⑥ 一難去って、たのまれごと
クラスメイト二人の悩みを解決して、近所の火事まで通報して、子ネコを保護して――。あとは火事のことで警察から電話があったみたい。
「いったいなにがあったの?」って、お父さんとお母さんから心配された。
「いろいろあったけど、悪いことはまったくしていないし、許して。ね?」
「もう、まったく。いくら動物のことでも火事なんてあぶないんだからやりすぎはダメよ? ……それにしてもユイはおそいわね。なにをやっているのかしら」
午後七時。
晩ご飯の準備もできて、あとはお姉ちゃんの帰りを待つばかりだった。
「あの子ったら。せっかく携帯を持たせているのにまた出ないわ」
「ええー、また? もう先に食べちゃおうよ」
「そうもいかないでしょ」
お母さんはいつもお姉ちゃんに甘い。
お腹が減ったのをガマンしてテレビを見ていると、ようやくがちゃりと玄関の音がした。
「ただいまー。はあー、つかれた。お風呂はだれかはいってる?」
お姉ちゃんはバスケットシューズとかスクイズボトルがはいったエナメルバッグをどさりと床に下ろす。
これこそ部活活動をしているって格好はすごく大人な雰囲気。
少しはあこがれるけど、今は待たせたことを気にしていないのが頭にきちゃう。
「ユイ。みんな待っていたんだから先に晩ご飯を食べちゃいなさい」
「あせが気持ち悪いからヤだ。勝手に食べていてよ。それにあたしは部活の友達ととなりの駅で評判のクレープ食べて来ちゃったし、ちょっとでいいや」
「もう、またそんなことを言って!」
お姉ちゃんは手をひらひらさせるとお風呂にいった。
お母さんもお母さんで、もう注意をあきらめちゃうのはどうかと思う。
結局三人でテーブルにつきながら私はくちびるをとがらせた。
「ねえ、お姉ちゃんをもっとしからないの?」
「何度言っても直らないんだもの。もうムダよ」
「そう言ってお姉ちゃんばっかり……」
お姉ちゃんは大会でいい成績を残していて、○○大会出場って横断幕が出される。
その親だって自慢できるからって特別あつかいしすぎだよ。
不満に思いながらご飯を食べていると、お姉ちゃんが風呂から上がってきた。
「ごちそうさま」
お姉ちゃんの席は私のとなり。
イライラして食べるのもイヤだから、早めにテレビの前に移動する。
ちょうどそのとき、私の携帯電話がメッセージを受信した。
開いてみるとユートからだ。
『ちょっと話したいことがある』
『え。今から?』
『たのむ。公園で待ってる』
急にどうしたんだろう?
ふと思い出すのはリンちゃんの言葉。
『ユートってさ、ヒナちゃんのことが好きで真田先生にシットしていたのかと思った』
まさか夜にみんなまで呼び出しているわけがないし、ドキドキしちゃう。
メッセージからしてもう待ってそうだし、行かなきゃいけないよね。
「わすれものを友達がとどけてくれるみたいだから、ちょっと出てくる!」
「ちょっと、陽菜。こんな時間に!?」
お母さんの声が聞こえたけど、ガチャリとカギを開けて外に出る。
夜の外出なんてお祭りの日くらいだ。
タクやリンちゃんもいないとなると、初めてのことかもしれない。
むずむずする胸を押さえて公園に行くと、ユートはジャングルジムで待っていた。
お月さまに照らされながら少しなやんだ顔をしていて、私に気づくと笑顔を見せる。
「ヒナ、こんな時間に悪いな」
「ううん。でもどうしたの?」
「実はたのみたいことがあるんだ」
ジムから下りたユートは手をにぎってくる。
吸い込まれそうなくらいに真剣な目でこっちを見て、いったい何を言いたいんだろう?
ごくりと息をのみながら言葉を待った。
「一日だけ、ネコをあずかってくれないか?」
「――……。そういうことかぁ」
とてもとても、苦しいくらいに熱を持っていた体は急に冷めていった。
うん、そうだね。たしかにそういうことのほうがありそう。
意識しすぎてそんなことも気づけなかった。
今になって気づいたけど、ジムの下にはネコのケージが置いてある。
出して! 出して! とケージをかんでいて、ムリとわかると細い手をすきまから出して私たちにタッチしようとしていた。
これにも気づかないなんてどうかしていた。はずかしさで顔が熱くなる。
「説得はダメだったの?」
「母さんはな。ゴンがいるから元の場所へ帰して来いって。でも、あんな火事のあとだと見捨てるようなもんだろ? だから父さんを口説き落とすつもりだ。それまで母さんのキゲンをそこねないためにも、明日まであずかってほしいんだよ」
タクの家はお母さんがぜんそくだし、リンちゃんの家はお父さんがネコぎらいだそうだし、私の家しかなかったんだろうね。
あずかるだけならなんとか大丈夫だと思う。
……思うけどなんだろう、このがっかり感は。とても複雑な気分。
はあ、とこっそりため息を吐いているとユートはぎょっとした顔になった。
「ヒナに断られたらどうしようもないんだよ。おねがいだ。この通り!」
「いいよ、わかった。私も頑張る。……あ、そうだ」
私は家のことを考えたついでに、ふと思い出した。
「そのかわり、となり駅のクレープを食べたいな」
「クレープ?」
突然のことにユートは首をかしげた。
だけど、なにかに気づいた様子になると真剣な顔でうなずく。
「そっか。ヒナだってネコのことで親に怒られるかもしれないもんな。わかった。クレープくらいは二人で食べに行こう。だからたのむ!」
みんなで行くなら予定をあわせなきゃいけないし、二人で行くほうが手っ取り早いよね。
それはそうなんだけど――こうなるとは思わなかった。
また顔が熱くなってきたような気がする。
「そ、それよりさ! ユートは今日、大丈夫だった!?」
「へ? なにがだ?」
「ほ、ほら。その、動物病院でショックを受けたみたいだったから……」
「あー……」
ごまかすために口から出たのはリンちゃんが言ったこと。
真田先生へのシットじゃなくて、誤解からくるイライラだったと気づいた話。
「正直、おどろいた。だけどそこは勉強してどうにかすればいいだろ? これから直せばいいんだよ。早めに気づけてよかった」
うんうんとうなずいている。
もしかするとネコについていた草や虫を集めて自由研究にしようとしていたのも、勉強のためだったのかもしれない。
そう思うと、私は素直に感心しちゃった。
同じ年なのに、ユートはすごい。
「ユートはえらいね。わかった。私もネコのこと、できるだけ頑張るよ」
「ああ、よろしくたのむ!」
あんまり長く話しているとお母さんたちが心配しちゃうのでここまで。
私たちはそこでわかれて家に帰っていくのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます