わしながらも、視線は時折彼に向いてしまっていた。
「あら? どうなさったのドレイン様。とても怖いお顔をされていますわ」
「まあ! 本当ですわね。どこか悪いのですか?」
「え? いえいえ! ちょっと考え事をしていただけです。弟が元気にやっているのか、今も心配になってしまうのですよ」
ドレインは彼女達に、持ち前の爽やかさ溢れる微笑で応える。
「あ……ごめんなさい。エクス君が突然家を出て行かれたのでしたわね。私達ったら、気遣いに欠けておりましたわ」
「お気になさらず。私は弟の考えを尊重するだけですし、もう彼は立派に成長しています。私のほうこそ弟への信頼が至らなかったと、今気がつかされました。それより、今度皆さんで乗馬でもいかがでしょう」
「まあ! 教えてくださるの。素敵!」
女達は彼の笑顔に我を忘れたかのように喜んでいる。こうやって見かけを取り繕い、人格者を装ってさえいれば大抵の人間はころっと騙されるのだと、ドレインは心の中でいやらしく笑った。
しかし、そんな彼の元へ不意にメイドの一人が寄ってきた。
「お話中失礼致します。ドレイン様に来客がいらしているのですが、面会いただけますでしょうか」
「ごめん。事前に約束はしていないんだよね? 後にしてくれないか。今は皆さんとのお話が、」
断ろうとしているドレインの耳元で、彼女はそっと囁いた。
「ガーレンという方が、例の件でと」
「……」
ふっと春風のように爽やかな青年から笑みが消える。すぐさま取り繕い直し、形ばかりの微笑と謝罪をしながら、彼は足早にメイドと共に屋敷へと向かう。
廊下を進み地下へと降り、今招かれている金持ち達には決して使わせることのない、少々粗末な来賓室の扉をノックする。
返事を貰うより前にドレインは扉を開けた。中には青い髪を伸ばした男が一人いるだけだった。顔色と同じ青い髪は肩まで伸ばしており、腰掛けているソファの隣にはフードを乱暴に置いている。
「こんにちはドレインさん。いやー、地下だっていうのに豪勢な部屋ですねえ。ここだけで僕の家より広いじゃないですか」
男の挨拶をドレインは無視していた。対面のソファに腰をおろすと、神妙な面持ちでじっと見つめる。
「庭で女の子達と楽しくお喋りされてましたよね。将来有望かつそのルックス、かつ魔法の腕もこれからどんどん伸びていくと。いやー、羨ましい限りです」
「無駄話はいい。アイツはやったか。無論成功したんだよな」
「あはは。なんか冷たくないですか? まあいっか。それがちょっとばかり、ややこしいことになっちゃったんで」
途端に貴族家長男の顔が強張る。メイドはほとんど表情を変えず、まるで人形のように立ち尽くしている。
「なんだ? 殺したのか殺していないのか、まずそこから言え」
「……多分、生きてます」
ドレインの顔がみるみる怒りで染まっていく。ガーレンは宥めるように苦笑いをした。
「いや、ちゃんと刺したんですよ。ナイフでね。こう、太ももをグサッと! 毒も塗ってあるし大丈夫かなって思うんですが、あのジリアーナが加勢しやがったんです。あの剣の悪魔とか呼ばれた女がですよ。多分……アイツのツテっていうか、腕のいいプリーストが治療したら助かってるかも。いや……きっと生きてますよ。っていうか、」
ガーレンが説明を続けようとした瞬間、ドレインは拳で思いきりテーブルを殴りつける。
「失敗は絶対に許さないと言ったはずだぞ! エクスはなんとしても殺さなくてはいけないんだ。どんな手を使ってもかまわない。次こそ奴を殺してこい。いいな」
「いや、でもドレインさん。相手はあのジリアーナ達ですよ。匿われていたら到底、」
「十分な報酬は渡しているはずだぞ。もし不可能だと抜かすようなら……」
「あ! わ、分かった。分かりました。必ずやってみせますから、もう少し時間ください。やります、必ずね」
そう言うと、青髪の男はフードを目深に被りそそくさと部屋を出ていく。ドレインは雇った男の不甲斐なさに苛立ちが隠せない。
「あの男、信用して良いのですか?」
メイドが質問をしたが、しばらくドレインは黙っていた。少しの間をおいてから、体をソファに預けて静かにため息を漏らす。
「大丈夫さ。アイツの家は没落貴族ってやつでね。きっちり弱みも握っているからな。しかしエクスの奴、あっさり殺されると思っていたのに」
エクスが追放されたと知った日から、兄は焦りと恐怖にその心を蝕んでいた。まるで想定していなかったことを父は行い、おかげでろくに睡眠も取れない日々が続いている。自身が実験と称して行った数々の行為を、もし奴が誰かに漏らしたらどうなってしまうのか。
エクスが暴力行為を受けていた事実が町に広まり、自身の立場が危うくなるのではないかという大きな不安。それを解消するためには、弟を殺害するしか考えられなかった。
ちくしょう。一生痛めつけてやれると思ったのに。
魔導貴族の次期当主になるはずの男は、追放を行った父を憎み、弟に殺意を抱き続けていた。
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