『一方のコムギ』


大災害の痕跡かと思うほど、起伏に富んでデコボコの荒地。

それは、今しがたまで暴れていた怪物の仕業だ。


たしかにそれは大災害だった。


だが、天候がいつか回復するかのように――。



呪いが解けたと同時に、能力で使役されていた『竜骸ドラゴンゾンビ』も、ハラハラと、腐臭のする骨砂となって消えて行く。


風に乗り、舞い上がる大量の黒い砂。

それに、


「けほけほっ!」


咽ぶコムギは、長く伸びる東国衣服の袖で、口元を覆い隠す。


それと同時に、事の終わりを実感する。

暴れまわる巨大な魔物の行動範囲のため、そしてヘレニウムの邪魔にならないため、距離を取っていたコムギは、新たに合流した二名のことを、『気配でしか』察していない。


距離的にその姿が見えないからだ。


それにしても、

「……なんとも、奇怪な風」

黒風が空に溶けきり、ドラゴンゾンビの気配は完全に消えた。

だが、風に乗っていたと思われた砂は、実の所、物理的な物ではなかった。

コムギは思わず条件反射的に咳き込んだが、それは杞憂であって実際には、竜骸は霊的な存在に変化していった。

現世から幽世に、存在を移しただけに過ぎない。


そんな黒い風が向かった先。


その方向を見据え、コムギは理解する。

――あぁ、あれは、『持ち主マスター』の所に戻っただけなのだ――と。


カチリ、と。


業物のカタナを、ゆるりとした慣れた所作で、鞘に納めながら。

コムギは、ヘレニウムたちが集まる場所へ向かう。


そこは黒い風が向かった先だった。


起伏がある地形を行き、小さな丘に立ったコムギは、見下ろす。

アッシュ、ヘレニウム、そして。



増えた気配は二人――。


男性の方はコムギが道端で助けた人物だ。

名前は確か……。

「えっと、て……てッ……手首切断の人……!」


女性の方は、名前を知らなかった。

その女性は今、アッシュの介抱をしているように見える。


さらに……。


「ん?」


いや、違う。


もう一人、黒い服を着た小さな女の子が混じっている。


コムギは、その少女が物の怪の類であるという事を、気配で察する。

傍のヘレニウムの深刻な表情を見るに、アレはひどく怒っている。



「……何か複雑な事情がおありのようですね」



そこかはかとなく呆れを感じながら。

さらには物の怪に対して気を緩めぬよう。


一気に走り込み、くるりと宙を舞って、降り立つように。

コムギは、皆の所へ合流を果たす。




―――――――――――――――――――――――




さほどの気配もなく足音もなく、するりと舞い降りた小柄少女――コムギに。

振り返る面々と、機嫌の悪そうなヘレニウムの視線が向く。


「ヘレ様。コムギ、任を終えたと判断し戻りました」


さらにふとコムギは言い加える。


「ところで、そちらの童は……?」



「わ、ワラッ!?」


ちなみに、小柄な少女……ガラティーンとヘレニウムは似たような背丈だ。

コムギはその中で、背は勝っている。


「ワラべなんかではありません! 私はテッドさんのつ……」


「そう、つ、つまり、ああ、コイツはオレの相棒だ」

妻と言いかけたガラティーンを制してテッドが繕いにかかる。

ガラティーンを背に隠すような所作で、テッドがコムギの前に立つ。


「そうですか、なるほど、手首切断の人テッドさん」


コムギはテッドの名前を思い出した。


「あの時は世話になったな」

コムギにひらひらと手を振るテッドの仕草はワザと手首をみせて感謝をアピールしているかのようだ。

つまり、あの時とは、手首切断の時の話に違いない。

故郷のお師匠様のとっておきの薬を全部使ったのだから、助からなければ困るし、そして怪我人を助けるのは当然の話。


コムギはさらりと言う。

「ええそれは当然ですが……、」


そして、強めの口調で付け加える。

せっかく助けた怪我人に無理をされては、苦労が水の泡だ。

「それよりも安静にしていなさいと、ヘレ様に言われていた筈では?」


冒険者組合にて。

テッドは血が足りていないとヘレニウムが言っていたことをコムギは思い出していた。


「ああ、ちょっとヘレに譲れないお願いがあってな……」


テッドの視線が背後のガラティーンを向くかのように横に流れる。


コムギは釣られる様に、変わらぬ無表情のヘレニウムを見て、ガラティーンを見た。


「……」


テッドのお願いが、黒いドレスの少女に関係することなのは明白だった。

それならそれで訊かねばならない。


「では、後ろで不機嫌になられているヘレ様もあなたの仕業ですか?」



そのタイミングで、ヘレニウムが動き出した。

腕を組み、やや威圧感を感じさせる佇まいで、テッドの傍に立つ。

その正面に。


ガラティーンが警戒して、様子を見る子猫の様に、テッドの背中に隠れる。

やはり叩き壊そう、と言われないか気が気ではない様子だ。

その証拠に、ヘレニウムが口を開く瞬間に、びくっと震えたほどだ。


ヘレニウムはただ一言。


「テッド」

「お、おう……」


ただ名を呼ばれたテッドは、上司に呼び出され、怒られる間際の部下の様に身構えた声色だ。

心理的に、聞きたくない単語を言われる前に先手を打つというのは、誰しもがやるようなことで。


「――ま、まさか、やっぱり叩き壊すっていう気か?」


叩き壊すという単語に、アッシュに解呪と治癒の天恵を施し終えたアプリコットが反応し、ヘレニウムに注目する。


だが。


「いえ。それはもう、ただのツルギとは呼べない代物――言わばガラティーンという剣の化身に近い存在です。それを根底から消滅させるには骨が折れますし、叩き壊すというのはやめましょう」


その一言に、テッド、ガラティーン、アプリコットはほっと胸をなでおろす。


しかし。


「……その代わりに」


その安堵はすぐに警戒に変わった。


「そ、その代わりに?」



「……能力ちからが暴走しないように、しっかりなさい」


それに対して、ガラティーンは、テッドの背中でコクコクとものすごい勢いで首を縦に振った。


「解った。迷惑かけないようにする」


「良いでしょう、剣の精霊というだけで、今すぐ亡き者にしたいところですが、今のところは様子を見るにとどめます。次におかしなことをした時は容赦なく消し飛ばしますからね」


そう言って場を離れるヘレニウム。



その様子を見ていたコムギは、思わず零した。


「……ハンマーに変化する練習をしておいたほうが良いのでは?」



「そ、そうだな。それも一応頑張っておくか?」


「う、うん。が、がんばる!」




とりあえず、これで一難は去った。

そういうことにしておこう。

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戦槌《ウォーハンマー》 の 大主教《アークビショップ》 が  無双します! 日傘差すバイト @teresa14

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