第17話 夏の扉 Part1

百万ドルの夜景と謳われた夜の神戸の街並みが眼下に広がっている。新神戸駅の山側斜面に布引ハーブ園は広がっている。ハーブ園へのアクセスのためだけに敷設された神戸布引ロープウェイの終点、ハーブ園山頂駅を降り少し斜面を下ると巨大な温室、グラスハウスが建っている。閉園時間をとっくに過ぎた午後9時にもかかわらずその前に装いも雰囲気も雑多な結構な人数が集まっていた。迷彩戦闘服3型を纏った約40名の自衛隊員。手にはカールグスタフM3、通称ハチヨンや光時と同じ16(ひとろく)式レーザーアサルトライフル、或いは長焦点レンズを付けた業務用ビデオカメラに似た川菱XC-1型試作携帯X線砲を携えていた。また、スーツ姿の警察官が3名、見るからに学者肌な初老の男と壮年の男、その周りに助手らしき人達が10名ほど、ドラマに出てくる大企業重役のような恰幅の良い初老の男性とそれを取り巻く5名ほどの男女。それにいかにも公務員然とした男が一人、そして光時と沙耶子であった。「こうも第一印象と職業が一致する人ばかり集まるとはなぁ。」光時がしみじみと沙也子に語りかける。戦闘班、科学探査班とも先ほどまで怒涛のような準備作業に追われていたが所定の準備を終え現出点が開くまでのエアポケットのような短い空き時間を意外なほどリラックスして思い思いに過ごしていた。「説明を事前に受けておられるとは思いますが、しつこいようですが決して無反動砲の後方には立ち入らないでください。発射の反動を相殺するため後方にも爆風が噴出します。カールグスタフを鹵獲したテロリストがこれを試射した時に背後に立った仲間を吹き飛ばしてしまいこの武器は前と後ろの両方を攻撃できるのかと感心したそうです。」筑波陸将が学者先生をはじめ民間人たちに再度の注意を促していた。最後のテロリストの下りは笑いを取るつもりだったのであろうがこれを笑えるのは自衛官位であろう。「これが20(にーまる)式パルスレーザー機関拳銃ですか。」陸自らしくニーマルと呼びながら長谷川2等陸尉と伊藤陸曹長とが沙耶子の持つパルスレーザーガンを興味深気に見つめる。「えぇ、自衛官の方々はやはりこのような武器に興味をお持ちなのですね。」「ビーム兵器は男のロマンですから。」無反動砲ユニット長の大井1等陸曹が羨ましそうに答える。「大井1等陸曹もレーザー兵器を持ちたかったのか。」伊藤陸曹長がからかい気味に問う。「・・・いえ、自分にはハチヨンが有りますので。」若干の悔しさが滲み出ている。隠し事は得意ではないのであろう。「ところでこの型式はどのように決められているのでしょうか。」伊藤陸曹長が話題をそらす。「16式や20(ふたまる)式の採番は武庫卿が穢れ払いに実使用する際に行っていますので自衛隊での制式採用とは関係ないのですよ。XC-1も本日以降は20(ふたまる)式携行X線レーザー砲と呼ぶそうです。」「ふたまるですか。そういえば武庫卿は特技兵1等空尉でしたね。陸自ではにーまると称します。ところで、沙耶子様は特殊技能採用科学捜査専門官【警部相当のノンキャリア】だと伺いましたが、祝の巫女様が科学捜査官とは不思議な感じがします。」長谷川2等陸尉は陸自愛にあふれる妙なこだわりと共に素朴な感想を口にした。「さて、そろそろ時間ですね。」光時がつぶやく。「うむ。全員傾聴。武庫卿、お願いします。」武人然とした筑波陸将が光時を促す。「筑波陸将ありがとうございます。改めましてみなさん、本日の作戦の指揮を執る武庫光時です。只今から現出点修祓完了まで私の指揮に従っていただきます。次席は隣にいる神宮沙耶子です。所属する機関以外の方との紹介を事前に行うべきでしたが、機密保持の観点からこれだけの人員を事前に集めることはできませんでした。ご了承ください。この場で各班の代表の方のみご紹介させていただきます。先ずは戦闘班、陸上自衛隊筑波陸将。第8独立試験小隊長長谷川2等陸尉、無反動砲ユニット長大井1等陸曹、ロケット砲の砲手と装弾手の指揮に当たります。本作戦では通常炸薬弾に加え新型エミッションボム弾頭弾、プラズマシールド弾頭弾および科学探査プローブの射出も担当してもらいます。特殊携帯砲ユニット長清水陸曹長、携帯X線レーザー砲部隊の指揮に当たられます。特殊小銃ユニット長伊藤陸曹長、Ⅹ線レーザーアサルトライフル部隊の指揮に当たられます。特別支援分隊長細川3等陸尉、装備の現場メンテナンスと戦果確認に当たられます。」光時が名を呼ぶたびに当人が半歩前に出ると機敏な所作で敬礼をする。光時は続けた。「極地研の太田先生、LiDAR(ライダー:Light Detection And Ranging)【レーザーによるリモートセンシング】観測と科学探査プローブ、ドローン、無人ローバーによる現出点以遠の大気、地質の生化学分析、地形、気象データ収集に当たていただきます。科学探査プローブとLiDAR用レーザーの射出タイミングは太田先生が指示されますが、射出作業は戦闘状況も鑑み大井1等陸曹と清水陸曹長にお願いしています。隣におられるのが京都大大学院分子進化研究室の江田先生、穢れの分子生物学的解析を実施されます。そして川菱電機製作所坂口技術担当常務執行役員と官庁向け特別開発タスクフォースの神戸マネージャー、XC-1携帯X線砲と16式レーザーアサルトライフルの開発を担当された方々です。今回はフィールドデータの採取・解析を担当されます。現場警備に当たられる兵庫県警公安4課の猪俣警部、佐々木警部補、警察庁公安2課の田中警視。最後になりますがこのハーブ園での状況展開に当たり立ち合いをお願いした神戸市観光課の鈴木課長です。」