『漆黒大剣 ①』


場所を移して、とある一室。


アプリコットは、壁にかけられたコートの裏に、ビッチリしこまれた二十二本の短剣を眺めていた。



「へぇ、この小さい剣全部で、ツルギさんなんですか。すごぉい」


アプリコットは剣が目覚める瞬間には気を失っていた。

なので、実際に目で見るのは初めてだった。

ヘレニウムからは『大剣』だと聞いていたので、テッドに見せてもらった物が短剣だったことに驚く。しかも沢山だ。


「でしょでしょ、ワタシ凄いッ!」

「調子に乗るな!」

調子に乗るツルギと、叱りつけるテッド。

アプリコットはそんなコンビを、微笑ましい、と横目で見ながら。


「なにかいい名前を付けてあげたいですね」


「はい。いつまでも『剣』だなんて、その他大勢の一人みたいな呼び名は勘弁ですよぉ。ぜひとも素敵な名前を~っ」

「んなことを言われてもな……」

ああ。と、そこでテッドは思いついて手を叩く。


「『ハンマー』って名前にするってのは?」


「絶対に嫌ですぅ!」

『><』目が、こんな感じになっていそうな威勢で、剣が猛抗議だ。


「しかし……名前を付けるってのは難題だな」



現在。

そんな二人と1本? が居るのは、アプリコットのお部屋だった。

路地裏で出会ってすぐ、剣の名前の話になって、立ち話もどうかと思ったアプリコットが、テッドを部屋に案内した、という流れだ。


テッドは備え付けの椅子に座り。

『剣』はコートごと壁の外套掛けに引っ掛け。

アプリコットはベッドに座っている。


「うーん……」

名前を付ける、ということになってアプリコットも唸る。


ちなみに。

短剣の見た目は、鞘も刀身も黒く、美麗な銀の装飾が施されていて、その装飾の作り出す模様は、動物の骨格である、肋骨やその他の骨を模したようなデザインだった。

そして、フィストガードの中央には、小さな丸い宝玉が埋まっている。


その見た目は、短剣でも大剣でも、似たり寄ったりの姿だった。


「骨っぽい剣! というのはどうだ?」


「そのまんまじゃないですか!」


「もっとかっこいいのが良いですぅ」


テッドのアイディアは悉く却下され。

う~ん。と三人で悩み続ける。


「そうだ、ヘレニウム様にも知恵を……」

「却下だ!」

「嫌ですぅ! 出会った瞬間に死んじゃいます! あの方ワタシの弱点を一目で見破るんですからぁ、怖いですよぉ」


「うん。あのハンマー馬鹿に、剣なんて持って行ってまともに取り合うわけないよな」

そうだそうだ、と意気投合するするコンビ。


「……ハンマー馬鹿だなんて失礼な」

でもアプリコットの声は小さい。

まんざら間違いないと思っているかもしれない。


テッドは、腰のカバンから、宝石のついた腕輪を取り出す。

剣の本体らしい逸品だ。

「というか、おまえはいったい何者なんだ? しゃべる剣なんて聞いたことないぞ」


「ワタシにそんなこと聞いて、解ると思いますぅ?」


「思わん!」


「デスヨネー!」


すると、ふとアプリコットは指先を頬に当て。

そういえば――。


「――グラッセの大聖堂で同僚に聞いたことがあります。この世の中には、各魔法元素を司る精霊とは別に、物に宿る精霊も居るのだとか」


「なんと! つまり、ワタシは剣の精霊だということですね!」


「精霊? こいつが?」


「はい。現に、ヘレニウム様の話では、手紙のようなモノ……つまりガランティン古戦場の魔物の『核』が砕けた時、その欠片が剣に吸い込まれたように見えた、と言っていましたから……なにかしらの魂が宿っている可能性は高いと思いますよ」


「……じゃあ、やっぱり、あの魔物と関係があるんじゃないか」


「デスカネー?」


「でですね。これが名前にどうつながるかと言いますと……ガランティン古戦場にちなんだ名前にしてはどうか、という話です」


「じゃあ、ガランティンか?」


「それじゃあ、そのまますぎますよ」

アプリコットは苦笑する。

そして


「少しだけ文字って『ガラティーン』なんてどうですか?」


「……俺は構わねえけど、大袈裟過ぎないか?」


「良い、良いですよ! ワタシ気に入りましたッ! がらてぃーん!」


「……じゃあそれでいいか」




剣の名前が決まり。


そうして、暫くすると。

アプリコットはヘレニウムの所に行くと言い。

テッドも冒険者組合に行くために、アプリコットの部屋を後にした。





テッドが宿の建物を出て、大通りでアプリコットの遠ざかる後ろ姿を見送り。

ほぼ見えなくなった頃になって。

「――それにしても、女の部屋ってのは、独特の匂いがするもんなんだな」


なんて、ぼそっと呟いたため。


「うわーテッドさん。うわー! アプリコットさん、アプリコットさぁん!」

ドン引きのガラティーンが騒ぎまくる。

テッドは、誰かに聞かれているなんて思っていなかったため、ハッっとして、しまった、と思い。


「おい、お前! このことは絶対にいうなよ!」


「ええ~? こんな面白そうなことをですかぁ?」


「てめえ! 叩き壊すぞ!」


なんて、騒いでいると。


「――テッド様」


急に。

そんな耳打ちが、飛んできた。

合成されたような声で。


恐らくこれは、通信用の魔術。

正確には、風の囁きウィスパーと呼ばれる魔術だった。


どこからだ?

周囲をきょろきょろと見渡すが出所は分からない。


「テッド様、あなた様に、とある方からのご忠告を申し上げます」


「忠告だって?」


その声は、剣、『ガラティーン』には聞こえていないらしい。

どうしました? 頭もおかしくなりましたかぁ? とテッドはガラティーンに心配される。



「――黄金色の来訪者ゲストに注意せよ。あなた様のことを探しておられる。出会ったら、穏便には済まないでしょう。しばし、エスカロープを離れるか、今すぐに身を隠してお過ごしになるのが良いかと……」



「黄金色の……? それは最近噂になっているあいつのことか?」


「では、仕事は終わりましたので、失礼。どうぞ、あなた様に守護神ブローディア様のご加護の有らんことを」



それ以来、通信は途絶えた。



「……いったい何がどういう……」


そんな狼狽えるテッドの元に。

いよう、と背後から挨拶の声がかかる。

振り返ると、黄金色の出で立ち。


アッシュが立っていた――。


「……テッドとは貴様のことだな?」




――バーテンが気を利かせ、テッドの実住まいとは別の住所。

つまり、冒険者組合の安宿の住所を教えたのが、裏目に出てしまった。


時間を稼ぐどころか、最速で出会う結果になり……。



「……やれやれ。守護神様のご加護は、俺には無縁という事か」


テッドは向き直り、アッシュに正対する。

さて、どうした物かと思いながら――。

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