『ガランティン古戦場 ②』



陽が沈んだばかりの夜――。





古戦場は、送り込まれた兵士、パーティー、低級アンデッドが犇めいていた。


そこかしこで、剣戟が聞こえてくる。


古戦場から、街へ向かう街道。


あふれ出てくるアンデッドの群れから、

そこへの侵入を防衛するために、皆必死だった。





だが、アンデッドの量は圧倒的だ。

人間側3に対し、アンデッドは7と言った割合だった。


スケルトン類がほとんどだが、元が兵士ということもあってそれなりに強く、持っている武具もそれぞれ違う。


そして中には、指揮を取るリーダークラスのアンデッドまで居る始末だ。


「うへえ、予想以上だぜ、これは」


「……ひどい死臭です」


地平線の向こうまで、アンデッドで埋まった景色に、テッドとアプリコットが辟易するのは無理もない。


だが。

上級神官は平然としていた。

「行きますよ。私の標的は、この奥です」


ヘレニウムは、数多のパーティー、兵士が既に対処している手前のアンデッド軍を素通りし、奥を目指し始める。

向かい来るスケルトンソルジャーを、ハンマーの一撃で木っ端微塵にしながら。


それはまるで、一目で元凶を看破したかのような振る舞いだった。


その背中を、鞘から引き抜いた両手剣を手に、テッドが追いかける。


「……標的? この状況をどうにかできる方法があるのか?」


「ここのアンデッドは、倒してもすぐに復活する。確かそう言ってましたね?」


「ああ。それに何か理由でもあるってのか?」


槌を振るい。目の前の邪魔者を粉砕しながら。


「――理由はあります。知りたければ、私についてきなさい」


大剣を振るい。襲い来る死体を両断しつつ。

テッドは、何か確信しているようなヘレニウムに――。


「解った。首都の大聖堂が太鼓判を押す上級神官アークビショップがそう言うなら、信じるよ。ついていく」



それに。

「もう。様を付けなさい! このザンバラ頭さん!」

アプリコットの指摘にヘレニウムが、「ええ。しかしその前に」、と。


骸骨を殴り飛ばしながら、テッドの姿を流し見る。


「あなた、何勝手にツルギを使っているのですか?」


テッドはひと時唖然とした後、


うるせぇ! と心の声。


「良いだろう別に! たまにはそういう事もあるだろ! っていうか、今、そんなことを言ってる場合かよ!」



悪態とともに、テッドは、アンデッドの群れに当たり散らす。

そんな感じで。

生い茂る草を刈りながら進むように、3人は奥へ奥へと突き進む。


けれど、キリがない。

そして、冒険者や兵士の居る区域を、ある程度離れたとたん。

ヘレニウムたちはあっという間に取り囲まれてしまった。


密度が濃く、まるで泥をかき分けて進む沼地のように。

前方にたまりにたまった汚泥――不死の群れが――重く、分厚く、進路を阻んでくる。


「おい、どうする。これ以上は簡単に進めそうにないぜ」




スケルトンアーチャー達の雨のように降り注ぐ矢を、アプリコットの『守護法壁プライシディウム』が弾き返す。


テッドが大剣を振るって5体を撃ち砕き、アプリコットの『大天使級アルチェンジェルス神聖光矢サンクトゥス・サジータ』が、スケルトンの3体を巻き込んで蒸発させる。


二人とも、その顔に、既に余裕はない。

8体程度では焼け石に水だからだ。

さらにアプリコットが鬼気迫る表情と声で告白する。


「……ごめんなさい、テッドさん、先に言っておきます。わたくしに、祓魔の『天恵』はありません。わたくしが使える加害性の『天恵』は、中位の神聖術までです。――それも、3体巻き込めればいい方……」