一通りの紹介を終え、光時は小さく息を継いだ。観光課の鈴木は状況が良く理解できておらず、人気の観光スポットに自衛隊の部隊が展開していることに神戸市の観光資産が毀損されるのではと怯えている様子が光時にも伝わってきていた。しかし、光時は全く別なことを考えていた。それぞれの分野で一流の人々が組織の壁を越えて今まで不可能とされるたことを可能ならしめるために集ったことに感慨を覚えていた。人では穢れに抗し得ないとの識見を打ち破ろうとしている。能力者以外の人では一方的に蹂躙されるしかなかった過去とは異なる未来が拓かれようとしている。光時は感慨を振り払い言葉を繋いだ。「本日の詳細な手順は各班での事前ブリーフィングの通りですが最新の状況報告をお願いします。先神宮殿。」光時が沙耶子に促す。「元住吉様の13時時点での星辰(ほし)読みでは現出時刻は22時06分。位置はグラスハウスの北西約50m、規模は1級。現出維持時間は30分から45分とのことです。但し、私の星辰読みでは現出時刻は10分ほど早まって21時55分、位置は同じグラスハウスの北西50m、規模は1級。但し現出維持時間が3時間から3時間20分程度、四凶、四罪の数は2体程度で通常の1級と同じですが、それ以下の数が800から1000体になる可能性があります。」「先神宮殿の見立てに従い対応します。」光時が事前に各グループとの打ち合わせ済みの事項を再確認する。「やはり先神宮の巫女様の星辰読みは変わりませんか。3時間、1000体。長いし多いな。」長谷川2等陸尉が激辛カレー完食無料に挑む学生程度の緊張感で懸念を示す。「16式もXC-1も3時間の連続使用には耐えられません。安全側に考えると1時間以内にボディも交換すべきです。」神戸マネージャーがただ事実を答える。「16式もXC-1も本体およびそれぞれの電源は十分な数を揃えております。」細川3等陸尉も淡々と述べる。「2号作戦の通りだな。いざ戦闘が始まってから30分では終わりません、3時間はかかります。なんて言われたらみな死んでいたな。」筑波陸将が大胆不敵な笑みを浮かべる。「太田先生、お願いします。」光時が促す。「射撃に影響を及ぼすX線の散乱、回折を引き起こす濃度のエアロゾルは観測されていません。100nm以下のファインエアロゾル濃度が10万個/cm3(パーキュービックメートル)程度存在しているため射線方向に10°以下の微小角散乱が若干発生しますが射手のX線被ばく、ビームのエネルギー減衰は無視できます。但し、現出点により異世界とつながって以降は当該地域の大気状態の影響も受けると思われます。状況に有意な変化が観測された場合は直ちにお知らせします。」「事前情報として伝えられていませんでしたが、四罪、四凶の外皮、体毛は多重散乱によるX線のターンを惹起する可能性があります。」江田教授が早口で割って入る。「各員、サーベイメータ―のアラームには注意してください。1μSv/h(マイクイロシーベルト・パー・アワー)以上の被ばくを測定した場合は射撃を直ちに中止し退避ラインまで後退してください。後は先神宮殿と私が対処します。科学技術班の方々は戦闘が始まれば基本観測車から出ないでください。観測車から出る場合は先ほどの筑波陸将の注意に従ってください。エミッションボムを使用した場合無線は使えなくなりますので光ファイバーを外さないようにしてください。光通信に不具合が起きた場合はハンドサインで知らせてください。戦闘開始以降はBoav(Bipolar Optical Amplifier Vision)を外さないようにしてください。他に伝達事項のある方は居られませんか。・・・居られないようですので私からこの作戦全体の意義、目的について再度説明させていただきます。この国はその歴史が始まって以来どこから来るのか、また何であるのかも不明な穢れと呼ばれるモノの脅威に晒されてきました。巫女、陰陽師のような能力者と百鬼のみが穢れに抗しうる力としてこの国を守ってきました。ここにお集まりの方の中には日比谷事件に遭遇し穢れに対し警察の力では無辜の市民を守り切れない様を目にした方、あるいは小磯作戦に参加し穢れと勇敢に戦いながらも自衛隊の装備が通用せず多くの仲間が倒されていく様をただ見るしかなかった方も居られますが、今この時、我々の力を以ってその状況は変わります。いや、変えましょう。霊力や神威のような能力は属人性が強く、かつ再現性に乏しいものであります。一方、個体数の少ない百鬼ではこの国全域をカバーする十分な防衛網の構築は叶いません。能力や種に依存せず、再現性が高く、量産性に優れた科学技術、工業力に基づく防衛能力を保持することこそがこの国の安定とここに暮らす人々に平穏をもたらす解です。もう一度言います。ここに集いし我らこそがこの国に安定と人々に平穏をもたらす未来を切り開くのです。そのためには全員で活き抜き勝利せねばなりません。各人がその本分を尽くせば決して難しくは無いでしょう。」光時は一呼吸おいて全員を見渡す。そして拳を掲げ咆哮した。「勝利のみ。」そこにいる全員が、老若男女を問わず弾かれたように拳を掲げ光時に呼応した。「勝利のみ。」と。

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鬼と巫女の物語り~禁忌の白鬼は御贄(おんべ)の巫女との誓約を果たすため冥界の女神と斬り結ぶ~ おだくしひろ @kusihiro

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