④ 迷子の子ネコちゃん
予定は変わったけど、私たちはとてもわくわくしていた。
だって、来週に行けばいいだけのアソビ館か、大人も解けないナゾの答えか。
選ぶまでもないよね?
ランドセルを家に置いてきたら、物かげからこっそりとカラスの様子を観察する。
今にも飛び出してほえそうなゴンちゃんをおさえておくのが最大の難関だよ。
もしかするとバンダナ探しみたいに役立つ場面もあるかもしれないと連れてきたけど、失敗だったかもしれない。
「僕らが家に一度帰ったから警戒が解けてるのかな? また集まってきているね」
リンちゃんと一足早くきていたタクは、私とユートに様子を教えてくれた。
たしかにカラスはまた電線に集まっているし、一部は墓地でぴょんぴょんと飛びはねてもいる。
これはリラックスした感じだよね。
「ヒナ、カラスの色はどうなんだ?」
「最初に見たときとそっくりだよ。それにほら、お墓にどんどん近づいてる」
しきりに周囲を見回していたカラスはお墓の前まで移動した。
仏壇とちがって花や果物がお供えしてあるわけじゃない。
そこではそうめんみたいに束にされた線香がゆったりと煙を上げている。
「まさかとは思うけど、おがむんじゃないよね?」
「あはは。それはそれでびっくり映像かも」
笑ったタクはスマートフォンをかまえていた。
「もしかして動画をとっているの?」
「うん。本当にカラスが火事を起こしていたら証拠映像があったほうが大人もなっとくするかなぁと思って」
私はカラスが線香をどうするかしか頭になかったのに、タクはよく気が回る。
音が鳴らないように手をたたいて感心していたら、「動いたっ!」とリンちゃんの声が上がった。
あわてて目をむけると、カラスはばさばさと翼を打って飛び始めていた。
そのくちばしは、やっぱり煙を上げる線香をくわえている。
するとユートとリンちゃんは立ち上がった。
「よし。リン、追いかけよう。二人はあとでついてきてくれっ!」
「あはっ、鳥を追いかけて走るのは初めて。がんばってくるよ!」
勉強も体育も得意なユートと、運動会のリレーでごぼうぬきがおなじみのリンちゃんはすぐに追いかけていった。
私とタクにとっては風みたいに走るなんて夢のまた夢だ。
「ゴンちゃんもあっちについていきたいだろうけど、ガマンだよ? 車道に飛び出したら事故がこわいもん」
「二人とも、犬もびっくりな足の速さだよね。僕らはゆっくり追いかけよっか」
タクは撮影をやめて別のアプリを起動させた。
「あ、それは前にみんなでお祭りに行ったときにも使ったっけ? えっと、ジー……?」
「GPSだね。宇宙にある衛星とスマートフォンがやりとりをして、現在位置がわかるっていうアプリ」
「リンちゃんが祭りで迷子にならないように用意したやつだっけ?」
「そうだよ。こんなときにも役立つなんて思わなかったなぁ」
二人して画面をのぞきこむと、リンちゃんの現在位置を示すピンは活発に動いていた。
しかもよく観察していると民家が列になっている間も通りぬけてる。
空を一直線に飛ぶ鳥を追いかけているくらいだし、塀の上を走ることもあったのかもしれない。
「犬もびっくりっていうか、塀で寝ている猫をおどろかせちゃいそう……」
「あはは。僕らじゃ絶対にマネできないよね、これは」
私とタクはおたがいの顔を見つめてうなずきあうのでした。
□
走るとすぐに痛くなるお腹の横を押さえながら、私とタクはようやく現場に追いついた。
ここは住宅地の空きスペースにのこった畑だ。
「ユートたちはここのすみにある物置小屋で足を止めているみたい!」
「あっちだね!?」
私とタクが走っていくと、すぐに見えてきた。
かべ板はまっ黒に変色しちゃっているし、屋根のトタンはさびでほとんど茶色くなっているから、いつ建てられたのかもわからない小屋だ。
あまり使っていないのか、かれ草が周りをかこんでいるし、ツタまでからんでいるんだけど――それが悪い方向に働いてる。
「ああっ。本当に放火事件になっちゃってる!?」
そこにあったのは、ユートが推理したとおりの光景だった。
カラスが運んできた線香は屋根までとどくツタを導火線にしたみたい。火は屋根だけじゃなく、地面までとどいていた。
白い煙はだんだんと量を増し、かべ板が地面のかれ草を火種にして燃えかけている。
ユートはそんな事件の最前線にいた。
「いいところに来た! 消すのを手伝ってくれ。あと、消防署に電話!」
