6. かしまし屋の娘

 ことが起こったのはその翌日であった。午後一時半、白澤の研究室に集まった三人が、机上に置きっ放しにしていたクレーム状をどう始末しようかと話し合い始めたとき、唐突に部屋の扉が開いた。

「ちょっと失礼。ハクタクさんにお客様だよ」

 三本木だ。その後ろに続いて、髪を明るい色に染めた派手な女子高校生が入ってくる。

「えーっと……どちらさまでしょう?」

 ひかるの問いかけにも答えず、彼女はつかつかと白澤の前まで歩いていき、見下すような目つきでこう言った。

「あんたハクタク? きもい授業やめてほしんですけど」

 白澤の額に早くも青筋が浮かぶのを見て、ひかると沿島はあわててふたりの間に割って入る。沿島がふたりを引き離している隙に、ひかるは三本木に詰め寄った。

「ちょっ、ちょっと、三本木先生! この子いったいなんなんですか!?」

 焦りながらもなるべく彼女を刺激しないようにと小声で発されたこの質問に、三本木も同じく小声で答える。

「ごめんごめんごめん! ちょっとこんなにすごい、こう、行く子だと思わなくて!」

「いや、あの、ていうか、誰ですか!?」

 その後「ごめんごめん!」を頻繁に交えながら三本木が話したところによれば、彼女は名を岡宮オカミヤ麗美レミといい、市内の私立高校に通う三年生で、ひとつ年上の姉・瑛美エミがこの八条目大学に通っているのだという。どうもここ最近その姉の様子がおかしくて、そうなった理由がこの大学にあるのではないかと彼女は考えているようだ、ごめんごめん——と、だいたいそのような内容のことが小声で語られた。

「それで、どうして、その、授業がキモいとかそういう話になるんです……?」

「いや、あの、それはおれもちょっと……おれは岡宮瑛美くんが哲学科に在籍してハクタクさんの授業を受けてるってことを踏まえてハクタクさんの客観的評価を伝えただけだし……」

「絶対それが原因じゃないですか! やめてくださいよ! 客観的に見た先生以上に悪いものなんてこの世にないんですよ!」

「黙れ、ひかる」

 ふたりの間にぬっと首を突っ込んできた白澤が、三本木の胸ぐらを軽く掴む。

「おい三本木さん、あんた、あいつになにを吹き込んだ?」

 三本木は反射的にホールドアップの姿勢をとった。

「いや吹き込んだなんてそんな、やめてよ、人を悪者みたいに」

「あんたが悪者でなければ他の誰が悪者だというのだ。ええ?」

 まあまあ、とひかるが仲裁して白澤が手を離した瞬間、三本木はけろりとした顔で「ていうかごめん、おれ、雑誌連載の原稿の締切近いからさあ、帰ってもいい?」とのたまう。

「……ああ、あんたはどこへなりと帰ったらいい。そして、できればもうここに現れないでくれ」

 その返事を聞いた途端、彼は脱兎の勢いで去っていった。白澤は右手で頭を抑える。頭痛がするのだろう。

 ひかるは、白澤に近寄らせないよう沿島が押さえている麗美のところへ行き、「ごめんね、ちょっといいかな」と話しかけた。

「なに。てか、あんた誰?」

「ぼくはここの助手で久保っていうんだけどさ。お姉さんの様子がおかしいって、どんなふうにおかしいの?」

 麗美は顔をしかめながら答える。

「なんか月? にとか言ってくんの。あとなんかネックレスとか、前まで持ってなかったきもいのつけててさ、でなんか真夜中にベランダ出てなんかブツブツ言って、まじきもい、無理」

「月に祈る……?」

 沿島の頭に疑問符が浮かび、彼女を押さえる手が緩む。その隙にするりと彼の腕から逃れ、麗美は再び白澤へ突っかかっていった。

「ねえ聞いてんの? あんたのせいでうちのおねえがきもいこと言ってきてまじで無理なんだよね。めちゃメーワクだから授業すんのやめてもらえますかあ」

「おまえがなにを話しているのか、わたしにはさっぱりわからない。そしてわたしはハクタクではない、シラサワだ。出ていけ。沿島! とっととつまみ出せ!」

 白澤は今までにないほどの大声でそう怒鳴り、沿島はそれに応じて麗美を追い出そうとするが、当然彼女も強く抵抗する。階下から苦情が来るほどの騒音がしばし部屋に響き渡ったのち、舞う埃にむせながらもなんとか沿島は麗美を外へ押し出し、扉に鍵をかけた。

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