③ イタズラカラスが運ぶもの

 そうこうしているうちに時間は午後一時。

 私たちはもとの予定通り、アソビ館に行くために家へ一度帰ろうとしていた。

「いやあ、さっきのヒナはカッコよかったな。そこらへんの獣医なんて顔負けの迫力だった。俺が大きな動物病院の院長になったら助手をやってくれよ。これといって将来の夢も決まってないんだろ?」

「え、ええ!? そんな先の話はわからないってば」

「じゃあ予約する! ヒナ以外には考えられない。いいか、絶対だ。さっきだって佐藤さんの役に立ったように、それが一番世のため人のためになるって」

 ユートは私の肩を強くつかんで念を押してくる。

 好きと言われているわけじゃないけど、こんなに真剣で力強く言われると顔が赤くなっちゃうよ。

 一歩まちがうと告白みたいな言葉だっていうのによく言えるよね。

 変な風に取られないためにも、私は話題を変える。

「でっ、でもさ、ユートのお父さんはお医者さんでしょう? そっちをすすめられているんじゃなかったっけ?」

「そうだなぁ。塾にも行かされているし、勉強、勉強、勉強だ。それに、ことあるごとに医者をすすめられる。あれは絶対、俺にあとをつがせる気だな……。やらないけど」

 六年生だと進路について考えましょうって授業もあるし、ユートはよくぼやく。

 私も『お姉ちゃんみたいにもう少し考えたら』と三者面談の度にお母さんに言われているし、気持ちはよくわかった。

 ゴンちゃんみたいなペットは飼えない。勉強はいい点を取れ。

 強制されることばかりで本当にもう、イヤになっちゃうよね。

「あたしの家もそういうことは言われるなぁ。次はあのオーディションをねらうぞとか、今のうちにこの習いごとをするぞーとかって」

 リンちゃんはうんざりってほどの表情でもないんだけど、「さすがに多いよねー?」とゴンちゃんに語りかけていた。

「リンも大変なんだな」

「ユートもねえ」

 二人はそろってどんよりとした顔になる。

「リンちゃんの家は未来のスターを目指して、スポーツとか演技の習いごとが多いんだっけ。今はなにをやっているの?」

「今は格闘技と体操とダンス」

「一つでも多いくらいなのに三つも……」

 でもそのおかげでリンちゃんは運動でも男子に負けないし、フォークダンスもうっとりするほど上手だから男女問わずファンができていた。

「私はお姉ちゃんと比べられるけど、二人みたいに習いごとまでは強制されないかなぁ」

 もう少し私のこともかまってと思うけど、ユートとリンちゃんの家ほどきびしいのも息苦しくなりそう。

 やっぱり、どんな家もそれぞれ大変なんだよね。

 そんなふうに思ってため息をはいたのだけれど、音が重なるのは三つ。のこるタクは苦笑気味に聞いているだけだった。

「どこの家でもこんななやみはありそうなのに。タクの家はそろそろ塾に行けとか言われないの?」

「宿題さえしていたらとくになにも言われないかなぁ。ゲームの時間も無制限だし」

 私はあまりしないからゲームの時間無制限は魅力がよくわからない。

 でもユートとリンちゃんは裏切られたみたいな顔をしていた。

 そういえば無制限とまで聞いたのは初めてだったかもしれない。

「ホワット!? あー、もうっ。だからあんなにゲームがあるわけね!?」

「なんだかんだ言って、それが一番恵まれてるだろっ!」

 そうかなぁ? となやましげに腕を組むタクをリンちゃんがうらみがましそうににらむ。続いて、ユートが肩を大きくゆさぶっていた。

「でもさ、だからって僕の家と交換するのはイヤでしょ? リンの家はご飯がすごくおいしいし、ユートの家はおこづかいとかが僕よりずっと多いしペットも飼えるよね」

「う。ママの料理はたしかにおいしいけど……」

「それはまあ言えてるかも……。隣の芝生は青く見えるってやつかぁ」

 本当に人をよく見てる。

 ユートとリンちゃんはひまがほしいし、私はもう少し親にかまってほしい。

 タクはそんな不満だらけの私たちの家のいいとこ探しをして、なっとくをさせちゃう。

「きっと、そんなものなんだよね。自分にないものがうらやましいって感じ」

 タクが言うみたいに、私たちにはそれぞれ特技がある。

 ペットは飼えないってお母さんがきつく言うから、私は学校の動物で気持ちをまぎらわせて――それで『ドリトル先生の目』がいつの間にか身についていた。

 ユートの家の子だったらこんな特技が身につくこともなかったと思う。

 真田先生の仕事を小学生の私でも手助けできるくらいだし、こうして下校途中に見つけるネコやカラスを観察するのもおもしろい。

 よく考えてみると、こんな楽しさまですてて入れかわりたいとは思えなかった。

 そんなことを考えていたとき、私はたまたま目にとまったカラスに違和感をおぼえる。

「あれ? あのカラスたち、なんだか変だね」

「カラスは頭がいいから、いろいろ考えていて複雑な色とか言ってなかったっけ?」

「うん。一羽だけならどんな気持ちの色でも不思議はないと思うよ。ついこの間まではいそがしい、いそがしいって枝とかハンガーをくわえて飛んだり、警戒して見回りをしていたりって感じだったかな。それがちょっと変わったと思う」

