7. 君は薔薇より刺々しい

「どいつもこいつも、いったいなんなんだ。巷ではわたしの授業を迷惑がることが流行っているのか?」

「まあまあ、先生」

 ひかるが白澤をなだめる中、扉を叩くドンドンという音は空間をも圧迫するようにして鳴っている。

 そのとき、ひかるはふとに思い当たった。

「あの、ところで先生、これってもしかして……」

 白澤はすべてを理解しているふうな顔で頷く。

「ああ。十中八九、G.G.H研究会絡みだろうな。わたしの知るところによると、この大学で発生するトラブルは九割があの団体に起因している」

「ちなみに、ぼくの知るところによれば、残りの一割は先生に起因しています」

「うるさいぞ、ひかる」

「あの」

 ふたりの会話がよくわからない沿島が遠慮がちに尋ねた。

「そのG.G.H研究会って、名前は聞いたことあるんですけど……なんなんですか、いったい?」

「おまえ、あれに勧誘されたことがないのか? 幸せなやつだな」

 白澤はひとつため息をつき、説明を始める。

「G.G.H研究会は、簡単にいえば新興宗教サークルだ。表向きにはギャラクシーなんとかかんとかの略称ということになっているらしいが、そんなふうに名乗っているところは見たことがないから詳しくは知らん。正式名称はゴッド・ギヴン・ハピネス研究会。一応は天文学系の研究活動を隠れ蓑にしているが、もうかなり長い間堂々と母体の教団・金鏡会きんきょうかいへの勧誘ばかりを行っている。大学側が排除に動かないのが不思議なくらいだ。まあ、おおかた職員の中に信徒がいるのだろうな。とにかく、学生が突然妙なことを言い出したという話はこれまでにも何度となくあったことだ。そしてその嫌疑がわたしにかけられたのも一度や二度ではない。まあ、家族が乗り込んできたことはさすがになかったが……なんにせよ、あそこに取り込まれた学生が戻ってきたという話は聞いたことがない。気の毒なことだがな」

 もちろん、その表情はまったく気の毒そうなものではない。しかし、話を聞く沿島の顔は次第に青ざめていった。

「それ、どうして教えてあげなかったんです? お姉さん、危ないんじゃ……」

 扉のほうを振り向くが、すでにノックの音は止んでいる。

「おかしなことを言うじゃないか。なぜわたしにそれを教える義理がある? あいつは気に食わん。どうなろうと知ったことではない」

「そんなっ……」

「第一わたしは忙しい。今日はこれから末本スエモト教授と食事だ」

 末本サトルは芸術学部音楽学科の客員教授である。数年前に定年退職して以来、非常勤で教鞭をとっている。白澤とは専門も年齢もだいぶ離れているが、たまに食事へ行く仲だ。先述の第一次八条目大学大戦開戦未遂事件に際して、白澤を擁護する側についた教員のひとりでもある。

「おまえたちも、もう帰ったらいい。ひかる、あの紙だけ捨てておけ」

 そう言うとすぐ荷物をまとめ、白澤は部屋を出ていった。ひかるは指示のとおり机上のクレーム状を丸めてゴミ箱に捨てる。

「じゃあ沿島くん、お疲れさま。ぼくはもうちょっと書類整理やってから帰るけど、沿島くんは——」

 沿島は、いてもたってもいられないという様子でひかるの言葉を遮った。

「あの、僕、あの子……麗美ちゃん探します。たぶん、まだ構内にいますよね?」

「ああ、そうだね、いるんじゃないかな。教えるの? G.G.H研究会のこと」

「えっ? そりゃ、まあ、もちろん……だって、そのサークルのせいなんでしょ? 麗美ちゃんのお姉さんがおかしくなったのって……」

 沿島がそう答えると、ひかるはぐっと真剣な顔をした。

「そう。なら気をつけてね。調べるにしても、絶対に軽い気持ちで乗り込んだりしたらだめだよ。あそこ、金鏡会以外にも本当に危ない組織と繋がってるって噂もあるから」

 その言葉の迫力に、沿島は思わず姿勢を正す。

「わ、わかりました、気をつけます」

「まあ、沿島くんは慎重だから大丈夫だと思うけど、彼女、後先考えずに突っ走っちゃいそうなタイプみたいだからさ。未成年だし、もしなにかあったら……」

 ひかるがすべてを言い終える前に、沿島は研究室を飛び出し、麗美の姿を追いかけていた。

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