「ぼ、僕は手伝ってくるからヒナちゃんは電話をよろしく!」
ユートはぬいだ上着をバサバサと火に打ちつけて消火しようとしてる。
うなずいたタクも上着をぬいで手伝いにいった。
「わ、わかったけど、ええと……。消防署の電話番号はたしか……!?」
番号は思いうかぶけど、いざかけると思うと警察と同じで緊張してしょうがない。
ボタンを押すはずが携帯を落ちてしまったりとミスが連発しちゃう。
バクバクする心臓を押さえながら、ああでもないこうでもないって動揺していたところ、今度は、ねちょっとして生温かい感触が横顔におそいかかった。
「うひゃぁっ!?」
思わず声を上げちゃった。
だけど、それはゴンちゃんが私をなめ上げただけ。取りみだしていたから落ち着かせてくれたのかもしれない。
「そ、そうだよ。落ち着いていれば大丈夫……!」
「わふっ!」
火事があったらどうすればいいかは学校の消防訓練で何度か教わったことがあった。
まずは電話番号を押す。
次に短くはっきりと状況を伝えられるようにセリフを考えた。
「……あれ? そういえばリンちゃんはどこ……?」
説明のためにまわりを見わたしていたとき、私はふと気づいた。
直前までの位置情報的に、少なくともこの場についていたはずだよね。
気になるのは、この古びた物置のドアが開いていること。
ふつうは閉まっているだろうし、ユートもわざわざ危ない目にあいながら火消しをしないと思う。
なら、どうして一生懸命に火を消そうとしているんだろう。
「……もしかして、リンちゃんは物置のなかにいるの?」
私が気づくと同時、物置から飛び出す影があった。
「ぶわーっ、煙たかったぁっ!」
『消防庁です。火事ですか、救急ですか?』
悪い想像をぶちやぶるみたいにリンちゃんはカッコよく登場するし、消防署にもつながる。
こんな一度にいろいろと起こるのは本当に反則だよ。
「あわわわ……」
いやな予感のせいで用意していたセリフが消えちゃった。
応答を待っていたオペレーターさんはあらためて質問を投げかけてくる。
『あわてずに、落ち着いてで大丈夫です。火事ですか、救急ですか?』
私が子供なことや、動揺していることがオペレーターさんには丸わかりだったみたい。
ゆっくりと、それでいてはっきりした声が冷静になるようにうったえてくれた。
「あ、ああっ、ごめんなさい! 火事です」
『住所を教えてください。わからなかったら、近くの道や建物の名前でも大丈夫です』
私はひとまず深呼吸してから、オペレーターさんにしたがって状況を伝えていく。
その間に視線だけで様子を見た。
幸い、リンちゃんは元気そうだった。
けほけほとむせるのもほんの少しのこと。
胸の前で組んだままの腕をふしぎと気にしてのぞきこんでいる。
「なにか抱えているの……?」
私としては状況をつかみきれないままだった。
でも直後、リンちゃんの腕のなかから、にゃあという声が聞こえてくる。
顔をのぞかせるのはまだとても小さな子ネコ。
猛獣のヒョウみたいにキレイなまだらもようの毛皮を持つ子だった。
じたばたと元気に動くことをたしかめたリンちゃんはようやく私を見つめてくる。
「ヒナちゃん、心配させてごめんごめん。私たちがカラスに追いついたのは、物置が燃え始めてからでね? ネコが煙たくて鳴いているのに気づいて助けにはいったってわけ」
リンちゃんはまだ必死に火消しをしているユートとタクに手をふると、「もうなかにはなにもいないと思う!」と声を上げた。
いくら上着を使っているからって、火を無理に消そうとするのは危ないよね。
かれ草の束に燃えうつればどうにもならないし、火のあおりにあわせておそいかかってくる熱気に顔をそむけているくらいだった。
「ひえぇぇ、熱い。こんな火消し、ユートはよくがんばったね!?」
声を聞いたタクはすぐに避難をしてきた。
でもその言葉は肝心のユートにとどいていない。
ユートはまだ物置のまえで一生懸命に上着をふってる。
熱くないはずがないのに、やっきになっていた。
「ユート、なかにはいなさそうだってさ!」
「ネコは子供を何匹も産むだろ。本当にいないかわからないって!」
タクがリンちゃんの言葉を伝え直しても、ユートは変わらず火に立ちむかう。
あんまりにも上着を火にぶつけるものだから、ついには燃えうつっちゃった。
それであきらめればよかったのに、今度はスニーカーでふみ消そうとし始める。