 そういうものなのかとユートは興味深そうに聞いてくれた。

 するとこの話を聞いたリンちゃんは手をたたく。

「あたしも体力をつけるために走っていたらよく見た! そういえばこの一ヶ月くらいで急にカラスが増えた気がしたねー。ふしぎふしぎ」

「あれは山とか公園の森に巣を作るハシブトカラスだし、今は秋だから春から夏の子育ても終わっているかな。もしかしたら住み心地が悪くて引っ越してきたのかもね。都会で問題になっているのもあの種類のカラスみたいだよ」

 カラスに種類があるっていうのも初耳だったのかもしれない。

 リンちゃんたちは「へえー」と関心していた。

「それで、さっきから何羽も濃い目のオレンジ色に見えるんだよね。あれは小鳥とかネコをいじめたり、ごみを散らかしたりするイタズラの色だから不安かな」

 一羽のイタズラは小さなことでも、たくさん集まれば結果は変わっちゃう。

 タクもたくさんのカラスにつつき回される想像でもしたのか、真っさおな顔になった。

 すると、胸をドンとたたいてリンちゃんが歩みだしてくる。

「オーケー。弱い者いじめやイタズラは見すごせない。あたしがひとっ走りして、たしかめてこようか!?」

 声が耳にとどくころにはもうリンちゃんは行く気満々で屈伸をしていた。

 ゴンちゃんも思い切り走れそうな気配に目をキラキラさせている。

 カラスが電線から飛んでいく角度からして、目的地が目と鼻の先なのはたしかだと思う。それもあってリンちゃんはゴンちゃんといっしょに走って行っちゃった。

 そのすがたを見送ったタクは苦笑いをうかべる。

「あっちは地元のお墓がある場所だったかなぁ。とりあえず僕たちも追いかけようよ」

「そうだね。人がたくさんいた方がカラスも追いはらいやすくなりそう」

 よちよちと歩くハトならよくつかまえて持ってくるし、ドッジボールも無敗の女王だったリンちゃんからすればカラスの反撃なんて心配するほどではないかも。

 それでも早めに追いかけようとしたところ、ユートの足音だけは聞こえてこなかった。

 ふりむいてみると、真剣な顔でまだ考えごとをしてる。

「ユート、どうしたの?」

「ああ、ごめん。追いかけるんだったよな。今行く!」

 私たちはあらためてユートと一緒に小走りで追いかける。

 墓石をたおしたら大変だからこの場所には近づいちゃいけないと注意されているけど、緊急事態だから仕方がないよね。

「ありゃ、みんなもついてきたんだ?」

 到着してみると、リンちゃんはとくに何事もなくあたりを見回していた。

 ゴンちゃんはどこかにむかってわんわんとほえている。

「カラスはいたんだけど近づいたら逃げちゃった。鳥もネコもいないし、ごみも散らかってないよ。なにをしてたんだろーね?」

 消化不良みたいな顔をしたリンちゃんはゴンちゃんが見る方向――電線を見上げる。

 そこにはまだ一羽のカラスがのこっていて、こっちをにらんでいた。

「ヒナちゃん、あのカラスはどう? まだなにかするの?」

「さっきまでのふんいきはないんだけど、私たちを警戒していてよくわからなくなっちゃった」

「へえ。わからなくなることもあるんだ?」

「楽しい気分を邪魔されると怒りたくなるよね? そんな感じで気分が上書きされちゃうの」

「ドリトル先生みたいに話ができたらサクッと確認できたのにねー。ま、なにもなかったんだし、いいじゃん! さっさと帰ろ?」

 リンちゃんは私の手を引いてもとの道に戻ろうとする。

 私たちの乱入でカラスがその気じゃなくなって問題解決ってこともあるだろうし、たしかに気にしすぎてもしょうがなさそう。

 なにより、もう切りかえているリンちゃんを止める気にはなれないよ。

「ちょっと待った。カラスのイタズラって聞いて、一つ思い出したことがあるんだ」

「へ?」

 ユートの言葉にぐいと引っぱられて、私たちは足を止める。

「ほら、『放火さわぎ』の話。あれとカラスのイタズラが無関係には思えないんだ」

「放火? そういえば、真田先生が帰り道に気をつけてって言ってくれたっけ」

 リンちゃんとタクはちょうど入れちがいになったから首をかしげてる。

 そういうことがあったんだよと説明していると、タクはぽんと手をたたいた。

「あ、思い出したよ。僕らも通っていた幼稚園で起きたんだっけ?」

「ふーむ。あたしは聞きおぼえがないかなぁ」

 タクもさほどくわしくなさそうだし、リンちゃんもさっぱりとお手上げをしている。

 私も初耳だったから、ユートの説明に期待した。

「その放火とカラス、どんな関係があるの?」

「犯人の目星がぜんぜんついてないんだよ。その点がクサいと思わないか?」

