第10話 アナタがいる生活のハジマリ

彼が声に出して話してくれたのは一言だけ。


「ら、来世でも......必ず......キミのすべてを、僕のものにしてみせるよ」


それだけを口に出した。


だけど、何故か私には彼が心の中で思っているのであろうことが伝わってきたし、私の気持ちも伝わってる気がした。

だから私も声は出せないなりに、自己紹介と声が出せないことを伝えようとしてみた。


<はじめまして、皇夕愛といいます。ごめんなさい、今は声が出なくなっちゃってて......>


すると彼は、ニッコリと微笑んで、多分<大丈夫、気にしないで>と返してくれた。気がした。


そのちょっとした反応に、私の心は安心と同時に高鳴りを止められない。

この人のこと、私好きだ。多分彼も私のこと、好きだ。


理由もないもないけどそう確信しながら、彼の目を見つめていると、<抱きしめて、キスしてもいいですか......?>と言われた。気がした。


もしかしたら声を失ったショックでおかしくなっちゃってるのかもしれないけど、そんなの知らない。

この気持ちは止められないよ!


気づいたら私は彼の元へ駆け出していた。


彼も私を迎えるように腕を広げてくれていたので、迷わず彼の胸にダイブして、一瞬見つめ合った後、彼の口の中に私の舌をねじ込んでみた。

信じられないくらい気持ちよかった。






しばらく貪りあったところで、私のお父さんと、初めて見た男の人に引き剥がされてしまった。


あぁ〜、もうちょっとしてたかったのに〜!


そう思いながらも声はでなかったので、お父さんをちょっと睨みつけておいた。





*****





その後、なぜかお父さんに凄く怒られちゃった。

「知夜くんのことを知っていたのか!?」とか、「初対面で何してるんだ〜」とか、「あんなことどこで覚えたんだ〜」とかいろいろ言われちゃった......私達はなにも悪いことしてないはずなのになぁ......。


パーティー会場のお庭の隅っこでひとしきり怒られてからみんなのところに戻った。

もうお肉も野菜もいっぱい焼かれていて、遥ちゃんも理人くんもお母さんたちもみんなご飯を食べ始めてる。みんなずるい!


私と反対側の端っこを見ると、知夜くんも彼のお父さんとの話が終わったところだったみたいで、ちょうどこちらに戻ってきたところのようだった。


そこで改めて、私と私のお父さん、知夜くんと彼のお父さんの4人で対面して、改めてご挨拶することになった。

まずは知夜くんのお父さんが声を上げた。


しゅう、それに夕愛ちゃん、でいいんだったかな?うちの知夜がいきなり申し訳なかった......」


知夜くんの頭を抑えて強制的に下げさせている。

それに彼のお父さんに「しゅう」と呼ばれていた私のお父さんが同じように続く。


「いやいや、朝人あさひと。こちらこそ、うちの娘が急にすまなかった......」


私も下げたくもない頭を下げさせられちゃった。こんなのっておかしいよ!


「ほら、知夜も謝りなさい」

「えっと、ごめんなさい......それと......」


彼がお父さんに促されて、ちょっと嫌そうに謝罪を口にしながら、さらに何かを言い淀んでいる。

だけど、しばらく逡巡したかと思ったら思っても見ないことを口にしてくれた。


「それと......彼女、夕愛さんと結婚させてください!」


彼のその言葉に、パーティー会場がまた静まり返る。

お父さんたちも口を開けて呆けている。


しばらく沈黙が流れたあと、最初に静寂を破ったのは私のお父さんだった。


「えっと、君たちは初対面なんだよね......?それでいきなり結婚なんて、どういう了見なんだい?」


お父さんは知夜くんにちょっと怒ってるみたい。

知夜くんは何も悪くないんだから怒らないでほしいなぁ......。


私はお父さんを止めたくて声を出そうとするんだけど、やっぱり何も音は出ないから、お父さんの服の裾を軽く引っ張るんだけど、全然気づいてもらえない。

そうこうしている内に知夜くんが口を開いた。


「いきなりすみません。確かに僕らは初対面です。でも......理由はうまく説明できないんですけど、ひと目見たときに、その子と結婚したいって思ったんです!......たぶん、彼女もそう思ってくれてると思うんですけど......」


