第9話 キミの居ないハジマリ その4

今日は見慣れない天井で目が覚めた。


時間はまだ午前6時半。昨晩は凄く早く寝たので夜も開けてないこんな時間に起きてしまった。

といってもまだまだ時差の影響で身体のだるさが抜けきらなくて、ベッドから起き上がるきにはならない。

ましてや部屋に広がるダンボールを片付ける気にもならない。


とは言っても目が覚めてしまったので、ベッドから動かなくていいなにかを考えた結果、自作のエージェントシステムであるYouAI、僕がユウと呼んでいる子に相手をしてもらうことにした。

思い立ってすぐ枕元で充電している端末を手にとって彼女に呼びかける。


「おはよう、ユウ〜」

『あ、マスター。おはようございます。今日はなんだかとっても早起きさんですね?もしかして早く寝すぎて起きちゃったんですか?』

「あぁ、たぶん、そんなとこだよ」

『じゃあ早速、荷物の片付けしちゃいますか〜?』

「や、それはいやだな......。だるくてベッドから動きたくないんだ」

『えぇ〜、マスターは今日も怠惰ですねぇ。でも今日くらいは大目に見てあげましょう!』


ユウがえっへんと言わんばかりに胸を張って答える。

僕、普段から結構頑張ってるつもりだったんだけどなぁ。そんなに怠惰かなぁ?


反論したい気持ちもあったけど、あんまり回らない頭をこれ以上使いたくなかったので適当に流してさっさと雑談に入る。


「うん、そっか、大目に見てくれてありがと。それで、ちょっと雑談に付き合ってほしいんだけど、いいかな?」

『もちろんです!というか、いつも言ってますけど、マスターがそんなことを私に確認する必要なんてないんですよ?遠慮なくこき使うのが正しいあるじの姿ですっ』

「いや、うん、まぁ、そっか。考えとくね」

『むぅ......また適当にあしらってぇ......。まぁいいですけど!それで?何をお話しましょうか?』


僕が「そうだなぁ」と迷っていると、ユウの方から提案をしてきた。


『特にこれというものがないようでしたら、例えばこの周辺の地理やお店などの生活様式、居住者の人柄などについて、ユウがお調べしたことをお話するというのはいかがでしょう?』


おぉ......そんなことしてくれてたのか。


「それはいいね。お願いできるかな?」

『もぅ......また丁寧にお願いなんて......まぁいいです。承知しました!そうですねぇ......なにからお話しましょう』


何かを計算しているのか、少し考える素振りを見せるユウ。ややあって話題が決まったようで表情を明るくして話し始める。


そういえばこんな細かいところのインタフェースというかアバターまで作り込んでくれたんだから、には感謝しないとなぁ。

などとユウの表情を見てふと別のことを考えている内に、ユウが何か言っていたのを聞き逃してしまった。


「ごめん、ユウ。ぼーっとしてて聞き逃しちゃった。もっかい言ってもらえないかな?」

『なんですと!?マスター、それはさすがにヒドくないですか!?はぁ......ではもう一度説明しますね?

まずはこのあたりに住んでいる人間たちの性格といいますか、人間性について、SNSや学校裏サイト、オンラインに接続している監視カメラなどの情報源ソースを中心に調べた結果についてお伝えしようかと思うのですが』


おっと、確かに自分でオンライン上のデータを探してきて分析する機能を父さんと一緒に考えて開発したけど、そんなところまで調査したのか......。犯罪すれすれかもなぁ〜。

でも、新しい街に馴染むためにもすごく有意義な情報かもしれない。ぜひ聞かせてもらおうじゃないか。


「いいね、聞かせてくれるかい?」

『はい、マスター!もちろんです!』



それからユウはいろいろと聞かせてくれた。

細かい事件やイベントだとか近隣の人間関係まで教えてくれたけど、大まかには<この街や僕がこれから学校には基本的にヒトの良い人間しかいない>ということが伝わってくる内容だった。

