『後日談 ――テッドの場合―― 』




「はぁ、やっちまったな」





路地裏で、テッドは陰鬱な空気に浸っていた。

立地的にもジメジメしていて気持ちのいい場所ではないが。

テッドの心もそれと同じくらい腐っていた。


「ありがとうございます、テッドさん! あなたはワタシの命の恩人ですぅ!」


傍らには、150cm程の大剣が立てかけてある。

その元気でやかましい高音域は、今のテッドには辛いものがあった。


暗い声でテッドは言う。


「勘違いすんなよ。あまりに可哀そうだから、出来心で持って逃げただけで、状況は何も変わってないからな。むしろ……たぶん、オレまでヤバくなったぞ」



「あのお方はそんなにお強いのですか?」


その問いかけに、テッドは項垂れる。

そして顔を上げると同時に大剣を仰ぎ見る。

くわっと。


「あのなぁ? おまえ、あの場に居たんじゃないのか、見てなかったのか? あいつが戦ってるところ!」


「いえ? ワタシ、目覚めたらあの場に居ただけですから……」


「じゃあ何か? おまえは、あの古戦場と関係が無いのか? いや、そんなわけないよな。あのタイミングで目が覚めたって言うなら」


「そんなことを言われましても?」


かくん? とか、きょとん? とか。

そんな感じで、動かない大剣が首を傾げたような気配がする。

本当に記憶が無いのか、産まれたてだからなのか。

大剣自身は、なぜあの場で目が覚めたか知らないようだった。




一度気持ちを落ち着けて。


「……どっちにしろ、そのままじゃすぐに見つかるだろうな。嘘は方便でも、『捨ててきた』くらい言わないと納得しないぞ、あいつ」


 恐れている者の元へ、戻ろうとする様が大剣には不思議に思えたのだろう。


「お仲間なのですか? あのお方」


「仲間……といえるのかどうかはわからんが」

想えば、成り行きで依頼に二件同行しただけだった。

仲間かどうかと問われると、テッドは自信が無かった。


「あの方からこのまま逃げるという選択肢は?」


「……あいつから?」

逃げれるだろうか。

そもそも逃げたとして、どうなるというのだろう。

変な後悔や、わだかまりが残るだけのような気がする。


「っていうかそもそも、おまえのせいじゃないか! おまえには少しくらいオレに協力する義務があるはずだ! さっき何でもするって言ってたろう? 何ができるんだ、おまえ!」


それに対し。

「フフフ……壊れても、少し経てば身体を再生できます!」


えへん、と胸を張った雰囲気の大剣。


「じゃあ助ける必要なかったじゃないか……!」


「いえ。いえいえいえ。滅相も無い! あのお方、しっかりワタシの『核』を踏み砕こうとしておりましたから! さすがに『核』が壊れたらイチコロですよぉ」


あっそ。


「……他には?」


え? と言う大剣に。

もう一度繰り返す。

他には?


「……?」


大剣からの反応が無いのでテッドは言葉を付足す。

「例えば、ハンマーの形になれる、とかないのか?」


「な れ ま せ ん !」

キッパリ。

そして続く。

「ワタシはツルギです。ツルギ以外の物にはなれません。同等の物質量なら、いろいろ変化は出来ますが」


「同等の? できるのか? 形を変えることが?」


ええまぁ、と大剣。

見せてほしそうなテッドに、大剣は得意げな声色になる。


まぁ……

「例えば、鞘に納まってみたりぃ?」

にゅるるん、と150cmの抜き身の大剣が形状を変える。

その幅広の刀身を、スマートに細め、削った分の質量で、鞘を作り上げた。

そうして鞘に納まった細身の両手剣に姿を変える。

鞘も刀身も、すべてが美麗に装飾された立派な見た目だ。

若干、黒かったり骨っぽかったり、ダークな雰囲気を醸し出すけれど。


おぉ? と驚くテッドに大剣はさらに調子に乗る。

フフフ。

さらに、

「例えば、曲がってみたり? 例えば、増えてみたり?」

にゅるるん、と弧を描き、曲剣になったとおもえば、二つに分裂して双剣となった。

壁に立てかけられていたのが、形の変化によって、するりと落ちて、カタンと地面に倒れた。


それを目で追いながら、テッドは感嘆する。

「……すげえ!? もっと小さくなれないのか? 持っているかバレないくらいに」


「それでしたらこうでしょうか?」


バラバラっと分裂し、鞘付きの短剣が12本ほどその場に、がちゃがちゃと落ちた。

それもぜんぶ、装飾の施された美麗な形をしている。

相変わらず雰囲気は暗いデザインだが。


「なるほど、小さくすると、その分、数が増えるのか……」


「はい! その通りでございます。何でしたらもう一段、二段小さくも出来ますよぉ」

 

そして。

 ころん、ところがる宝石のついた腕輪のようなもの。


「なんだこれ」


 足元に転がったそれを、テッドはおもむろに拾い上げる。

 すると、全ての短剣がふわりと浮かび上がった。

 宙に。


「飛んだ……!?」


「ええ。飛んでいますねえ?」


「どういうことだ?」


「その腕輪の宝石が、ワタシなのですぅ。ワタシが認めたお方がそれを持てば、ワタシの能力がリンクするようになっているのですぅ」



「……難しいことは分らんが、これだけ小さかったら隠し持って歩けそうだな」


「ね、ね、ワタシ役に立ちそうですよね? ワタシの事見捨てないでくださいますっ!?」


「……とりあえず、おまえを隠し持てるコートか何かを買いに行くか」

腕輪を外すと、バラバラと短剣が地面に落ちる。

テッドは、がさがさ、と素材入れ用のカバンに、腕輪と短剣を詰め込んだ。


「ちょ、ちょっとぉ、見捨てないって言ってくださいよぉ! それにちょっと扱いが乱暴ですよう!」


「うるせえ、大通りに出たら静かにしろよ。騒ぎになったらそれこそどうなるか分からないんだからな……そうなったら放り捨てるぞ」


気を付けなければ。

あの赤い神官の耳に入れば、終わりかもしれない。


「は、はいぃ……」


そうして、大人しくなった漆黒剣? とテッドは、路地裏から出て行った。




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