ですので、とアプリコットは続ける。


「わたくしがテッドさんをお守りします。テッドさんは、そのツルギで薙ぎ払ってもらえませんか」


その言葉に、嫌と言う理由などは無く。


「解った。まかせておけ!」


そして。


「――そっちのハンマー馬鹿は、剣、ってものが嫌いみたいだけどよ……」


そんなテッドに、ヘレニウムは、「当然です。言うまでもありません」と、片手間にアンデッドを吹き飛ばしながら応じる。


「……でもな、この両手剣トゥハンデットソードって武器に限っては、こういう場面には有効だと思うぜ」


テッドがおおきく踏み込んで、振るう150cmはあろうかという長さの両手剣が、広大な範囲のアンデッド兵を薙ぎ払う。


叩き切る、ということに適応した武器が、テッドの身体能力を存分に発揮し、遠心力とともに骨の軍勢を砕き散らす。



それは決してメイスでは不可能なこと。

長い刀身と重量、そしてテッドの180cmという長身だからこそ、可能な両手剣の利を存分に活かした攻撃だった。



「見たか! こんな真似は、ハンマーにはできねえだろ?」

得意げなテッドに。


「あっ」、とアプリコットはバツの悪そうな声を上げる。


ピキッ


案の定ヘレニウムのスイッチが入ってしまい。


「笑えない冗談です。ツルギ程度にできることは、私のハンマーにだってできます――」


瞬時に、ヘレニウムが、大きくハンマーを振りかぶる――。


打撃力を生み出すのはパワーであり。

速度を生み出すのはパワーであり。


パワーこそが打撃力であり。

パワーこそが攻撃力であり。

攻撃力こそが正義である。


敏捷性、瞬発力、反応速度。

そのすべては、筋力の高さパワーの影響を受けるものだ。


加えて、ヘレニウムの武器は超重量のハンマーだ。


普段、軽く振るえば大半の敵は、武器の重さだけで砕け散るため、不必要なパワーは使っていないのだが。


『笑えない冗談です。ツルギ程度にできることは、私のハンマーにだってできます――』

「――よ!!!」


言葉を言いきったと同時に、ヘレニウムのハンマーが、正真正銘の全力で振るわれる。



その速さは音を越え。

超えた速さが、音の壁を撃ち砕き。

衝撃波を巻き起こす。


その壮絶な威力に。

前方至近のアンデッドの群れは、一片のこらずに粉微塵と化し。

その後方にいる広大範囲の軍勢をも、吹き上がる土砂とともに、衝撃の奔流が根こそぎ駆逐してのけた。


「……マジ、かよ……!?」


驚くテッドの真横で、アプリコットが憤慨する。

「バカですか、テッドさん。ヘレニウム様にあんなことを言ったら、意地でも『天恵』を使わずに何とかしようとしちゃいますよ!? この場で、祓魔の『天恵』が使えるのは、ヘレニウム様だけなんですから!」


速く褒めてあげてください。

とのアプリコットに。


「…ワー、スゴイナー、ヤッパリ、ツルギナンカジャ、ハンマーニカナワナイヤー」


「解りましたか? 軟弱者」


「ハイ」




「とはいえ……さすがに、いつもと同じでどうにかなる状況ではないですね」


ヘレニウムが消し飛ばした一帯に、またアンデッドが、水のように流れ込んでくる。

3人が居る所は、ガランティン古戦場の中心部には、まだ遠い場所だ。


「なにかもっと一気に消し飛ばせる『テンケー』とやらは無いのか?」


「ありますよ」


テッドの問いにヘレニウムはあっさり応える。

「あるんかい!」


「――しかし無意味です。ここのアンデッドたちは、既にこの古戦場と融合し、一つになってしまっています。……この場所に染みついた怨念を浄化しない限り、アンデッドはすぐに復活します。それでは、何の解決にもなりません」


「つまりどういうことだ?」


テッドの問いには、アプリコットが答える。

「つまり。この古戦場自体が、既に魔物だという事です」


「ガランティン古戦場自体が……!?」


そんな会話の最中も、ヘレニウムはアンデッドを粉砕しまくっていた。


古戦場自体が既に魔物化している。

今しがた、その解説をした上級神官アークビショップには、堂々たる威厳や数多の経験が感じられた。……というのに、行動は完全に野蛮な戦士だ。


高位の帽子に、紅い礼装。

白い甲冑に、各所の十字模様。


長いプラチナの髪を振り乱し、敵を撃ち砕くのは。


真っ赤なハンマーと、大きな真紅の盾だ。


ちぐはぐだった。

正真正銘の神官である黒い礼服の杖を持つアプリコットが、本来の神官の姿だというのに。



前衛に立つ上級神官の冷静かつ威風堂々たる進撃は、今、確実にパーティの要だ。



しかし。

そのパーティの快進撃も、鈍り出した。


戦場の奥へ向かうごとに、敵の強さも上がってくる。

テッドも、ここまで何度かアプリコットの治癒を受けながら戦っていた。


スケルトンも、寄せ集めの雑兵から、軍隊の精鋭クラスになってきている。


「くそ、そろそろきつくなってきたな」


正直、駆け出し冒険者のテッドは、神官の治癒を受けながらとはいえ、良く戦っていた。アプリコットも、テッドを必死に守って戦っている。

けれど、そろそろ限界だった。

また、両手剣の刃が痛んできているのを見て、嫌気がさしてきたところだ。




そんな戦場の奥。



不意に、テッドたちの眼に、砂埃を巻き上げ、周囲の不死を踏み砕き。

猛進してくる巨躯が映る。


味方か……?


一見、テッドにはそう思えたが、よく見ると違う。


それは。


四頭立ての地竜……いわゆる軍馬の引く戦車チャリオットに乗った、首なしの騎士デュラハンだった。


首なしの騎士デュラハンだけでも、中級アンデッドの類だというのに、その上戦車チャリオットに乗っている。


「違う、あれは……なんだ!?」


駆け出し冒険者にその魔物の知識は無いが。

代わりにアプリコットが、驚きとともに声を上げた。


「まさか、『デュラハンロード』ですか……!?」


明らかに。

それまでとは一線を画する、強敵だった。



その首なしの騎士デュラハンは、片手で手綱を握り、もう片方で大剣を振り回し。

棘や、刃のついた戦車チャリオットには、大量の骸骨兵が積載されている。


それが、地に立つ雑兵を弾き飛ばしながら、テッドたちの所に、一直線に、猛進し、襲い来る。


「デュラ……? なんだそりゃ!?」


「いけません! こっちに来ます!!」


応える暇なく、アプリコットが急いで守護防壁を張るが――。


勢いに乗った戦車チャリオットの突進は、低級の『天恵』では防ぎきれなかった。


「がはっ!?」


「うくッ!?」


テッドたちが吹き飛ばされ、宙を舞う。


そして、その直撃を受けた、ヘレニウムも――。


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