『後日談 ――アプリコットの場合―― 』



『天力』……いわゆる魔法で言う所の『残魔量』のことで、これが尽きると術者は気を失い戦いを続行できなくなってしまう。



ガランティンでテッドの呪詛を対処していたあの時。


アプリコットは、強靭な精神力で耐えていただけで、実際には既に『天力』は空っぽだった。

その分、肉体の方に消耗が回り、疲弊が激しかったため、心身共に万全な状態に回復したのは、戦場の出来事から、数日後のことだった。


そしてアプリコットは、組合の斡旋する安宿を借りており、気が付いた時にはそこに寝かされていた。


しかも。

アプリコットが、ベッドの上で目覚めた時、その状態は『全裸』だった。

……とはいえ、寝るときはいつも全裸、のアプリコットにとってはそれで普通だと言える。


身長155で、お尻は大きめ、胸はばいんばいんの肢体が、うぅん、と毎朝目覚める度に、艶めかしい声を上げるのは、夫婦で経営する宿にとっては猛毒判定で。




夫は一切この部屋に接近は許されていない。


のだが。




「……ごふっ!?」


アプリコットの部屋の前。

扉の隙間から覗き見していた旦那を、奥様が蹴り転がして泡を吹かすと。

廊下で行き倒れのように動かなくなった旦那に一瞥もくれず。

宿の奥様はそっと中に入る。


そこには寝起きのアプリコットが居た。

ボブカットで切りそろえられた黒髪ブルネットの美少女が――。



「あ、あの……」


その美少女――。

アプリコットは若い。

しかもスタイルが良い。

特にお胸がやばい。

それが真っ裸でベッドに居れば、奥様とてアウアウになってしまう。


「あ、アプリコット様……て、手紙が届いておりましたので」

お持ちいたしました、と声がフェードアウトしてしまう程、奥様はドギマギ。


「あ、ありがとうございます」


至って普通に。

無防備極まりなく。

恥じらいも何もなく。

それがナチュラルと言わんばかりに。


微笑をたたえ。


ベッドで起き上がる美少女から、奥様は目を背けつつ。

手だけを伸ばして、手紙を受け渡す。


せめて何か着て、と言いたいけれど、お客様の気分を損ねたくないサービス業では言いづらくて。



「――そ、それでは失礼します。朝食は以前と同じでよろしいですか」


「はい、お願いします」


「承知しました」



そうして女将が部屋から出て行った。

階段をガンガン打ち付ける音がするのは、きっと旦那を引きずっているからだろう。




――。


アプリコットは、そのまま。

渡された手紙を見る。



枢機卿カーディナル様から!?」





アプリコットは慌てながらも、丁寧に手紙の封を切り、その中身を確認する。



パット見。

内容、特に文面の冒頭は『ガランティン古戦場』のことについてだった。


アプリコットが倒れてから、今日まで、数日が経過している。

今のご時世を考えると。

この期間でこの内容の手紙が返ってくることは、かなり急だった。

きっと、飛脚にでも頼んで急ぎで報告がやりとりされたのだろう。


「でもどうしてわたくしに?」


普通はヘレニウムに行くであろう手紙だった。

気になってアプリコットは手紙を熟読する。


枢機卿より。

『……ガランティン古戦場の件。無事解決したと組合からの報告、および礼を受けた。ヘレニウム君をはじめ、現地の代行者のみで良く対処をしてくれた。私からも礼を言う。時に――』


恐らくここからが本題だ。

アプリコットは思わず小声で音読する。


「時に、組合の報告の中にヘレニウム君の仔細が無かったのが気になっている。彼女の現地での素行はどうかね。彼女は、高位の聖職者に相応しい振る舞いを取り戻せているだろうか? 私が与えたあの礼服は、しっかり彼女の戒めとなっているか?」


やはり枢機卿様は、ヘレニウム様のことをいたく気に入っておられるのですね。

とアプリコットは解釈し。

その先に続く


『彼女ほど高位の神官が、傍若無人な振る舞いをすれば、大聖堂の評判にもかかわる。私は彼女に去年のような真面目さを取り戻してほしいのだ』


という、管理職めいた文章を見逃した。


さらに読むと。


「……そこでだ。今、エスカロープの地での旅修行を申し出ている君に、折り入って一つ、重要な任務を付与したい。――君はこれから、毎月の初めの封書にて、ヘレニウム君の素行を私に報告してくれたまえ。事細かに。良いかね、事細かにだ。よろしくお願いする」


手紙を読み終えるや否や。


ガタッ、と全裸で立ち上がった。


「こ、これは! 正式にヘレニウム様のお供が出来るという事では!?」


歓喜のままに、アプリコットはくるくると舞い踊る。


「はっ、こうしてはおれません、ヘレニウム様にこのことをご報告しなくては!」



アプリコットは嬉々として、ようやく着替えをはじめ、出かける準備を始めるのだった――。



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