「え? うん、放火するような危ない人がつかまってないのはこわいけど……」

「ごめん。一から話そう」

 私の返答はどうも的外れだったみたい。

 頭の回転が速いユートはあらためてつながりを説明してくれる。

「『放火さわぎ』は目撃情報もないし、関係者以外の足あとも見つからないんだって。しかも決まって人の手がとどかない屋根から出火しているらしい。だから天井連続放火事件なんて言われているんだ」

「まだまだ解決しそうにないんだね」

「そうなんだけど、気になる情報もあったんだ。それは、カラスの羽根が現場で何度か見つかったことなんだよ」

「へえ。それじゃあ、人じゃなくてカラスが火をつけたのかなぁ?」

 タクはユートが言いたそうだった言葉をそのまま口にしていた。

 なんともありえないその想像に、私とリンちゃんは目を見あわせてしまう。

「ふふっ。タク、なんのジョーク? カラスはカラス。あたしたちみたいにライターも使えないんだから放火なんてできるわけがないってばー」

「いや、わかんないぞ。カラスはすごく頭がいいって俺も話に聞くし」

「こーいうときはヒナちゃんの出番。そんなカラスなんているの?」

 動物の話題は私の得意分野だし、リンちゃんたちは目をむけてきた。

 私はマッチやライターを使うカラスの想像をやめて、まじめに答えを考える。

「カラスはたしかにかしこいよ。硬いカラがある木の実を車道に置いて、車にふませて食べるとか、ごみを水面にうかせて小魚をおびきよせる釣りをするとかは有名かな。でも、芸能人のサバイバル番組でも火をつけるのにすごく苦労していたし、火事を起こすなんて無理じゃないかなって思うよ」

 木の板に棒を突き立てて、手のひらで棒を必死にすりあわせて火をつける方法も理科の授業では習った。

 でも、ほとんどだれにもできない大変さだったし。

 そんな火を天井連続放火事件って言われるほどカラスが何度も放火してまわれるかといえば、私にはできなさそうに思えてくる。

「そっか。カラスつながりだし、人が起こしたんじゃなさそうだったから名推理かと思ったんだけどなぁ」

 ユートは頭のうしろで腕を組んでつぶやく。

「でもね、ユートもまちがいじゃないと思うよ。オーストラリアだと、山火事とかで火のついた枝をわざと草むらに持っていって火事を起こす鳥がいるんだって。それで火から逃げるネズミとかトカゲとかを見つけて食べる習性があるみたい」

 世界には、いろんな動物がいる。

 動物特集を見ていると今までの常識がひっくり返るくらいの行動もあって、私は何度もおどろかされてきた。

 この話にはユートも感動したのかな?

 いつになくまじめな顔を私にむけてくる。

「ちょっとまった。動物って火をこわがるものって気がしていたんだけどさ、火がついたものを運ぶことはあるのか?」

「あるよ? 鳥居がすごくたくさんあることで有名な京都の伏見稲荷大社だっけ。そこにお供えされたロウソクをカラスがぬすんで火事になったお話はあるもん。ハシブトカラスは肉とかあぶらが好きで、ロウソクだけじゃなく石けんまで食べることもあるんだって」

 ロウソクは油みたいなものだからカラスが食べようとして盗むらしい。

 でもどこかで落としたり、食べようと地面におりたところで火が燃え移っちゃったりして火事になったという話を見たことがある。

 リンちゃんとタクは予想だにしない答えだったのか、目を丸くしていた。

 だけど、ユートだけは探偵じみた顔でその話を受け取る。

「……じゃあさ、お墓に供えられているろうそくとか、線香の束はどうなるんだ?」

「ど、どうなるんだろう?」

 私は仏壇を思いうかべる。

 線香の火は意外に燃えのこるし、受け皿の真んなかに突き立てないと、なにかの拍子に折れて机やたたみに引火することもあるって聞いた気がする。

「今の話からするにさ、カラスがお墓の線香とかろうそくをどこかに持ち出して火事を起こしてもおかしくないんじゃないか?」

「ど、どうかな。そういうこともあるかもしれないけど……」

 ユートは複雑な計算式から答えをみちびきだしたみたいな顔をしている。

 ありえないって思った私こそ、まちがっている気がしてきた。

「たしかにさっきのカラスはイタズラをする感じの色だった。黒板消しでイタズラをしようとした男子と似ていたかも……」

 私の顔色を見たユートはあらためて口を開く。

「なあ。アソビ館は来週でも行けるしさ、このままカラスを見はってみないか? もしかしたら俺たちで天井連続放火事件の犯人を見つけられるかもしれないぞ!」

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