『さようならテッド、君は良いやつだった』



真っ黒な両手剣が、地面に寝かされたまま。

ヘレニウムに踏みつけにされ。


今にも、強化健在のフルパワーMAXな拳骨でブチころがされそうな雰囲気だ。

例えハンマーがなくても、今のヘレニウムなら容易く針金細工のように加工できるだろう。


両手剣は、声で応じるしかなく。

助けて助けてとピーピー喚く。


その声は、中性的な高音で。

女性とも男性とも言い難い声だった。


「――ひぃ、何でもします、何でもしますから、さないでくださいぃ!」


それを見下ろすのは冷酷な双眸。


「あなたにできることは、私の前から消え失せることだけです」


ザ・無慈悲です。この神官。


「うぅ、そんなぁ」


そこで。

はぁ、と一つ溜息を吐くテッド。


流石に可愛そうになったのか、テッドは気を失ったままのアプリコットを丁寧に地面に寝かせると。



「よっこいせ」


小柄なヘレニウムの両脇を掴み、まるで幼児を抱っこするパパみたいに、その身体を横にどかした。


ヘレニウムは、何をされたのか一瞬では分からず、ほんの少しだけ、固まってしまった。


今がチャ~ンス!


「おらぁああああ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」


ガシッ、っと地面の大剣をクラウジングスタートと同時に掴みとり、そのまま――。


悲鳴を上げる両手剣を持って。


――テッドは逃げた。


強化健在の凄い速さで。



その数秒後。


「あ……」



ヘレニウムが我に返り。

握りしめていた拳骨をさらに握りしめる。

その矛先は、無論テッドだ。

テッドは見事に、ヘレニウムのヘイトをたくさん稼ぐことに成功した。


「あの分らず屋!」


ヘレニウムは、そのまま鬼の形相で追いかける。






――と思いきや。アプリコットを放置するわけにもいかず。

踏みとどまる。


逃げた唐変木の方向を睨みながら。

真っ赤な神官は覚悟を決めた。


「良いでしょうテッド。この行い、私への挑戦状と受け取ります。……今度会った時が年貢の納め時ですよテッド」







そうして。

ヘレニウム、テッド、アプリコットは、ガランティン古戦場を後にするのだった。


後からわかることだけれど、テッドはちゃっかり今回分の報酬も組合から貰って逃げたらしい。


受付嬢曰く。

その時のヘレニウムは、何とも言えない類まれにみる微笑だったという。


テッドの命は無いかもしれん。







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