第32話 違和感

「何かおかしい……」


 俺は足を止めた。


 ゆっくりと辺りを警戒しながら歩いていた前の三人も、それに合わせて歩みを止める。


「ボスがいませんね」

「そうね。後ろの扉も閉まらないわ」

「いや、ボスは奥に行けば現れるし、扉はその時閉まるんだが……」


 どうも嫌な予感がする。何か変だと直感が告げている。


 こういう時は絶対に何かある。これまでの経験がそれを裏付けている。


 自分よりも格上のモンスターに不意打ちされる直前だとか、強力な罠を踏みそうになった時だとかに、こういう感覚に襲われる。


 無視してはいけない。


 だが、ここはボス部屋だ。不意打ちはあり得ないし、罠もない。


 なら、この嫌な感覚はなんだ?


 あごに手を当てて、これまでの出来事を考える。


 第八階層にいたゾンビ――下層のモンスターが出現するレアな現象。


 第十この階層のアラクネ――下層のモンスターというだけでなく、ボス部屋までをも越えてくる、超レアな現象。


 それだけじゃない。そこまで珍しいというわけでもないが、第九階層には大部屋のモンスターハウスがあった。


 一つ一つは、まれでも起こり得る出来事だ。


 二つ重なることもなくはない。それは俺自身も体験している。


 だが、三つも重なることがそうそうあるだろうか。


 少なくとも、俺は聞いた事がない。


 それだけ珍しいことなら、誰かが自慢げに話し、すぐに噂になるだろう。ギルドにだって報告が上がり、案内人である俺たちにも伝わるに違いない。


 こいつらにとっては、第十階層への初めての挑戦だ。よりによって、そこでこんなウルトラレアな現象を引き当てるだろうか。


 それに――ずっと頭の中にしこりのように残っている違和感。


 三人が途中で倒したアラクネと、最初に出会ったアラクネではない可能性――。


 蜘蛛くも部分の模様が違ったような気がする、という考えが、どうしても否定しきれない。


 遭遇した地点は、だいぶ離れていた。フロアに入ったばかりの所と、奥のボス部屋の近く。


 だが、モンスターはフロアを徘徊はいかいするから、移動していても全くおかしくない。


 見間違い。気のせい。ただの杞憂きゆう


 そう考えるのが妥当だとうだし、俺もそう思った。


 それに、下層のモンスターが、二体も同時に上がってくることなんて――それも、ボスを越えてくることなんて、あるだろうか。


 あるわけない。


 だからあれは同一個体だ。


 そうやって否定すればするほど、逆に別個体だったのではという考えが強くなっていく。


「もう、何よ。先行くわよ」

「レナさん、お待ちした方が……」

「……うん」

「どうせこいつは戦わないんだから、待ったって意味ないわ」


 モンスターの出現はあくまでもランダムだ。三人の中に、たまたま今回特別不運だった奴がいるのだ、と考えれば、それまでの話。


 雨男と同じで、何をやっても上手くいかない奴ってのはいるもんだ。人間、ツイてない時もある。


 しかし、これがもしもただの偶然ではないとしたら――。


 原因として思い当たる事は一つだけある。


 いや、それはあり得ない。あれからまだ三年しかたっていない。


 それこそ起こり得ないことだ。


 考え込んでいた俺は、その部屋の異常さに気づいていなかった。


 つい数日前まで何度も往復し、見慣れていたというのもあるだろう。


 とにかく気づくのが遅れた。案内人としてあるまじきことに。


 ふと視線を感じたような気がして、周りを見回す。


 ごつごつとした岩肌で覆われている、円形の広場。ほんのり暗く天井がひどく高い。


 第十階層のボス部屋は――こんな所だったか?


 石造りの壁のある、墓所のような造りではなかっただろうか。


 ここは。この場所は――。


「まずい! 戻るぞっ!」


 はっと気がついて叫んだときにはもう遅かった。


「え?」


 同時に振り返った三人はいつの間にかずいぶん先にいて。


「ばっ……!」


 先頭のレナが踏み出した足が、ある一線を越える。


 途端、バタリと背後で扉が閉まった。


 くそっ、遅かった……!


 舌打ちをするのと同時に、レナたちの背後に、どさっと黒い大きな影が二つ落ちてきた。


「出たっ!」


 三人が走って戻って来る。


 どくりどくりと心臓が嫌な音を立てる。


 あり得ない。


 部屋の中がさらに明るくなっていき、二つの影の姿が明らかになっていく。


 巨人の上半身を持ち、大蜘蛛の下半身を持つモンスター。

 

 女王蜘蛛クイーンアラクネ



 ――第十五階層の・・・・・・ボスだった。

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