第16話 渚にて Part2

照り付ける日差し。真っ青な空。沸き立つ雲。潮騒をBGMに波に戯れる人々の嬌声。隣では水着の美少女が物憂げに身を横たえ上目遣いに自分を見つめていた。差し出された手作りサンドを頬張り、光時が休んでいた二日間に学校であったことを聞いている。「それでね、うちのクラスは文化祭のステージでダンスパフォーマンスをやることになったの。杵築さんが強く推して。男子の中には適当に合唱でもやってお茶を濁そうなんて考えの人もいたようだけれども、クラス全体が杵築さんの熱意に押し切られた感じかな。」「杵築さんって一般のダンスチームで踊っている人だったかな。あまりしゃべったことは無いけど運動神経はすごく良さそうな人だよね。」「無頼我やJ9のミュージックビデオにも出てたらしいよ。将来はプロダンサー目指しているんだって。SWAGで行くって。総合監督と演出、ダンス指導と自身でセンターもやるって。音楽は太田君が担当することになったよ。オリジナル曲だって。杵築さんとは何度か組んでやっているそうよ。」「軽音部の?」「もちろん。ラグビー部の太田君にやらせたらきっとオールブラックスみたいになっちゃうよ。」「ハカも迫力があって好きだけどな。」「沙耶子さんは何をするの。歌も踊りも楽器演奏もプロ級なのは皆知っているだろ。」「エッヘン。私は杵築さんとダブルセンターだよ。」「ほぅ、それは凄い。でも、まぁ順当だな。」その時沙耶子のスマホが鳴った。「あっ、母様から電話だ。ちょっと待っててね。あんまり聞かないでよ。」沙耶子はスマホを取ると弾む声で沙耶子の母にして全ての祝(ほうり)の巫女の頂点に立つ浄階の巫女・元神宮頼子(もとじんぐうよりこ)からの電話を取った。この距離だと角(アンテナ)を出さなくとも通話が聞こえてくる。「母様。沙耶子です。・・・はい。穢れ払いはたまに問題は起きていますが光時さんに助けてもらって何とかこなしています。・・・ええ、光時さんとはうまく行っていますよ。母様、聞いて下さい。私光時さんと、・・・はい?元貴船静乃様が、・・・えっ、共の解消ですって、・・・」沙耶子の表情から先ほどまでの甘い笑みが消えていく。「はい。二人でよく話し合っておきます。」電話を切るとゆっくりと視線を光時に戻す。「でっ、何で共(むた)の解消なんて言い出したのかな。何で私には一言の相談もなかったのかな。」ほんの5分前までは甘々で熱々な空気に包まれていたはずだったのに、今二人を包むのはオホーツク寒気団のような冷え冷えとした空気だった。甘えを含んだ優しい上目遣いのまなざしは犯罪者を取り調べる検察官のそれへと変わっていた。「今日ここで話そうと思っていたんだ。部屋には盗聴が仕掛けられているようだし、」「ちょっと待って。盗聴ってどこに、何時からなの。どうして教えてくれないのよ。」さらに表情を険しくして沙耶子が光時に迫る。「引っ越した時には付けられていた。場所はそれぞれのリビングと寝室だけだよ。正確に言うとコンクリートマイクが仕掛けられているのは隣の301号と304号室だけどね。俺たちの部屋をいくら探しても盗聴器は出て来ない。あと、さっきの電話もだがメール、SNSを含む通信は全て傍受されているし、webの閲覧履歴も把握されている。郵便、宅配も差出人や伝票はチェックされている。もしかしたら抜き取られたものもあるかもしれない。こちらは気付いていないと思わせた方が戦術の自由度が大きく保てると考えている。」「結構組織的に動いているようだけれど誰が、何の目的でやっているのか目星がついているのね。」「あぁ、煌輔武蔵大公の差し金だ。」光時は父親の代からの確執と、武蔵大公が父と自分を排除しようと企んでいること、沙耶子がそれに巻き込まれようとしていることを自ら立てた仮設も含め説明した。「神有月か。もう直ぐだね。躓(まが)ひの巫女がこんなところで結びつくなんて。元諏訪顕子様の失踪の裏にこんなことがあったなんて・・・。式典寮で雅楽と神楽舞の先生だったの。優しくて面倒見が良くて綺麗な先生だったわ。できない子にも優しくできるようになるまで徹底的に付き合ってくれていて、授業以外でもお勤めや穢れ払いへの不安に苛まされた時はそっと寄り添ってくれる皆のお姉さんみたい人だった。私と同じで絶対音感と絶対音程再現能力、選択性完全記憶能力を持っていたの。授業が終わるとよく昔のグループサウンズの歌、タイガースやブルーコメッツを歌ったの。私たちは今の時代のものが良いと言ったのだけれど先生は頑として譲らなかったわ。それでもみんな先生が好きで授業が終わると先生のところに集まっていたわ。退寮するころには私たちもすっかり昔の曲が好きになっていたのだけれど。今でも気が付くと口ずさんでいることがあるの。」「良い人だったんだな。いつか、・・・いや、今は俺たちが生き延びることが先決だ。ところで、先ほどの頼子様からの電話ではっきりしたことが何点かある。先ず頼子様と龍神族頭首の奥方元貴船静乃様は何も知らなかった。俺が共の解消を武蔵大公に申し入れたのを本気で俺と沙耶子さんの相性の問題だと思っていた。浄階の巫女が知らないということは神務庁でも現場サイドの祝の巫女たちは何も知らされていないのだろう。神務庁の事務方である神祇官たちは巫女失踪の事実を把握しその対応に当たっていながら今までうやむやにしていることから少なくとも事務方の上層部は何らかの関与をしていると考えるべきだろう。事務方トップの上洞院尚武(かみのとういんなおたけ)大伯(たいはく)が武蔵大公と頻繁に会っているらしい。この二人が共謀している可能性を念頭において対応を考えるべきだな。一方で龍神族頭首の奥方も知らないとなると龍神は全員蚊帳の外に置かれている可能性が大きいな。大神も知らないと見る方が自然だろう。武蔵大公から直接鬼神の大公以上は事情を知って判断を武蔵大公に委ねていることを聞かされた。誰を警戒し、誰を味方に引き入れるかは大分と明確になってきた。」「そうなんだ。」沙耶子は光時の話を聞き、自分たちが大きな謀略の渦に巻き込まれていることを認識させられた。光時の行動が沙耶子のことを想ってのものであることも理性では理解した。「でも、今からは私に秘密は無しだよ。例えどんな未来でも私たちの歩む先は同じだからね。」「あぁ。約束する。」真夏の太陽の下にいながらも沙耶子の肩が小刻みに震えていた。光時はその肩をそっと抱いた。

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