⑦ これって、密輸されたヒョウ!?
あれから二日たって月曜日になった。
私の家の朝は早い。
五時くらいからお母さんが弁当と朝ご飯作りを始めて、六時にはお姉ちゃんが起きて部活の朝練に行っちゃう。
そのドタバタ音で目を覚ましたお父さんと私が朝ご飯を食べて、七時半ごろにユートたちと合流して登校する感じだった。
ランドセルを背おって玄関にむかうと、お母さんが見送りについてくる。
「陽菜。いつものみんなと遊ぶのはいいけど、危ないことをしちゃダメよ?」
「わかってる。でもべつに悪いことをしたわけじゃないって説明したでしょ。それにお墓の線香とカラスが原因だからもう同じことは起きないよ」
表彰とか、事情聴取とかで警察に呼ばれるかもしれないことは土日の間、ずっと話題にされていた。
お姉ちゃんは自分にもそんな経験はないとおどろいていたし、お母さんはこの通り、お小言がいつもより増えた。
「連続の火事を防いだんだよ? ほめてくれるだけでいいのにもう!」
「だといいんだけど、あの畑の近くで夜に人魂を見たって話もあるのよ。なにがあるかわからないし、もう秋だから夕暮れも早くなったでしょう? 放課後は寄り道をしないで早めに帰ってきなさい。いーい?」
「はいはい。行ってきます!」
ほおに手を当てて心配顔をするお母さんには少し荒い声を返しちゃった。
私に対してはこんなに口うるさくて、まいっちゃう。
タクに言わせれば「かまう時間が少ないからこその心配じゃない?」らしいけど、やっぱりなっとくがいかなかった。
そんなもやもやした気分でみんなと合流する。
六年間も同じことをしているだけあって、時間はぴったり。それぞれの道から歩いてくるので、手をふって合流した。
「グッモーニンッ! それで、ユート。ネコのことはどうだった?」
「うわぁ。リン、ど直球だね……。まあ、たしかに僕も早く聞きたいけどさ」
「それ以外に話題はないでしょー。ハリーアップ!」
走ってきたリンちゃんは早速ユートをつかまえて、カンタンな英語単語で急かす。
土曜日にネコをあずかって、日曜日にユートにわたしたから結果は知っているんだけど、ヒミツにしておこう。
あの夜のドキドキもあるし、すぎたことは掘り返さなくてもいいもんね。
「一応、いいとは言ってくれた。ゴンもネコに遊んでって飛びつかれておろおろしていたけど、仲よくしてくれそうだった」
「ゴンちゃんはやさしいもんね。問題がなさそうでよかったぁ」
私は散歩をさせてもらったときを思い出す。
ユートの家からでるときは興奮して引っぱり回されるかと思ったけど、すぐに大人しくなって歩く速さをあわせてくれたくらいだった。
じゃあ、これにて一件落着。
ネコの名前をどうするとか、アソビ館は来週でいいのかとかを決めるのが登校中の話題になりそう。
そんなことを思っていたら、ゆるんでいたユートの表情が引きしまった。
「ユート、まだなにかあるの?」
「いくつか不安なことがあってさ。できればみんなに助けてほしいことがあるんだ」
意外な言葉だった。
そうと言われればもちろん大丈夫だけど、一体なにがあったんだろう?
