刺客―2

「素直に降参し、誰の依頼で黎人とヴァンを消しに来たのか、吐いてくれれば見逃してあげるわ。無論、二度と私達の前には顔を見せないという誓約は結ばせるけどね。黎人の前で殺人は犯せないもの、これでもかなり妥協してるのよ?」


 華蓮が仰向けで倒れている精霊術師に歩み寄り、提案を述べた。遠回しにお前をいつでも殺せるが、殺さないでいると言っているようなものだ。

 精霊術師も天と地がひっくり返っても敵わない実力差を悟っているのだろうが、それでも首を縦に振ることはなかった。


「何が殺人は犯せないだ、そいつは使者として失格なんだよ! 加護を持たずに台頭する資格はない、それこそ使者として名乗る資格もない!」


「―――黎人は加護を持っているわよ?」


(俺が加護を持っているだって?)


 精霊術師に使者と露見しているのも謎だが、華蓮が俺の加護を持っていると嘘偽りなく、はっきりと口にした。

 本人ですら加護を授かっているという自覚がないのに、何故華蓮が加護について知っているのか。思い当たる人物はイアだが、本人ではなく華蓮に話すのはどうなのだろうか。


「あの御方の加護は絶対だ、決して見誤ることはない! そいつは緑の女神様の使者でありながら加護を持たな―――がぶっ!? ごぼぼ、がぼぼぼ!??」


 突然、精霊術師の口から多量の水が零れた。苦しそうに首を掻き毟り、呼吸しようと口を開くが水ばかり溢れ出る。

 殺人の依頼を引き受ける輩に情けを掛ける義理はなく、華蓮が無言で精霊術師の命の灯火が尽きるのを見届けた。それから懐をまさぐってペンダントを手に取ると踏み潰して破壊し、ヴァンに掛かっていた精霊縛りの効力が切れた。


「死んだのですか……? 何故?」


「青の女神様の誓約を破った際の天罰に似てるけど、巧妙に施された呪術の類ね。遠隔で発動し、処理したのでしょう。それよりもあちこち傷だらけじゃない、大丈夫?」


 華蓮は遺体が映らないように俺の視界を遮り、考えるなと言わんばかりに別の話題を振ってきた。初めて人の命が尽きるのを目撃した俺を想ってのことだろうが、自分自身でも妙だと思うくらいに衝撃を受けていない。

 身体のあちこちの青紫色に変色した部分に意識を向けると、一気に痛みが押し寄せる。


「いてててて……体のあちこちが痛みますが、俺よりもヴァンは?」


「ちょっと休めば問題ない。すまんな、役に立てなくて」


「相手が悪かったのと、俺が不甲斐なかったせいだ。ヴァンは何も悪くない」


「そう卑下するなよ、まだまだこれからだろう? 向こうで休むから後は任せたぞ、華蓮」


「ええ、お大事に。黎人の治療はやっておくわ」


 ヴァンが精霊界に帰り、華蓮の肩を借りて帰宅した。

 椅子に座らされて華蓮特性の傷薬を塗られると、あっという間に打撲痕が消えていく。腕や足を動かすと少し痛むが、概ね完治してしまった。


「凄いですね、この傷薬。でも回復魔法ではなく、何故傷薬による治療を?」


 ヴァンは水属性の回復魔法で傷を癒していたが、俺は傷薬による治療だ。どちらも治療行為でしかなく、俺も回復魔法で傷を癒せば良かったのではなかろうか。


「何でもかんでも魔法で解決していたら、いずれ痛い目に遭うわよ? 冒険者は怪我や病気を自力で癒すのが一般的で、自己治癒力を鍛えるの。腕を生やすのは不可能だけど、Aランク冒険者になると腕を切り落とされても傷が塞がるわ」


「なるほど……この傷薬は自己治癒力を一時的に高める効果があるのですね」


 自己治癒力、言い換えれば生命力だ。生命力を高めるには怪我だけでなく病気も自力で治療し、筋力トレーニングと似た要領で鍛えるのだ。

 ヴァンは精霊なのでエネルギーが生命力となり、回復魔法による治癒が最適なのだろう。


「傷が癒えたところで先程の精霊術師、刺客について推理しましょう」


「……そうですね」


 精霊術師は俺が緑の女神の使者どころか、ヴァンと華蓮についても既知であった。まるで全てを見透かされているような錯覚に陥り、寒気に襲われてブルりと体を震わせる。

 華蓮が温かい薬草茶を淹れてくれたので、ダイニングテーブルの席に座った。


「黎人が導き出した推論から聞かせてくれる?」


 向かい合う形で座った華蓮は薬草茶を飲みながら、俺が立てた推論に耳を傾ける。


「恐らく何者かが何らかの手段で俺達の情報を集め、早々に排除しようと刺客を放ったのかと。精霊縛りのペンダントは公爵家が用意してくれたと漏らしていましたが……依頼人は公爵家の力を借りられる人物に絞れる。一つ誤算だったのは華蓮さんの実力を正確に推し量れず、計画は失敗に終わった。そんなところですか?」