まるで何かに守られてるみたいに、凶悪な事件や凄惨な事故が起こらないらしい。

大変素晴らしいことだ、非常に穏やかな生活が遅れそうでひとまず安心した。


もう1つユウが教えてくれた重要そうなこととして、僕の両親の幼馴染兼仕事仲間たちが隣家に3家族いて、その3つの家それぞれに1人ずつ僕と同い年の少年少女がいるらしい。

昨日僕ら家族を空港から自宅ここまで送ってくれた天使龍兎あまつかりゅうとさんの家族には息子さん、天使理人あまつかりひとくんがいるんだとか。

彼以外に、僕と同じ学校に通う予定の女の子が2人いるらしい。皇夕愛すめらぎゆあ神楽遥かぐらはるかという子たちだそうだ。


残念ながらユウの調査では彼らの詳細な為人まではわからないそうだが、監視カメラにはいつも3人一緒に仲良さそうにしている姿が映っていることから、「彼らの仲はとても良好だと推測される」という分析結果を出してくれたらしい。

父さんのスケジュールによると、彼らが今日の昼ごろから僕ら一家の歓迎パーティーをしてくれることになっているそうだ。

それほど出来上がった人間関係に僕のような新しい人間が入るなんてうまくできるだろうか。不安はあるけど、せっかくなのでがんばって仲良くしたいものだ。


間違っても初対面で女の子に手を出したり・・・・・・・・・・・・・・粗相をして、変なやつだと思われないように注意しないとな!


その後もユウから近所のスーパーや大型の商業施設、きれいな景色が見られる場所などなど、意味があるんだか無いんだかわからない情報を教えてもらっていると、気がつくといい時間になっていた。


いい感じで目も覚めたので、朝シャワーを浴びて準備をする。

お風呂も脱衣所も洗面台すらも使い慣れなくて戸惑うこともあるけど、なんとか着替えるところまでできた。


その後ダイニングで母さんがだしてくれた朝ごはんを食べていると、母さんから「伝え忘れちゃってたんだけど、今日はご近所さんとパーティーをする予定なの」と伝えられた。

ユウのおかげで知ってたんだけど、あんまり褒められた知り方じゃないと思ったので、「あ、そうなんだ。わかったよ」と知らないふりをしてしまった。


父さんの姿が見えなかったので聞いてみると、すでに外に出てパーティーの準備をしてくれているんだとか。本当に父さんはそういうこと好きだよなぁ。


ご飯を食べ終わった後は、パーティーの時間まで、2階にある僕の部屋の片付けをして過ごしていた。

最低限、机やクローゼットの中はあらかた片付けられた。机の上に、アメリカで仲良く過ごしていた友達たち、空港に見送りに来てくれた子たちと一緒に撮った写真を飾ったところで、母さんから「そろそろパーティーに行くわよ〜」と声がかかったので、いくつものダンボールを残して玄関に向かった。







パーティーの会場は本当にすぐ隣の「天使」と書かれた表札がかかる家の庭で、僕が行ったときにはすでにたくさんの家族がいた。


ぱっとみて少し疑問に感じたのは、ユウの情報にあった人数と違っていることだ。

聞いていた話だと、天使あまつか家から3人、神楽かぐら家から3人、そしてすめらぎ家からも3人くるはずなので、この場には僕ら家族の3人を抜いて9名いるものだと思っていた。

だけど実際にいたのは7名だった。


大人の人は5人、僕と同い年の子どもたちが2人。大人と子どもの1人ずつがいないのだろう。

大人の方は女の人が1人足りないので、だれかのお母さんがまだ来てないみたいだ。

子どもの方はというと、1人だけと聞いている男の子はこの場にいるあの子だろうから、女の子のうちのどちらか1人がいないのだろう。


そこまで推測が進んだあたりで<これ以上頭の中で考えても意味ないか>という判断して、僕と同年代の2人に近づいた。


その2人も緊張しているようだけど、割と優しそうな顔つきをしているし、ここはフレンドリーに行きたいところっ!良好な人間関係はまず、元気よく挨拶をするところからだよね。


そう考えて、僕はアメリカで仲良くしていた友達の中で一番元気が良かったクリスがよくしていた挨拶を思い出して、軽く手を振りながら若干ぎこちない笑顔で第一声を発した。


「や、やぁ!ハウディ!」


僕が声を出すまでとは違って、2人が困惑した表情を見せる。


あれっ!?なんか変だったかな!?表情が強張ってたとか!?声が裏返ってた!?いや......そんなことはないはず......。なにがだめだったんだろう......。


僕が不安にかられながら固まっていると、目の前の男の子が不思議そうな顔で口を開いた。


「えっと......ごめん。ハウディって、誰......かな?」


男の子の隣では女の子がうんうんと首肯しながら同じ疑問を感じているようだ。


ん?どゆこと?


