『漆黒大剣 ②』

テッドは念のため、こっそりとカバンから出した腕輪をはめる。

『ガラティーン』の本体だ。


「ややこしくなるから、おまえは黙っていろよ」

「わかりましたよう」

そんなやり取りを、テッドとガラティーンが小声で行い。


テッドはアッシュの様子を伺う。


そうして。

間合いにしておよそ2メートルの距離。


全身金ぴかの男と、それに対峙する黒コートの青年。

その金ピカ男アッシュは、睨み付けるような視線で言う。


「貴様、あのヘレニウムとかいう小娘の仲間だな?」


だから、青年テッドも睨み返すように応じる。

「だったらどうだって言うんだ?」


「ヤツの大事にしているモノを教えろ」


「大事にしているモノ? ――さぁ、知らないな。それに俺はたぶん、仲間じゃないぜ」


「仲間ではない? どういうことだ?」


「俺は冒険者の依頼を2回一緒にやっただけだ。きっと、あいつは、俺のことを仲間だなんて思っちゃいないよ。そんな俺が、大事にしているモノなんて知るわけが無いだろ?」


「ほう……そうか。それはとんだ見当違いだったな。残念だ。ヤツにもオレ様と同じ苦痛を味あわせてやりたかったのだが……」


アッシュはそれで一度納得した素振りだが。

「それはそうと、貴様。魔物が落とした戦利品を持ち逃げしたそうだが、本当か?」


誰に聞いたのか。

テッドが大剣を持って逃げたことをアッシュは知っていた。

やや辟易しながら。


「それがどうかしたのか?」


するとアッシュは憐れむような目になる。


「それならば無理もない。いや、目の前で『レアたから』を持ち逃げされたら、腹も立とう。仲間と思われないのは当然だ」


 ヘレニウムの怒っている理由とは違うが、それでも『仲間と思われないのは当然だ』と言う言葉はテッドに少し突き刺さった。


「くっ……何が言いたい?」



「ヘレニウムとかいう小娘は、『ツルギ』が嫌いなのだろう? しかもそれが目の前で盗んだ代物だというなら、なお悪い。そのような物をいつまでも持っていても、貴様の立場が悪くなるだけだ……今もどこかに持っているのだろう? そいつを一度オレ様にみせてみろ」


「見せてどうなる?」


するとアッシュはカバンから、モノクルのようなモノを取り出した。


「……こいつは、物の価値や、真実を見抜く魔法の品だ。勿論、秘匿レベルが高すぎると正しく鑑定することは出来ないが……。オレ様は、貴様の盗んだ剣の見た目を、情報としてすでに得ている。その情報から推察すれば、オレ様の見立てでは、ただの剣ということは無い筈だ……。もしも価値が高い品であれば、俺様が高額で買い取ってやろう」


つまり。少なくとも、アッシュに見せれば、『ガラティーン』の正体が解るかもしれないという事だ。

テッドはそれについては、すごく興味があった。

だが――。


ガラティーンの話を聞くだけ聞いて、売る気はないから返せと言ったところで、無事に返ってくるという保証はないだろう。

それにこの距離。


アッシュは、腰に黒い剣を差している。

ヘレニウムに壊されたのとは別の剣だった。


この距離は、十分にアッシュの間合いだ。


嫌だと言った瞬間斬られる恐れがある。

『ガラティーン』も声を潜めていた。

うかつに声を上げれば、アッシュが変な興味を覚えそうだからだ。


「ふん……大人しい交渉では動じぬか」


アッシュがモノクルを仕舞う。

何やら言動の雲行きも怪しい。


冷や汗を垂らしながら。

テッドはどうするか悩んだ。

時間をかければ手遅れになるだろう。

早く、最善の策を講じなければならない。

早く。



「では、単刀直入にこう言おう」


アッシュは、鞘から剣を引き抜き。


「――力づくで奪われたくなければ、大人しく盗んだ剣をオレ様によこせ。どうせ貴様が持っていても、手に余る品だ」



ダメだった。

手遅れだった。




「ちっ!!」


テッドは回れ右して、全力でダッシュをかます。

つまり、テッドの選択は、逃げの一手だ。


だが。

「逃がすか、戯け!」



物凄い速さで、アッシュはテッドの前方に回り込み。

同時に、剣で斬り払ってくる。


速すぎる。

そして避けられない。


くそっ!


テッドは内心悪態をつき、咄嗟に自分の腕でガード態勢を取った。

苦し紛れだ。


そこに。

「ご主人様!!」

テッドの腰から勝手に抜けた短剣が、アッシュに向かって飛んで行く。


「ん?」

それをアッシュは、テッドを狙っていた剣で、軽く打ち払った。

結果、テッドは無傷で済んだ。


が、アッシュは地に落ちた短剣を注視する。

そのデザイン、そしていましがたの『声』――。


「――ほう、自我を持つ剣か? 面白い! 数々の難関を突破し、数々のレアたからを手にしてきたオレ様でも、そのような物は初めてだ。それにその見た目は間違いない……『伝説級レジェンドクラス』といかずとも『宝具級エピッククラス』、あるいは『神造級ユニーククラス』は堅いな……!」



それは。

アッシュの興味に火をつける結果になってしまう。



「ったく、余計なことを!」

「だってご主人様が!」


そして、アッシュから逃げられないのは、今しがた理解した。

だから、テッドは唯一の武器である、メイスをベルトから引き抜いて構えた。


「……滑稽だぜ。結局オレが頼ってるのは、鈍器コイツだなんてな……」

「ワ、ワタシは……?」

「あいにく俺は短剣なんて使ったことが無い」

「そんなぁ!」


「……ふん。そんな低品位みせうりの武具で、オレ様がどうにか出来ると思うか!」


アッシュが迫る。

ひるがえる白刃。


「くっ!?」


風の速さで到達する刃に、アッシュはなんとかメイスを合わせる。

すると、アッシュは剣をひっこめた。


「!?」


テッドは不思議がるが、それは好機だ。

そのままメイスをアッシュに叩きつける。



――それにはアッシュ自身も驚いていた。

無意識に、メイスに剣が当たることを、拒んだことに。


忌々しい。


また剣を壊される。

そんな悪い未来に、アッシュは怯えたのだ。


忌々しい!


テッドのメイスを軽々と躱し。

その逆上を、力いっぱい、テッドに叩きつける。今度こそ。


「ご主人様!」


「二の轍は踏まん!」

飛び出した二本目の短剣も物ともせず、アッシュの剣は、易々とテッドの身体に到達した。


「ぐはっ!?」


テッドから血が迸る。

地面に倒れ、悶絶するテッドに。

アッシュは――鑑定のモノクルを取り出して、その身体を調べ出した。


「なるほど、そのやかましい剣の本体はそれか……」


やがて、手首の腕輪にアッシュが気付く。

そうして――。




安宿の目の前の通りに、

「ぎゃあああああああああああああああああっ!」


「ご主人様!ご主人様!ご主人様!ご主人様!ご主人様ぁぁぁぁ!」



テッドと、ガラティーンの悲痛な絶叫が響き渡った――。


そして、その路上には切断されたテッドの手首が転がり。

手から腕輪は失われていた――。






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