「概ねその通りだけど、そうね。今、外で騒がれてる立太子について何も聞いていないから、そう読むしかないわよね」


(立太子というと、次に王座に就く人間だっけか。精霊術師もあの御方こそ王の座に相応しいだとか、仕様もない事を言ってたな。俺に何の関係があるんだ?)


 王の座なんて俺には無関係だと思い、推理から除外した。

 精霊の森では電子機器が使い物にならず、外の情報を得る手段がない。現在進行形で騒がれている事柄が今回の襲撃に関係しているらしく、華蓮はその辺の事情に詳しいようだ。


「現国王は使者と婚約した公爵家の人間を立太子として認めると公言し、貴族達は血眼になって使者を探しているわ。公爵家と縁を繋ぐダシにしようと、自身が所属する派閥の旗頭である公爵家を王座に座らせようと、各々の目的は異なるけどね」


「使者は否応なしに王位継承権争いに巻き込まれ、今回の刺客は始まりに過ぎないと?」


「ええ、そうでしょうね」


「こっちの意思を聞かずにそんな事を決めるなんて……馬鹿げてる」


 約二千年前、先代の使者は国造りを率先して行い、王族となった。二千年も経てば血は薄まり、血の濃さを重視する上の人間は使者の血を入れたがるのは必然だ。

 使者は四人、王座を賭けて争う舞台に参加する権利は四枠。既に舞台の幕は上がっており、刺客は始まりを告げる出来事でしかなかった。


「王位継承権争いの参加、不参加は四人の使者が揃ってから意思表示できるものの、野心溢れる公爵家と使者は他の使者を排除しようと企むでしょう。現国王の息子は青の女神様の使者と婚約し、もしかしたら……今回の刺客を放ったのは青の女神様の使者かしら。初動の速さから、こうなる事を予期していたような動き方よね」


 いの一番に行動し、王子と婚約まで漕ぎ着けた青の女神の使者、久世美波。二度目の人生でありながら大胆不敵に立ち回り、使者の中では有名人だ。

 ふと一週間前に抱いた違和感が蘇り、華蓮の久世美波に対する印象も合わさってなるほどと一人納得した。


「―――そうか、青の女神様の使者は情報系の加護を持っているのか」


 加護、スキルと魔法の上位互換とされる特別な力。もしも久世美波が望んだ情報を得られる加護を持っているのならば、失敗を恐れずに行動でき、俺達の情報を仕入れられるのも辻褄が合う。

 刺客である精霊術師がヴァンの対応策を講じられたのが裏付けとなり、情報は武器にも金にもなる代物だ。


「でも……きっと俺は不参加と意思表示する筈です。なのにどうして俺が参加すると思っていたのですかね」


「青の女神様の使者が情報系の加護を持っていたとして、未来は未知数。気が変わって参加する可能性だって捨てきれないじゃない」


「その可能性を完全に潰す為に、俺を殺そうとした。厄介な相手ですね」


 今のところ、王位継承権争いに首を突っ込みたいだなんて微塵も思わない。触らぬ神に祟りなし、俺は俺らしく生きたいだけなのだ。降り懸る火の粉は払わなければならぬとも言うが、その根源を絶つとなると極めて難しい。

 公爵家の力があり、強力な加護を持つ使者が相手だ。此方側も味方になってくれる公爵家を探せば多少はマシだろうが、俺自身に力がない。


「そういえば、俺は加護を持っていると言ってましたよね。本当ですか?」


「黎人の加護についても話さないといけないわね」


 華蓮は相手を騙すでもなく、淡々と事実を述べていた。

 質問を投げ掛けられた華蓮が薬草茶で舌を濡らし、それから俺の加護について説明してくれた。


「黎人は世界ワールドクラスの加護を授かっているわ。クラスというのは加護による世界への影響力を示し、クラスが高い程に世界の承認を得やすい傾向にある。世界ワールドクラスは一番影響力が高いのに、当の本人は自覚がないみたいね」


「そりゃ、まぁ。緑の女神様と会ってませんから、加護を授かっていないと思い込んでました。それで俺の加護とは?」


「イア様に貰ったものがあるでしょう?」


(イアに貰ったもの? それって―――)