「あのネコはまだまだよちよち歩きだから兄弟も同じくらいだろうし、親も世話をしていると思うんだよ。それもどうにか保護してやりたいと思ってさ。ほら、外にいるとノミダニとか病気もあるし、事故とかもこわいからな」
「そういうことかぁ。ユートはやさしいね」
私はうんうんとうなずきながら、タクとリンちゃんに目をむけた。
実のところ、そこについては少し準備がしてある。
土曜日にユートが子ネコをつれ帰ったあと、私たちはなにもしなかったわけじゃない。
待っていましたと言わんばかりにリンちゃんが手を上げた。
「あたしの親戚がね、一匹くらいなら面倒を見られるって言っていたかな」
「僕が聞いたところだと、四組の図書委員の子もネコ好きで飼いたいって言っていたね」
「あと、私のお父さんの会社の人が興味を持つかもって言ってたよ」
「聞いて回ってくれていたんだ? それだけ候補があると心強いな」
私たちが口々に答えると、ユートまでうれしそうだった。
「俺も家でどうにかできないかって考えていたんだよ。そうしたらさ、あのネコが持っていたヒミツが使えそうだなって気づいたんだ」
「え。あの子ネコにヒミツなんてあったっけ?」
ユートはやたらと真剣みのある表情をうかべる。
私にはそれがどういうことなのかさっぱり読めない。
でもすごいことなんだろうね。
言葉にするにも決心がいるのか、ユートは深呼吸をはさんだ。
「――あのネコ、もしかすると海外から密輸された動物かもしれない。たとえばヒョウとかさ」
「へ?」
それはだれも想像していなかった言葉だった。
目を丸くしたり、あっけに取られたり、気のぬけた声が出てしまったり――。
とにかく私たちはユートがなにを考えてこう言ったのか、まるでついていけなかった。
真剣に言ってきたところには悪いけど、つい笑っちゃう。
「そんなにおかしいか? だって、あんなにキレイなヒョウ柄だぞ!?」
ユートはうでを組んで不満そうな顔をする。
きっとそう考える理由はあったんだと思う。
だけど、私なりにわかるところは答えておきたい。
「たしかにすごくキレイだった。野良ネコでは今まで見たことがないくらいだよね。でも、ヒョウってライオンみたいに大きい猛獣だよ? 大型犬のゴンちゃんより大きくなるから子供でもすごく太い足になっていると思うんだよね。ほら、こんな感じ」
私が学校プリントを持ち帰るのに使っている動物柄のクリアファイルが説明にちょうどよかった。
私はそこに印刷されたライオンの子供を指さす。
「すごく太いでしょう? あの子はふつうの子ネコと変わらない足だったし、大きくなってもふつうのネコなんだと思う。ベンガルって品種のネコがあんな感じだったはずかな。ヒョウによく似たベンガルヤマネコとふつうのネコをかけあわせた品種らしいよ」
「えっと、アメリカンなんとかみたいな……?」
「そうそう。アメリカンショートヘアーとか、スコティッシュフォールドとかよく聞くよね。二十万円ぐらいもする、高めの種類だったと思う」
最初の二つは灰色でシマシマの毛皮なネコと、耳がくるんとカールしたネコ。
そっちはペット特集でよく見るけど、ベンガルはめずらしい方かもしれない。
みんなも初耳っぽい反応をしてる。
「なるほどなぁ、ヒナはやっぱり動物のことにくわしいよ」
「でもあのネコがヒョウの子どもだなんてどうして思ったの?」
残念そうにつぶやくユートに問いかける。
「子ネコについていたものを調べたらさ、絶対に海外がかかわっていると思ったんだ」
「ついていたもの?」
ぜんぜんおぼえがなくて首をかしげていると、「ひえっ」と声がした。
声に目をむけると、リンちゃんが鳥肌を立てて自分の身をだきしめている。
「ネコについていたダニが日本にいるはずがないオウシマダニっていう種類だったんだよ。口の形とか、もようとかがそれぞれちがうから見分けられるんだ」
「チョウとかクワガタが少しずつちがうみたいに?」
聞いてみると、こくこくとうなずかれる。
そういえばユートはタッパで持ち帰ったダニの特徴を気にしていたっけ。
私たちが話している間、リンちゃんはお経で苦しむ幽霊みたいに耳をふさいでくねくねしていたので、何歩かはなれてこっそりと話を再開した。
「このダニはやっかいな病気を引き起こすから徹底的に駆除されて、三十年前に沖縄で見つかったのが最後なんだ。ただし、海外ではまだ見つかるらしい。だから少なくともあの子ネコには海外との接点があったと思ったんだよ」
「ちょうどヒョウ柄だったし、野生動物なら野良ネコみたいにダニがついているのもおかしくないから密輸じゃないかって思ったんだね?」
「そういうこと。もしただの野良ネコでも、関東であのダニが見つかったら、大学教授がするレベルの大発見だ。受験にも有利になるだろうから、そのごほうびに兄弟も飼ってくれって親にたのむ計画だったんだよ」
「そんなことまで考えていたの!?」
成績がよかったらほしいものを買ってもらう話と同じようなものだよね。
日本にはいないダニだけど、海外から密輸された動物ならついている可能性はある。
そして、そんな密輸をされそうな動物といえば、同じ模様のヒョウ――よく考えてつじつまをあわせたからこそのまちがいだったんだね。
そこまでわかってみると逆に感心しちゃうよ。
「じゃあ、僕たちはユートのネコ探しを手伝えばいいってわけだね?」
「できればたのむ」
「もちろんだよ!」
そんなの言われるまでもないことだった。
タクはユートに返事をすると、リンちゃんの肩をたたいてダニの話が終わったことを伝える。
「私たちでネコ探しかぁ。遠くには行ってないと思うけど、巣にしてたっぽい物置が燃えちゃって手がかりがないし、人手があった方がいい気もするね?」
「心配しなくていい。手がかりももう見つけているぞ」
ユートは先を考えていた。
ごそごそとポケットに手をつっこんだかと思うと、植物のかけらを入れたビニール袋を取りだしてくる。
「これは人の服とか犬によくつくひっつき虫だ。あのネコはよちよち歩きだから、これがくっついたのもそんなに遠くじゃない。みんなの知恵を借りれば場所を特定できると思うんだよ。だから昨日の続きと思って、できれば協力してほしい」
「うん、そりゃあもちろんだよ。僕もユートにまかせっきりだと悪いしね」
まず返事をしたのはタクだった。
ユートが持っている袋を借りると、タブレットを取りだす。
スマートフォンじゃはいりきらないからって、これにいろんなアプリを入れているんだよね。
撮影した相手を老人顔にする画像編集のアプリだったり、カメラで撮影するだけで3Ⅾプリンターに使う図形にしたりとか、いろんなものをそろえていた気がする。
今回もタクはタブレットのカメラで撮影していた。
「植物図鑑のアプリで調べたらすぐわかると思うんだけど……。あ、でた。これはチヂミザサと、ヌスビトハギだね。両方ともふつうの空き地より、山のかげみたいな少し暗くて湿った場所で生えているみたい」
撮影しただけで画面にはそれっぽい植物の候補がずらりとならんでいた。
タクは一番可能性が高かったものの説明文を読み上げてる。
「じゃあ、これで植物が生えていそうな条件はわかったね。次はネコの行動範囲がわかれば場所をしぼれるかな?」
ユートとタクは私を見てくる。
もちろんそのあたりは得意分野だよ。
「放し飼いのネコでも八割くらいは家から半径百メートルくらいの距離にいるんだって。子どもを産むくらいなら、もっと狭い範囲で暮らしていると思う」
「ふむふむ。となると、大きく見つもって半径一キロ以内って条件をしぼって検索しよう。衛星写真で上から見た図ならリンも見やすいよね」
「オーケー。そういう草が生えていそうな日影がある場所ね?」
私の話を聞いたタクは地図アプリを起動して、リンちゃんに見せる。
このせまい町内くらいはリンちゃんが家族とトレーニングで走り回っているからだいたいの目星がつくと思う。
すると、それらしい場所はなやむまでもなく見つかった。
「畑近くのここかな? ほんの三メートルくらいの小さな丘で登りやすいし、木も多いね。まわりにはその草が生えていたかも」
三人よれば文殊の知恵というけれど、まさにそんな感じ。
次から次へパスするように情報を伝えると、まったく予想もできなかったネコの居場所が見えてきた。
ユートもこの協力プレイがたのもしかったのか、とてもいい顔になってる。
「なるほど。じゃあ今日、塾が始まる前に行って調べてみよう。みんなの予定は大丈夫か?」
大丈夫とそれぞれが返事をする。
私やタクには塾がないし、リンちゃんの習いごとは少しおそい時間だからユートがいっしょに行動できる時間くらいは心配はいらないよ。
こうして私たちはネコの追跡調査を始めたのでした。
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