『応報の花』


ヘレニウムの言葉を、たわ言だと嘲笑い。

アッシュは、両手剣を、双剣に組み替えて再びヘレニウムに迫る。


それを、ヘレニウムは巧みにさばく。

されど、アッシュも並みの冒険者ではない。

左右の剣を繰り出すアッシュの手数を無傷でやり過ごすのは至難の業であり、回避が間に合わないタイミングで、ヘレニウムは構わずに腕を使って防御を取る。

その度に、腕は切り裂かれ、強化されている自己再生力で治癒していく。


『浄化』の天恵を宿したまま、防戦に徹するヘレニウム。

そんな最中。


「たわ言ではありません。事実です。今、この手で、あなたを全力で殴って解りました」


「何が解ったというのだ! てきとうなことを言って、オレ様を止めようなどと、無駄な事よ!」


「……ではこの一撃で、証明してみせます――」


ヘレニウムは拳に宿した最下級威力の『下位天使級アンゲルス夜明けの太陽ソル・アプリティタス』を、アッシュに叩きつける。


「――『天意真明打』!!」


「無駄だぁ!」


同時に、物ともせずに振るわれる十字斬りを、ヘレニウムはまともに受ける。


ヘレニウムの身体から鮮血が散り、当然のように聖槌技を撃った右腕もボロボロになった。

そんな満身創痍の状態で、ヘレニウムはにやりと笑った。


「やはり……」


不気味に笑うヘレニウムを警戒し、アッシュが攻撃の手を止める。


「何がおかしい!」



「おかしいのはあなたです――」


「何?」


ヘレニウムは無事な左手の、その指をアッシュに突き付ける。


「あなたはもう、死んでいます」



それにアッシュは兜の下で一瞬、惚けたような表情になり。

そして……肩を震わせ、くっくっく、と不敵に笑い。

ついには、フフフフフ、ははははははっ!

豪快に笑いだした。


「バカも休み休み言うのだな? この無傷のオレ様のどこに『死』があるというのだ」


「……無傷? 今のあなたは無傷ではありません。今しがた私が殴った場所をよく見ると良いでしょう」


「何?」


アッシュがヘレニウムの言葉を受けて、自分に目を向けた時。


「なっ……!!?」


その動作表情が凍り付く。


なぜなら、アッシュを包んでいた骸のような鎧、その腹部に穴が開いていたからだ。

しかも、その先――つまりアッシュの身体は、もう死んでいてもおかしくない程の重篤な状態だった。


腹の中身がほぼ無くなっており、骨盤に繋がるはずの背骨も途中でなくなっているのが、見える。


早い話、アッシュは既に、上半身と下半身が繋がっていない状態なのだ。

その状態を、鎧が、昆虫の外骨格のような役割をして支えているような形だ。

アッシュ自身がアンデッドになってきていると言ってもいい。


内臓が根こそぎ吹き飛んで無いのは、ヘレニウムが『無想・破天突き』で消し飛ばしたからに他ならない。

そして、甲冑に穴が開いたのは『浄化』という不死に特攻する種類を選択したせいだった。


その鎧の穴も、少しづつ塞がっていく様子を見せている。



「あなたは、痛みが無いと言っていましたね? それは、既に痛覚が奪われていたからです。あなたの内臓は既にほとんど無く、手足の骨もボロボロのはずです」


「バカな……!? なぜそのような……? この剣に、このような能力は無かったはずだ」


「能力ではないからでしょうね。それはただの、執念……そうとしか思えない」


「執念だと? いったい何の……」


「おそらく、そのツルギの、です」


アッシュの持つツルギ――ガラティーンは無理やりに能力を引き出された。

その際、嫌がるガラティーンの決死の抵抗が、『痛みを感じない』という状態を、宿主に植え付けたのだ。

痛みを感じないという事は、あるいみ有利ではある。

けれども、傷ついたかどうかの判断が出来ないという、致命的な欠点でもあるのだ。


故に、アッシュは既に死ぬようなダメージを受けていたのに、一切気づくことが無かった。

しかも、失った身体を甲冑が補正し、覆い隠して見えなくしていた。


つまりそれは――『呪詛』だ。


数百年、強い悔恨と願望を抱き続けてきた戦場の化身がそのツルギに宿ったのだとするなら、その魂が誰かを呪い殺すことくらい出来てもおかしくはない。


ヘレニウムは続けて言う。


「あなたが死ねば、契約が解除される。それをそのツルギが望んでいるという事です」


そして、既にアッシュを包む甲冑は完全に再生し終えた。

ヘレニウムの身体も、天恵による自己再生によって回復を果たす。


だが、アッシュの身体はもはや空洞に過ぎない。

アッシュは言葉を失くした。


ヘレニウムは怒りに任せてこの場にやってきた。

だが、無意識に手を差し伸べてしまうのは、天性の神官ゆえだった。



「……あなたの手で契約を解除するのです。今ならばまだ間に合う。私が呪いを解き、治癒をほどこせば、あなたはまだ助かります。そのためには、呪いを供給しているそのツルギを、手放さなければならない」



「くっ……!」


アッシュは悔しそうだ。

兜の下で唇を強く噛み締める。


「あなたは名の知れた冒険者だったのでしょう? あなたの冒険はここで終わりですか? もう、目指すところはないのですか」



アッシュの肩がわなわなと震えだす。

ぎりぎりとこぶしを握り締める音がする。


そうして。

いくらかの時間が過ぎ。

迷いに迷った末。


「……ツルギとの契約を解除する」


そう言った。


言ったが――。


「ダメだ。解除が出来ん……!」


「それならば、ツルギのコアを撃ち砕くしかありませんね。あなたなら解るでしょう? その武器のコアの場所が」


ヘレニウムが拳を握り締める。

アッシュの纏う骸の鎧の中に隠されているはずの、ガラティーンのコアを破壊するために。



だが。

そこに。


「ガラティーン!!!」


 聞こえた叫び声は、テッドの声だった――。







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