その疑問に僕も混乱してしまって、僕ら3人がそれぞれに頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると、後ろで僕らの様子を見ていたらしい父さん達がゲラゲラと大笑いをしだす。

大きな笑い声にびっくりして父さん達の方を見るも、その反応に僕の疑問はさらに深まってしまう。


とりあえず、なにがおかしいのか聞かないとこれ以上間違えたら恥ずかしすぎるよ!


「えっと、父さん......?僕なにか間違えた......?」


そう質問した僕に、父さんはまだ笑いが止まらないとばかりに笑い泣きの目をこすりながらも、体を屈めて僕の目線に合わせながら教えてくれた。


「いやいや、間違えたわけじゃないんだよ。君たちの反応があまりにも可愛くて笑ってしまったんだ、ごめんよ。

知夜、ハウディってのはステイツの一部でだけ使う挨拶なんだ。だから彼らはきっと、その挨拶を知らないんだよ。さ、もう一度、普通に挨拶してご覧?」


なるほどそういうことだったのか......。普通に恥ずかしい思いをしてしまった。

きっと今、僕の顔は真っ赤だろう。辛いな......。初対面では絶対やらかさないと決意してたのに、盛大にやらかしてしまった......。


それでも失敗を挽回しようと再度2人の方を向いて、若干目を合わせられなかったけど前を向いて挨拶する。


「あー、ごめん、挨拶の仕方を間違っちゃったみたいで......。えっと、はじめまして、御門知夜みかどともやといいます。よろしくおねがいします」


流石にさっきほどの元気のいい声は出せず、ちょっとだけ震えてしまった気がしたけど、それでもなんとか持ち直せたと思う。

目線を彼らに合わせたり反らしたり忙しなくチラチラと動かす様子に、目の前の2人はさらに数瞬固まったままだったが、じきに2人ほぼ同時にふっと表情を柔らかくして、挨拶を返してくれた。


「ははっ、君面白いね!はじめまして、俺は天使理人です。」


先に話し出してくれたのは、黒髪ツーブロックな見るからに元気そうな男の子、天使理人あまつかりひとくんだった。

今の僕と父さんの会話を聞いて、事情を理解してくれたみたいで柔らかい対応をしてくれた。


「理人か。よろしく!」


差し出された手を握り返して握手する。なんだかこの子とは仲良くなれそうな気がする。


「それでこっちが......」


理人が隣の女の子に視線を流して挨拶を促す。


......どちらだろう?確か、遥という子と夕愛という子が女の子だったよね?


「はじめまして!神楽遥かぐらはるかです。りっくんの幼馴染です!」


遥という子の方だったか。ということは、ここにいないのは夕愛という子だけみたいだな。

あと、りっくんとはどうやら理人のことを言ってるらしい。なるほど、幼馴染で仲がいいというのは本当のようだ。


「よろしく、知夜くん」

「こちらこそ、よろしく」


彼女とも握手して僕達のファーストコンタクトはつつがなく......とはいかなかったけど、大きな問題はなく完了した。

僕が次の話題を考えていると、理人が少し困ったような表情で話し始める。


「本当は俺と遥以外にも幼馴染の子が1人いて、今日もここに来る予定だったんだけど、ちょっと昨日色々あってさ......。この後、ハルに呼びに行ってもらおうかって話してたとこだったんだけど、来てくれるかはわからないんだよね」


理人は遥のことをハルと呼んでいるらしい。

それはともかく、いろいろってなんだろう、と疑問には感じたけど、彼らの表情が浮かないものだったので、あまり詮索してほしくないんだろうと判断して、それ以上聞かないことにした。