尻すぼみに小さくなっていく彼の言葉にを確かめるように、お父さんたちが私の方を見る。


<そう!彼の言う通り!私も知夜くんと結婚したい!だからお願い!>


私は出せない声の代わりに目一杯首をブンブンと縦に振って、知夜くんの意見への同意する意思を示す。

気持ちが高ぶりすぎてちょっと目に涙が浮かんじゃってる気がするけど、それも仕方ないよね。


その私の反応を見て、お父さんはハアッと一息ついてから、私をちらっとひと目見て、知夜くんの耳元で私に聞こえないように諭すように伝える。


「知夜くん。君は知らないだろうが、うちの子、夕愛は今言葉を発することができない。昨日までは普通に話せていただんだけど、昨日色々あったようでね......。この状態はいつ治るのかわからない。もしかしたら明日治るかもしれないし、この先ずっと治らないのかもしれない。君はずっと夕愛とうまくコミュニケーションを取れないかもしれない。これから夕愛のことを理解するのは大変になるかもしれない。君はそんな子の面倒を見続けられるのかい?」


私に聞こえたら、ショックを受けてしまうと思って、あえて私に聞こえないように気をつけてくれたんだろう。

でもごめんなさい。言ったことなかったけど私、人より耳が良くて、小さい声でも聞こえちゃうんだよね......。


これからずっと治らないかもしれないという可能性は昨日の夜もずっと考えていたし、ついさっきまでそのことで怖くて動けなくなってたんだった。

でも、知夜くんを見て舞い上がっちゃって、そのことを忘れていた。


もしこれで知夜くんに嫌がられたらどうしよう......。今度こそ私は立ち直れないかも......。いやだ、そんなのやだ!


これ以上知夜くんの回答を聞きたくないと思うのに、私の身体は恐怖の感情に支配されて耳をふさぐだけの身動きすらも取ってくれない。

ただ呆然と俯いて立ち尽くすだけしかできない。怖い。知夜くんの顔が見れない......。どんな表情をしてるんだろう。


私の体感では、この怖い時間は永遠にも感じられたけど、実際にはほんの一瞬だったらしい。

そう、彼はお父さんの質問に即答してくれたらしかった。


「もちろんです。声が出せなくても関係ありません。というか、さっき彼女が伝えてくれたので知っています。それに、どうやら僕には彼女の心の声が聞こえるみたいなので、そもそも問題にすらなりません」


瞬間、彼の目を見る。私の方をまっすぐ見つめながら、芯の通った声でそう宣言する彼はとてもかっこよかった。

嬉しい。背中の真ん中を電気が走ったみたいな衝撃が流れて、胸とお腹のあたりが暖かくて幸せな気持ちが溢れてきた。


<あぁ......やっぱり聞こえてるんだね?>


心のなかで呟いただけなんだけど、彼はそれに対して「うん、聞こえる、っていうか、わかるよ」といって優しく微笑みを返してくれる。


その一方的なやり取りに、お父さんたちは何が起きてるのか、すぐには了解できないようで、頭上に?が見えるみたいだ。


「えっと、知夜くん。娘の声が聞こえるというのは......?」

「言った通りです。彼女がいま考えてることが、なんでかわからないんですけど、わかるんです」


彼が言った言葉を理解したのかできなかったのか、お父さんが頭を抑えて困ったような表情をする。


「け、結婚の話はともかくとして、そんな話を信じることはできないな......」


そういいながらお父さんは再度私の方を見る。私はまた首を痛めるかもってくらい首を縦にふる。


「にわかには信じられないんだが............」


お父さんが混乱を深める素振りを見せていると、今後はしばらく黙って見守っていた知夜くんのお父さんが声を発する。


「僕もとても信じられない話だけど、うちの息子はそんなウソを付くような人間じゃない。本当か、あるいは嘘だとしてもなにか理由があるのだろう。なぁ、柊。まずは信じてみないか?」


知夜くんはお父さんに信頼されてるんだなぁ。そうやって育ってきたって思うと、ますます好きになっちゃう。

お父さんはこれになんて答えるんだろうな。

心配だけど、私のお父さんもすっごく優しい人だからきっと信じてくれるはず!









「ふむ......では信じてみるために、なにか、伝えあってみてもらえたりするだろうか?」

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