「ユート!? くつとかズボンにまで燃えうつったら本当に大変だよ!?」
さすがにマズそうな事態に、私は声を上げた。
「ネコはたしかに子供をたくさん産むけど、他の子はもう親ネコが助けているかもしれないから離れて!」
「そうそうっ。いくらなんでも危ないって!」
私とタクでユートをどうにかつかまえて物置から距離を取る。
火はパチパチと燃え広がって、かべ板から少しずつ屋根にむかっていた。
ここまですると、ようやくユートにも言葉がとどいたみたい。
「……ああ、わかった。じゃあ、火は消さないからせめてドアの近くにいよう。鳴き声が聞こえるかもしれない」
冷静にはなってくれたようだけど、ずっと前ばかりむいている。
とても強い正義感の表れなのかもしれないけど、もしまた「にゃあ」とでも聞こえたら物置にはいっていきそうでこわかった。
「ど、どうしよう。もっと強く引きとめるべき!?」
「ヒナちゃん、この子もよろしく。あっちはあたしが見ておくよ。ほら、ライト マン イン ザ ライト プレイス(適材適所)」
リンちゃんは流ちょうな英語を言いのこして親指を立て、ユートのそばに歩いていった。たしかにこれならいざというときにも止められるし、心強いと思う。
ああ、ユートの横顔には色が見えた。
リンちゃんと同じ、不安。それから……。
「――なんで、後悔しているんだろう?」
もう子ネコは一匹助け出したし、いるかどうかもわからない相手に後悔というのは変な話だと思う。
私のつぶやきを聞いたタクはなにか知っている様子で「あぁ……」と声をもらした。
どういうことだろう?
私が知らないことでもあるのか、すごく気になる。
「タクはなにかを知っているの?」
「いやぁ、それはその……」
ついこぼしてしまったのか、タクは頭をかかえた。
「私たち、時間があればずっといっしょだったよね? でも、ネコのことで後悔するような思い出もなんてぜんぜん覚えがないよ。あんなにムキになるのはどうして!?」
「うっ……」
ネコに関する思い出くらいはある。
でもそれは、秘密基地を探していたときに子ネコを見つけたり、野良ネコがよく集まる空き地を見つけたりってくらい。
じとーっと目をむけていると、タクは少しずつ追いつめられた顔になってくる。
ちょうどそのとき、サイレンの音が耳にとどいた。
そういえばここは消防署が、わりと近くにあるんだよね。
「そ、その話はまたあとで。消防車がまよわないように僕は交差点で待っておくよ!」
「あっ!?」
気づくとタクは走っていった。
子ネコとゴンちゃんが手元にいて追いかけにくいし、うまくごまかされちゃった。
「はあ。適材適所、かぁ……」
私は子ネコの色をたしかめる。
いきなり人間につかまえられて不安がっているけど、飼育小屋のウサギみたいに痛がっている色はしていなかった。
ぱちぱちと燃えつつある物置と、その傍にいるユートたちの背に目をむける。
「ユートがふしぎなくらいに真剣になっている理由はなんだろう?」
か弱いネコを助けようとするのは悪いことじゃない。
でも、これだけの反応だと気になってくる。
「……そういえばユートがこんなふうに動物に対して真剣になったのも突然だったっけ」
塾とか学級委員長とか児童会長とか。
そういうものに積極的になり始めたのも、あるとき急にだったと思う。
私は理由を探しながら、消防車が近づいてくる音を聞いていた。
□
もとから放火さわぎがあったからか、消防隊の到着は早かったし、すぐに警察もかけつけてくれた。
おかげで火はすぐに消し止められ、私たちが動画を見せて警察に事情説明を終えたころにはもう煙すら上がらなくなっていた。
「いやぁ、なるほどね。警察はこういうお仕事だし、火事はたくさん見てきた。だけど、お嬢ちゃんが言うカラスが起こす火事なんて初めて聞いたよ。それにあの墓地からここまで鳥を追いかけるとか、大人にだってそうそうできることじゃないな。うん、自分たちで火を消そうとした危険行為以外は満点だ!」
と、警察のおじさんはおおげさに言う。
関口と名乗ったこの人は四十代後半くらいのヒゲ面で、いかにも熟練っぽい。
若い警察官といっしょにこの場の整理や聞き取りとかをしていた。
「あたし、この人キライだなー。失礼」
「ちょっと、リンちゃん。そういうことは言わない!」
「でもさぁ、タクが動画をとってなかったらぬれぎぬだったよ?」