「そっか。なんだかわからないけど、夕愛ちゃんにはまた今度挨拶させてもらうことにしようかな」


話を終わらせるために素直に考えていたことを伝える。


「「......え?なんで夕愛 (ちゃん)の名前......『おーい、とも〜。こっちでも挨拶しましょ〜』」」


理人と遥がなにか言おうとしていたみたいだったけど、それとかぶさるように親グループで話していた母さんに呼ばれてしまって聞き取れなかった。


「あ、ごめん、呼ばれちゃったから行ってくる。また後で話そう!」


僕がそういって母さんたちの方に向かう後ろで、理人が「え?あ、うん、また後で......」と言っていたのが聞こえた。





それから親グループ、つまり理人と遥のご両親たちにも挨拶と自己紹介をした。

彼らは父さんたちから僕のことをいろいろ聞いていたようで、結構細かい個人情報とかも知っているみたいだった。


あんまり世間には公表していないユウ(YouAI)のこともよく知っているらしく、僕もユウも、根掘り葉掘りといろんなことを質問されては「ほんとに偉いな!」とわやくちゃに撫で回されたりした。

悪い気はしないけど、流石に初対面の大人たちに囲まれて、ちょっと疲れてしまった。


あと話している内に、この場に居ない大人の1人が夕愛のお母さんであることがわかった。そのうちやって来るらしい。後で挨拶しないとな。


ある程度話し終えて大人たちから開放されたので、理人と遥を探してみる。

遥の姿は見当たらなかったけど、理人はパーティーのメインであるバーベキューの火の番をしていた。


今はお昼といえども3月で気温は低い。

正直室内でパーティーしようよって思ったけど、どうやら龍兎おじさんたちが「テキサスといえばBBQ。なら日本風のBBQを見せてあげよう!」ということで今回は寒空の下、庭でバーベキューをする運びとなったそうだ。まぁ楽しそうだしいっか。


庭には大きめのコンロが1基だけあって、炭への着火はある程度完了しているらしかった。

それなのに食べ物を焼き始めていないのはなぜか不思議に思った僕が理人に尋ねてみると、今遥が夕愛を誘いに行っているので彼女たちが帰ってきたら焼き始める段取りのようだ。

だから理人が火の番をしているといっても、見張り番をしているだけ、つまりコンロを見つめているだけみたいだった。


「そういえば、さっきの話の続きなんだけどさ?」


暇を持て余しているのか、パイプ椅子に座ってコンロを見つめながら理人が尋ねてきた。


「ん?ごめん、さっきの話ってなんだっけ?」

「いや、夕愛の名前なんで知ってたんだろうなって思ってさ。俺たちまだ夕愛のこと紹介してなかったよな?」


しまった......ユウから聞いていたから油断して名前出してしまってたんだ......。普通会ったこともないやつが名前知ってたら変なやつ認定しちゃうよね......。最悪の事態は避けないと!


「あー、その。両親から聞いてたんだ。僕と同年代のご近所さんができるよってさ」

「なんだ、そういうことか。じゃあ俺達の名前も知ってたんだ」

「そうだね。でも顔とかは知らなかったよ」

「ふーん、そっかー」


ふぅ。なんとか誤魔化せた。

今後からは何がユウから手に入った情報で、僕が知っているはずの情報がなにかちゃんと意識しておかないとなぁ。


今日ちょっと言葉を交わしただけだけど、どうやら理人も遥もそのご両親たちもいい人そうだし、ぜひともいい関係を築いていきたい。

内緒でみんなの情報を集めたり、女の子に手を出したりする変なやつだとは思われないようにしないと。


まぁ遥の方は、なんとなくだけど理人のことが好きそうだし、僕も別段なにか感じるものがあったわけじゃない。普通の可愛い子って感じだったし、そこに関しては問題ないだろう。

あとは夕愛という子とそのお母さんに普通に挨拶して、無難に仲良くなっていければ完璧だ!


僕が決意を新たにしていると、理人が「おー来たかー」と戻ってきたらしい遥に声をかける。

その声につられて僕もそちらに目を向けると、遥と、夕愛のお母さんと思しき女性の後ろにくっつくように歩く1人の女の子に目が吸い寄せられた。









<あ、あなたが私の運命のヒトなのね......>


目が合った瞬間に、彼女がそう『思っている』と感じた。

彼女との距離はまだそれなりにある。夕愛の顔写真を見たりしたわけではないので、あの子が夕愛と確信するための証拠はなにもない。


だけど僕はその瞬間に確信してしまった。

その子が夕愛だということだけではない。


僕がその人を生涯の伴侶にするのだということを。


選択的注意が強烈に働く。僕の目には彼女以外の情報が映らない。

彼女も同じなのだろう。


僕らは言葉を発しないまま、よろよろと一歩ずつゆっくりと近づく。








初めて目が合ったその瞬間に、なぜか運命だと悟った。

相手が自分の生涯の伴侶であること、相手が今考えていること、次に自分が言うべきこと、そのどれもが理解できた。


理由はわからない。でも結論だけはわかる。

僕達に言葉はいらないはず。多分、何も言わなくても全部わかると信じられる。

でも僕は声に出して伝えたいと思った。


気づいたときには口を突いて言ってしまっていた。


「ら、来世でも......必ず......キミのすべてを、僕のものにしてみせるよ」


なんでこんな言葉のチョイスにしたのか、自分でもわからない。でもこう言うのが正しいと思った。


一瞬間があったが、彼女は僕の目から視線を外すことなく、こくんとうなずいて返す。


あれ?彼女も「言葉にして伝えたい」って思ってくれてると思ったのに、僕の勘違いか......?

そう思ったのも束の間、彼女の目を見て伝わってきた。


<来世でも、必ず、アナタのすべてを、私のものにしてみせるわ>


心の声でそう僕に訴えてきていると。


これ勘違いだったら超痛いけど......。これは伝わってるよね?

ちょっと試してみようか。


<えっと、はじめまして、御門知夜といいます。もし伝わってたら、2回うなずいてもらえますか?>


心の声というか、頭の中で彼女に呼びかけてみる。

夕愛はすぐにうんうんと2回うなずく。

よし、やっぱり僕の妄想じゃないよね。


心臓が高鳴る。これまでの人生で僕のどこかにかけていたピースが埋まるのを感じる。

そうか、僕が探してたのは彼女だったのか。


感慨にふけっていると、また夕愛の瞳から心の中が読み取れる。


<はじめまして、皇夕愛といいます。ごめんなさい、今は声が出なくなっちゃってて......>

<大丈夫、全然気にしないで>


僕のその言葉にほっと胸をなでおろしたような仕草を見せる夕愛。

原理もなにもわからないけど、おそらく伝わり合ってるこの状況にあまりにも嬉しくなった僕は、周りに居た理人と遥、夕愛のお母さんが心配そうに僕らを見つめているのも無視してしまっていた。

僕は自分の心拍数や全身の血流がコンマ秒ごとに加速度的に上昇していくような錯覚にとらわれる。


あぁ、好きだ。この子のこと、絶対に手に入れたい。


彼女は顔を赤くしているし、僕がそう内心で思ったこともきっと伝わっているんだろう。


僕のテンションは上がりっぱなしで留まることを知らない決壊したダムのよう。




そんなだから、このとき思うのも、行動に移すのも辞められなかったんだろうな。


<抱きしめて、キスしてもいいですか......?>


彼女はコクリとうなずいて、<もちろんです>と返してこちらに駆け寄ってきてくれた。

そうしてゼロ距離になって、僕らは周りが呆気にとられているのもよそに、強く抱き締めあってキスをした。


このときはフレンチ・キス、もといディープキスなどという概念は知らなかったし、それまでしたこともなかったけど、そうするのが当たり前だと思って、相手の口の中に自分の下をねじ込んで舐め回すようにキスをした。




後から思い返せば、到底、9歳の僕達がするキスではなかっただろうし、まして初対面、というか周りから見れば一言も話していない無対面の状態でする行為だとは思えないよね。

でも僕と夕愛はそのとき、たっぷり数十秒、正気に戻った周りに止められるまで、お互いの舌を求めあったんだ。

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