『とある情報屋の損得勘定』


大通りを早足で歩くヘレニウムが、突然振り返る。

身体ごと向き直り、正対する相手は、後ろからついてきているコムギに対してだ。


それに、コムギは急ブレーキをかけ、立ち止まる。


「なぜついてくるのですか……、というか、なぜあなたは私を付け狙うのです」


「えっ!」


極寒の冷気を閉じ込めた箱の、隙間から冷たさが漏れ出るように。

密やかな怒気を纏うヘレニウムに、コムギはたじろぐ。

「それはそのですね……」


「その服は、東の大陸の服ですね。それにあなたは西の言葉にも精通している。何かの覚悟があってきたのでしょうけど、私にうつつを抜かす意味はあるのですか」


「意味は……必ずあるはずです。あたしの直感ですから。お姉さんが、きっとあたしに探し物の答えをくれるって……」


ヘレニウムは嘆息する。


直感と言うあいまいな理由はあまりに胡乱だ。

けれども、コムギの真っ直ぐな輝く瞳は、悪戯や悪意で付け狙っているのではないと解る。

それにコムギはきっと強い。

腰に差した刀剣も安物ではないし、足腰は華奢な見た目に反してしっかりしている。

加えて、何かしらの魔術に近い力を、ヘレニウムは感じていた。

東の大陸と言う未知の部分を含め、総合的に見て『やっかい』な相手だと予測できる。

実力で遠ざけるのにも時間がかかるだろう。

この場ですぐに追っ払えるとは思えなかった。


じっと、観察すること十秒ほど。

「うっ……」

その間コムギは、ものすごい怒りで睨まれているような心境になり、居たたまれなくなる。


するとヘレニウムはくるりと、また前に向き直った。


「……私は焼き魚ではありません」


コムギは少し面食らうが。

冒険者組合での会話の中にあった、紅い神官への呼称を思い出し。


「解りました、では、えっとヘレ様」


その呼称に対し、ヘレニウムは是とも非とも言わず、また速足で歩きだす。

その後ろを、コムギは堂々とついていった。







――――

既に夕刻になろうという時刻。


まずヘレニウムが目指したのは酒場だった。




がん、と音がするほどに乱暴に開けられた扉から。

昼間とは違って賑わう店内の、客とウェイトレスをかき分け。

ずかずか、という言葉が合うような勢いで、ヘレニウムがカウンターまでやってくる。


バーテンは驚いた。


「これは珍しいお客様だ」


それもそのはず。

ヘレニウムが酒場に来ることは滅多に無い。

如何せんお酒が飲めないのだから当然だ。

それに、料理は自前でなんとでもできるので、外食するという思考が無い。


そして。

このバーテンは唯のバーテンではない。

裏で情報屋をやっている知る人ぞ知る有名人だ。

勢いよく入ってきたヘレニウムとコムギに、ただ事ではない何かを感じて。

無言で見上げてくるヘレニウムの真顔に、最初から情報屋として接する。


「……御託は良い、そういうことですね?」

「ええ。あの金ピカの、『今』の居場所を教えなさい。あなたなら知っているでしょう?」


「金ピカ、あぁ、アッシュ様の事ですね? さぁ、私があのお方の『今現在の居場所』を知っているか否かは、お代次第です、が……そのお代の予定は如何ほど?」


それに対してヘレニウムは、変わった交渉材料を提示した。

それは金貨でも銀貨でもなく。

「お代は私です。――あなたが必要な時に、一度だけ私があなたを手助けします。それでいかがですか。誓約書も書きます」


ヘレニウムの双眸は、冷ややかなほどに真剣だ。


「ふふ」

それにバーテンは微笑んだ。

仮にも、高位神官アークビショップであるヘレニウムに、一度とはいえ無料で依頼できるということだ。

これに歓喜しないわけにはいかなかった。


バーテンの脳裏に、先々までに及ぶ損得勘定が沸き上がる。

それによると、ヘレニウムの言葉は、かなりの高額であると試算できる。


――基本的に教会へ救済を求めることは、無料ではあるものの。

寄付金やお布施と言う形で謝礼金が支払われるのが通例であり、特に高位神官アークビショップという人員は、大聖堂教会にとって切り札的な意味を持つ。

なにせ、その『役職クラス』を与えられた神官は、西大陸で5人しかいないとの噂だ。

そんな人員を使うような事件は、先の古戦場のような大規模な災害クラスに及ぶことが多い。


仮に、教会へ高位神官アークビショップを要請した場合、謝礼金の相場は少なく見積もっても100万グランに及ぶだろう。


ちなみに、ガランティン古戦場での一件では、冒険者組合とエスカロープの兵団が折半し、数百万グランを謝礼として支払ったそうだ。


それに、バーテンの耳にはヘレニウムの実力に関する情報も色々入ってきている。

光の魔術……つまり『天恵』への熟達、そして白兵戦等での規格外の強さ等など。


それほどの『赤き鉄槌のヘレ』とさらなる良好なコネクションを得るという点を踏まえても。

この『お代』は、金銭に変えられない価値がある。


それは、金貨数枚程度では及びもしない価値だ。


たとえ、アッシュが秘密裏に借りた廃倉庫の場所を、情報として漏らし、アッシュとの関係性が崩れても、バーテンはそれ以上の物を得られるのだ。



お金と信用は同じもの。

商売人としてそういう考えもある。

だから『決して口外しない』。そういう信用ももちろん大事だ。

しかしながら、アッシュに至っては世間からの悪評が目立っている。

懇意にしているテッドの手首を切断したということへの怒りもある。


――様々なことを考慮し。

バーテンは、この話を受けても損をすることは無い、と判断した。


情報屋は金で動くもの。

信用で成り立つ物。

だがそれ以上に、この情報屋は『価値』で動く。



「十分でございます。それでは、申し訳ありませんが決まりですので、こちらへ」


そしてバーテンは、また『チョットうんこ行ってくる』という意味のプレートをカウンターに出して、ヘレニウムたちを別室へ案内した。






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