関口さんは最初、私たちが火遊びをしたんじゃないかってうたがってきた。
でも動画と、物置の天井にあった線香の燃えカスのおかげで信じてもらえたみたい。
「すまないねえ。こうしてうたがうのも仕事なんだよ」
そうやってあやまってくるけど、ユートはまだ不満そうに腕を組んでいた。
「おじさん、俺たちの言い分をまだ本気で信じてないでしょ? きっとこれから小学生が線香を買ってないか近くの店に聞きこみして、家からの持ちだしがないか親の証言も取るだろうし」
「えっ、そうなの!?」
私はおだてに乗って照れかけていたくらいだった。
これが本当ならおじさんには裏切られた気分だよ。
「ははは、よく考えつくもんだ。ま、やましいことがあれば表情に出るもんだ。四人とも正直な顔をしているし、本当にいい子なんだろう。しっかり調査して、おわびに感謝状でも用意させてもらうからゆるしてほしい」
私たちを犯人と決め打ちしている感じではなさそう。
苦笑をしながら手をあわせるすがたには、警察のお仕事の大変さが見えた。
そうして聞き取りとかから解放されてから、タクは切りだしてくる。
「さぁて。これから僕たちはどうしよっか?」
四人で顔をむけあうと、自然と次にすべきことに目がむいてくる。
「この子のこと、どうにかしないとだよね」
にゃあと腕のなかで鳴く子ネコ。
「ホワイ? 消防署も警察署もきたのにどうしてあたしたちのところにネコが残るの?」
「ううーん。どっちも動物を保護してくれる場所じゃないからかなぁ……」
事情を話したら物置に子ネコがいないか確認してくれたけど、それだけだった。
「親ネコがもどってくるかもしれないし、物置に置いて帰る?」
「よくないと思う。燃えた上に水びたしだし、人もすごく集まったんだよ? 警戒してもう帰ってこない可能性の方が高い気がする」
不安そうな声だったし、タクもうすうすわかっていたんだと思う。
今から放りだすっていうことは、一匹で生きられそうにないネコを見すてるってこと。そんなマネはできないよね。
「みんなの家、飼える?」
ハムスターすらゆるしてくれない私の家は、こういう話だと望みうす。
もうしわけなくみんなを見つめると、そろってこまり顔だった。
「うちはパパが大のネコぎらいなんだよねえ」
「僕の家はお母さんが喘息持ちで動物はダメだって言われているよ」
やっぱりリンちゃんとタクもムリみたい。
最後に残ったユートはむずかしい顔をしてネコを見つめてる。
「病院につれていこう」
「え? 真田先生がいる病院は近くだけど……それはどうかな。病院はあくまで飼い主がいるペットの治療場所。飼い主がいない動物を引き取るのは保健所だって言ってたよ」
これも獣医さんが教えてくれる授業で言っていた。
たしかにかわいそうな動物は助けてあげたいけど、獣医さんも神さまじゃない。
薬にはお金がかかるし、野良ネコはほかのネコにうつす病気を持っていることもあるから入院場所にも困る。
助けてくれると思ってみんなが連れてくると病院自体がつぶれちゃうんだって。
そういう話を授業で教えられて、私たちはとてもおどろかされた。
勉強熱心なユートがその話をわすれたわけじゃないと思う。
「そうじゃない。このネコは煙を吸ったかもしれないだろ。ヒナには痛いとか苦しいとかが見えるかもだけど、俺たちにはわからないし、検査してもらったほうがいいと思うんだよ。飼い主探しはそれからでもいいだろ?」
「あずけようって話じゃなかったんだ」
「ちがうちがう。でも、俺のこづかいじゃ足りないかもしれないからさ、そのときはみんながアソビ館用に持ってきたこづかいを貸してほしい。おねがいっ!」
「なーんだ、そんなことか!」
私たちはにたような言葉で笑った。
ユートは私たちとはちがったものを見ていたけど、このネコを本気で心配していた。
くわしい理由はうやむやになったままだけど、これくらい本気で動物をおもって行動しているっていうのは本当にカッコいいことだと思う。
「うん。そういうためなら遊ぶお金なんておしくないよ!」
お金の貸し借りはダメって教わったけど、こういうことならズルをしてもいいと思う。
みんなでお金を出して、ネコを助けるために動物病院につれていこう。
私たちの想いはつながっていたのでした。
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