第8話 キミの居ないハジマリ その3

父さん母さんと一緒に、国際線のターミナルを出たところにある自動車用の送迎スペースで待っていると、ほどなくして1台の乗用車が僕達の前に停止した。

運転席にはメガネを掛けた知らないおじさんが乗っている。

だけどどうやら父さんたちは彼と面識があるようで、運転席から彼が下りて「よぅ」と微笑みながら声をかけてきたそのおじさんに、父さんが「おぅ龍兎りゅうと!リアルに会うのはホントに久しぶりだなぁ!」なんて返しながら、握った拳をコツンと軽くぶつけ合っていた。

ニコニコとその様子を眺めながら「久しぶり」という母さんの横で初対面のおじさんに硬直していると、そのおじさんが僕の目の前にやってきて、僕の視線の高さに合わせるようにしゃがみこんで話しかけてくる。


「やぁ、君が知夜ともやくんだね?はじめまして、僕は天使龍兎あまつかりゅうと。君のお父さんと同じ会社で働いてるんだ。君の話はお父さんからよく聞いてるよ!とっても優秀なんだってね!これからお隣さんになるんだし、仲良くしてくれると嬉しいな!あ、いきなりこんなに話したらびっくりしちゃうか、ごめんね!」


天使龍兎なる人物がマシンガンのように矢継ぎ早に語りかけてくる。

勢いに圧倒されてしまったけど、初対面の人にはちゃんと挨拶をしないとね。


「あ、はい、御門知夜です。はじめまして。優秀......かどうかはわかりませんが、いろんなことに努力していたいとは思っています。これからどうぞよろしくおねがいします」


ペコリと身体を曲げながら単純な挨拶を返す。

あれだけ言葉の自動装填機能を濫用していた龍兎さんから何の返答も返ってこないので、不自然に思って頭を上げて彼の顔を見てみると、ポカンという擬音がきこえそうな抜けた表情をしていた。


「あの、えっと......何か間違えてしまいましたか?あ、日本語おかしかったですかね?」


心配になって尋ねると、はっとした表情をした後、すぐにふっと表情を崩し、僕の手を頭に伸ばして撫でてくる。


「いやいや、あんまりにも礼儀正しくて大人びた挨拶をするもんだから、もの凄くびっくりっしちゃっただけなんだ。うん、聞いていた以上にイイ男に育っているみたいだね」


そういってニッコリと微笑むと、すくっと立ち上がる。


「それじゃあそろそろ、行こうか。とりあえず荷物をトランクに積もう」


おじさんに促されて、荷物を載せてから座席に乗り込んだ。







新しい家までの道中、父さんと母さんが龍兎おじさんと思い出話に花を咲かせている中、僕は正直暇を持て余していた。

だからだろうか、アメリカで過ごした日々のことを思い出す。


自分で言うのもなんだけど、これまで僕はいろんなことに全力で努力してきたし、それなりのレベルでこなせるようになっていると思う。万能な両親の遺伝子のおかげかもしれないが、苦手と感じることもほとんどなかった。

学校の勉強やスポーツなんかはもちろんのこと、父さんの影響もあってプログラミングも一通りできるようになってきている。


だけど、その努力になにか明確な目的があったわけじゃないんだ。

とにかく努力して、誰か・・に釣り合うようにならないと、という苛立ちにも似た焦燥感がこれまで僕を駆り立ててきた。


なんとなくだけど、たまに夢で見るだれか。彼女、と思しき人物。本当は女性なのかどうかもわからないけど、僕はあの微睡みの世界でだけ会えるキミ・・に、釣り合う人間になりたいと信じてがんばってるんだと思う。

どんな人なのかもわからないし、夢でしかあったことないんだから実在するはずもない。今の努力は全然意味ないのかもしれないんだけど、とにかくそのために頑張ってきたんだ。

プログラミングを勉強して、名前もわからないキミを思って作ったシステムは、そんな夢の中の「キミ」という意味も込めて「You」AIなんて名前にしてみた。


そうやっていろんなことを試してきたけど、僕の心の中にはいつも空虚な部分があり続けていて、「なんで僕は頑張ってるんだろう」という空虚な疑問が日常的に浮かんでは消えていた。

それでもこれまでクサらずに走り続けてこれたのは、やっぱりどこかに未来に期待する気持ちがあって、いつか人生に劇的な転機が訪れるんじゃないかって期待してしまってるからだと思う。


だから、僕の生活が劇的に変わる今回の日本への移住で、なにか見つかると良いなぁ、なんて希望を抱いているんだ。

そんな期待をしながら、アメリカとはぜんぜん違う道路や街中の景色が流れていくのを眺めていた。





たまに両親や龍兎おじさんから話しかけられたりもしながらぼんやりと車に揺られて、空港からしばらく走った頃、どうやら目的地についたようだ。


「知夜〜。ここが今日から僕達の住む家だよ。昔、僕とお母さんが住んでた家だ」


車を降りて、父さんが指す方を見てみると、2階建ての白を基調にした1軒家があった。


僕が「おぉ〜」と感動していると、父さんたちが中に入っていくので、僕も追いかける。


父さんたちが昔住んでた家ってことは、家中ホコリだらけだったりするのかな?なんて心配していたけど、すごくきれいに掃除されていた。

父さん曰く、家政婦さんを雇って定期的に掃除してもらっていたのだとか。なるほど、きれいなまま保たれているわけだ。


時刻は16時を少し過ぎている。どうやらもうすぐ日が沈むみたいで、空が暗くなり始めているようだ。

昨日までは家についたら周りを探検しようかなと思ってたんだけど、この様子だととりあえず今日は家の中を探検する躯体に留めておいたほうが良さそうだ。


僕はそのまま大人しく家に入った。全部の部屋を一通り見回し終わった頃、家の外からなんだか騒がしい声が聞こえた。子供の声だろうか。

少し気にはなったけど時差がキツくて眠たくなってきたので、荷物の整理もほどほどに眠りについた。

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