『応報の果実①』


テッドとアプリコットが、ヘレニウムたちの元に駆け寄ってくる。

肩で大きく息をするほど息を切らし、それでも、テッドはヘレニウムの傍までやってきた。


「テッド……。どうしてここに」


テッドは手首を切られ、ヘレニウムに治療を受けた。

だが、流れた血はまだ足りていないはずだ。


そのことは一緒に居るアプリコットも解っているはず。

目配せをするが、アプリコットは目を伏せただけ。


止めても聞かなかったのだろうと思い。

そこまで無理をしてまでやってきた……その理由をヘレニウムは推し量る。


「テッド。あなたはまさか、この剣を活かしてほしいなどと言う気ではないでしょうね?」


名前まで付けた剣だ、名残惜しいのだろうという推察。

だがそれはまさしく、その通りだった。


「ああ、そうだ。そいつのことは、オレに任せてくれないか……頼む」

まだ肩で息をするテッドは、真剣な面持ちで、ヘレニウムに懇願する。


勝手に持って行って虫が良いことを言ってるのは分っている。


そんな言葉を続けるテッドのことばをヘレニウムは一刀両断する。


「そういう問題ではありません。この剣は、呪いの剣です。今、この冒険者の様子を見ればわかる筈」


ヘレニウムの傍に、骸のような甲冑を纏う姿。

そこには覇気も高笑いもなく、意気消沈した若者がいるだけだ。


その者がアッシュであると、テッドは遅れて気づいた。

アプリコットも驚く。

「……え? あの剣だけじゃなくて、あの鎧も全部ガラティーンちゃんなんですか!?」


「アプリコット、あなたも神官プリーストなら、あの者の状態がどのようなものか、少し探れば看破出来見えるでしょう?」


「……あ……!」


「気づきましたか? あの者はもうほとんど、アンデッドになっている。テッドの時と同じです。元に戻すためには、ツルギの核を破壊しなくてはならない」


「そんな!」


「……な、なんとかならないのか?」


「なりません。それに元より、叩き壊す予定だった剣です。何の未練もありません、私には」


ガラティーンを助けたいと願うテッドとアプリコットから視線を外し、ヘレニウムはアッシュに正対する。

その拳を握り締めて。


「ま、待ってくれ!」

ガラティーンだって好きで呪いの剣として生まれたわけではない。

何かしらの生まれた理由があるはずなのだ。

それを知るよりも早く、滅ぼされるというのは不幸だ。

なによりも、あの剣は――アイツは、死にたくない、生きたいと言っていた。


「待ちません。もともと剣であるというだけで、滅ぼすべきものです」


そんな問答の最中。


「……グ、ググ……ぐああ……」


アッシュが突然苦痛の声を上げて膝を折る。

アンデッド化が進行して、心臓や脳、神経まで侵し始めたからだ。


「これは、あの時のテッドさんと同じ……でも……」

アプリコットは気づく。

古戦場でテッドの相手をしていたアプリコットは、アッシュのその状態が似ていることに。

しかし違いもある。

アプリコットの言葉の続きを、ヘレニウムが代弁する。

「……そう。この呪いは『天恵』では解除できません。なぜなら解除した瞬間この冒険者が死ぬからです」


アッシュはすでに剣と同化してきている。

まず契約を解除し、融合しかけている魂を解き放たなければならない。

先に呪いの解除を『天恵』で行うと、アッシュ自体も呪いと判定されて浄化対象になってしまう。

そうなれば、魂が傷つき、身体は助かるが心が助からない。

それは植物人間と化してしまうということだ。


正しい手順を踏まなければ、剣もアッシュも滅ぶだけなのだ。

だからアッシュだけでも助けるというのならば、剣を壊す以外に選択肢はない。


そして、そうこうしている間に、ついにアッシュは自分の意思に反して暴れ出した。

それもテッドの時と同じだ。

意識、しいては自我が失われつつあるという事だった。


「剣のコアはオレの左手首にある。や、やるナら早くシろ、もう、もたん!」


ヘレニウムは暴れるアッシュから距離を取って攻撃をかわす。

「理由はどうあれ、壊す以外に選択肢はありません。迷う理由もない!」



無造作に、目標もなく、アッシュに振りまわされる大剣。

その隙を、ヘレニウムが狙う。


そこに。


「――ガラティーン! 答えろ、そのままじゃ本当に死んじまうぞ! 生まれたばっかりで、死んじまうのか! 死にたくないって言ってたじゃないか!」


メイスを手にしたテッドが割って入った。

頑丈な武器が、大剣とぶつかり合って弾かれるが。

けれど、テッドはメイスを手放すことなく、それに耐えきった。


「……!」


ヘレニウムが眉を吊り上げる。

手首だけを狙うにはテッドが邪魔だ。

事は一刻を争うというのに。



「頼む。不甲斐なく奪われたおれが悪かった、これからちゃんと強くなる。だから戻ってこい! 『契約』でもなんでもしてやるからッ!」





―――その時、周囲が不思議な光に包まれた。





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