 自身の胸に手を当て、イアから贈られた言葉を思い出す。


【私が勇気を与えよう、希望を与えよう、己が信じた道を突き進む覚悟を与えよう。地球ガイアの友人に、幸福を願おう】


 欲しくても欲しくても、終ぞ手に入れられなかったもの。勇気と希望、覚悟をイアに与えられ、それこそ加護と呼ばれる代物であった。

 胸が熱くなる、確かにこれまで俺の加護は機能していた。精霊の森に足を踏み入れ、華蓮と出逢えたのはイアの助言だけでなく、加護の効果によって臆病風に吹かれなかったからだ。

 華蓮を信じて指導を受け、未知のエネルギーに恐怖を抱かず、初対面のヴァンに気後れせず、父親に怒りを覚えたのも、諦めずに業火嵐ヘルフームに立ち向かえたのは加護のお陰であった。

 精霊術師の死に関しても、罪悪感が微塵も湧かないのは俺が直接手を下していないのが主な要因だが、割り切れるだけの強い意思が働いているのだろう。


「俺は加護を貰っていたのですね。はは、なんて鈍感なんだ」


 勇気と希望、覚悟。俺が欲しかったものを授かっていただなんて、俺はなんて幸運なのだろう。具体的な効果は分からないが、あまりにも鈍感すぎて自嘲するしかない。


「それでどうするの? 残る公爵家は四家、千葉県に在住する公爵家は一条家。一条家に黎人と同い年くらいの女の子が居たと思うから、一条家と話し合って不参加の意思表示を示すのが手っ取り早いわよ」


「……どうするべきなんでしょうね。一条家が王座を欲していたら、その時点で終わりじゃないですか」


 他の公爵家、使者と同じ土俵で戦えるが、王座どころか貴族と関係を持ちたくないのが本音だ。貴族と関係を持っても個人的に良い方向に転ぶとは考えられず、距離を置きたい。


「向こうが王座を欲していたとしても、使者の意向を優先するでしょう。婚姻と引き換えに、ね」


 当代が王座に就けなくとも、使者の血を引く子孫さえ残せれば、王座に就ける可能性が生まれる。そういう点ではどちらに転んでも公爵家にメリットしかなく、血眼になって探す訳だ。

 けれども婚姻と引き換えに不参加となると、話は変わってくる。結婚なんて一度たりとも望んだことがなく、相手だっていい迷惑だ。望んでいない相手との義務的な結婚ほど、不幸な出来事はない。


「一旦、保留にしませんか。今のところ結婚なんて望んでませんし、不明瞭な点が多すぎます」


「そう急く事でもないから、保留にしましょうか。情報が出揃ってからでも遅くないわ」


 華蓮に合わせて薬草茶を飲み干すと、空となった湯呑みが浮かんで流し台に移動した。

 華蓮から聞いた情報について整理することが多く、頭が熱くなってきた。ダイニングテーブルに伏せて、ため息しか出てこない。


「はぁ……」


「お昼ご飯を用意するから、丹田で氣を練っていなさい。いついかなる時も忘れないよう、言ったでしょう?」


「―――はい」


 忘れていたが、起きている間はずっと氣を練り上げるよう言われていた。華蓮が精霊の森で栽培した霊草と霊果を食べやすい大きさに切り分けるのを見ながら、姿勢を正してエーテルと氣を練り上げる。

 体感的に氣を練り始めた頃よりも丹田が成長し、一回で練り上げられる氣の量が増加したと実感できる。エーテル体を通じて採り入れたエーテルも即座に消費しており、そのお陰かエーテル体も成長して採り入れられるエーテルの量が増えていた。


「今日は色々とあったから、午後は休みでいいわ。明日に備えてゆっくり……休む気はなさそうね」


「いいえ、予定通りにお願いします。午後は氣の放出を教えてくれる予定でしたよね?」


「黎人がそう言うのなら、予定通りに進めましょう。どうぞ、霊草と霊果のサラダよ」


「いただきます」


 華蓮が俺を気遣って午後は休みにしようとしたが、首を振って拒否した。刺客に襲われて自身の力不足を痛感し、休んでなどいられない。

 午後は氣の放出を習い、氣の基礎訓練の最終段階だ。配膳された山盛りの霊草と霊果のサラダを口にほおばり、エネルギーを補給する。

 調味料が一切使用されていない、素材本来の味。華蓮が用意してくれる食事は毎日三食この調子だが、霊果の仄かな酸味と霊草の薬に近い独特な風味が合わさり、何よりもエネルギーを採り入れられるので文句なしの一品だった。

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