第33話 分担(レナ視点)

 目の前にいる二体の巨大なモンスターを見て、あたしの体は固まっていた。


「……なんで」


 ティアの呟きが落ちる。


 なんで。なんで。なんで。


 このダンジョンに潜ってあたしが何度も言った言葉。


 事前に仕入れた情報や、意地汚い案内人の話とは違うことがたくさん起きた。


 だけどこれは、それらとは比べ物にはならない異常事態だ。


 第十階層のボスはスケルトンキングと聞いていた。簡単に言えば王冠をかぶった大きな骸骨がいこつ


 なのに目の前にいるのは、巨大な女の人の上半身をつけた巨大な蜘蛛くもだった。


 蜘蛛くも部分の頭はあたしたちの身長よりも高くて、人型部分の頭なんて見上げるほどだ。あたしが全力で飛び上がっても届くかどうか。


 びっしりと生えている蜘蛛の毛は、もうトゲと言ってもいいくらいの太さがある。すごく硬そうで、その毛の一本も切り落とせる気がしない。


 巨大なアラクネだった。


 案内人は、アラクネは第十一階層のモンスターだと言っていた。


 五階層ごとにいるボスは、その前の階層で出るモンスターの上位種なのはあたしでも知ってる。


 だからこいつは十中八九、第十五階層のボス。


 あたしたちは第十階層にいたはずで、ついさっきもスケルトンやゴーレムやゾンビと戦っていたはずで、一度だけ戦ったアラクネはイレギュラーだったはずで。


 どう考えても、ここでこいつと遭遇エンカウントするのはおかしい。


 はっと案内人の顔を見れば、案内人は顔を引きつらせていた。


 案内人は第十階層踏破者シルバーだ。


 とはいえ、オーガを軽く倒して見せた様子からすれば、悔しいけど、あたしたちよりもずっと強い。


 普段は第十五階層までの案内をメインにしていると言っていた。


 第二十階層踏破者ゴールドにはなれないまでも、そこまでの自分の地図を持ってるくらい潜っているんだから、それなりの実力はあるはずだ。


 たぶん、第十階層のボスなら、一人でもなんとかなるくらいの。


 その案内人が真っ青な顔をするような事態が、今起こっている。


 これをあたしは知っている。


 下層のモンスターが、そしてボスが上層に上がってくる現象。


 大厄災――約三十年に一度の周期でダンジョンからモンスターがあふれてくる自然災害。


 だけど、前の大厄災はたった三年前。その時は、くれないの魔法使い様と黒の閃光ブラック・ライトニングが最下層の第三十階層のボスを倒して防いだ。


 大厄災の周期には多少の振れ幅があるとは言っても、あまりにも早すぎる。


「二体か……」


 案内人が口を片手で覆った。


 その仕草で、二体いることも異常なのだと知る。


 普通なら、一体しか出てこないんだ……。


 クイーンアラクネの視線は向いてこない。まだこっちに気づいていないのだ。


 だけど、その体から発せられている存在感は、すでにあたしたちを圧倒していた。


 あたしたち三人では、このアラクネ一体でも太刀たち打ちできないんだってことが、いやおうでもわかってしまった。


 案内人だってそうだ。パーティで挑むならともかく、一人じゃどうしようもない。


 なのに、二体。


 絶体絶命だった。


 ――ああ、あたしたちはここで死ぬんだ。


 ボス部屋の扉はボスを倒さなければ開かない。逃げ場はない。


 死ぬ覚悟は、冒険者になるときに決めた。今回ダンジョンに潜るときにだって、死ぬかもしれないって覚悟した。


 ……したはずだった。


 でもあれは、覚悟でも何でもなかったんだ。


 こうして巨大なアラクネを前にして、やっとあたしは本当の「死」というものを知った。


 怖い――。


 体が震えてきて、ガチッと歯が鳴った。


 構えた剣の先が細かく揺れる。


 せっかく二人とも本当にやりたいように戦えるようになったのに。連携もずっと上手くなったのに。


 第十階層踏破者シルバーになれば、シェスも認めてもらえるのに。


 そしたら三人で冒険者になって、ダンジョンにたくさん潜って、あたしは自分の剣を見つけるはずだったのに。


 シェスとティアと、もっと一緒にいたかった――。


 ぐっと歯を食いしばる。


「嫌よ……」


 あたしの口から、言葉がこぼれた。


「ここで死ぬなんて絶対嫌っ!」

「わたくしも嫌です!」

「……嫌」


 二人とも同じことを考えていた。この二体の巨大なアラクネが、第十五階層のボスであることにも気づいている。


「俺だって御免だ」


 案内人が、とさりと背中の荷物をその場に置いて、静かに剣を抜いた。


 この前見せてもらった、ダンジョンの宝箱から手に入れたという綺麗な剣だ。


 あたしの剣よりもずっと細身だけど、力任せに打ち合わせたら、折れるのはあたしの剣の方だろう。


 どの階層だったか忘れたって言ってたけど、だいぶ下の階層で見つけたに違いない。第十九階層とか、第二十階層とか、その辺の。


 案内人が戦うために剣を抜いた所を見たのはこれで二回目。この案内人は、戦闘の手伝いをするどころか、案内すらしないなまけ者だから。


 すると案内人が、とんでもない提案をしてきた。


「いいか、俺が片方を倒す。お前らはもう一方を足止めしろ」

「何言ってるの!? 一人でなんて無理に決まってるでしょ!? 第十五階層のボスなのよ!?」

「そうですわ! せめて二人でかからないと」

「……無茶」


 いくらなんても無謀すぎる。


「第十五階層のボスだってことは理解しているんだな」

「そうよ! だから無理だって言ってるの! 第十階層のスケルトンキングならあんたでもなんとかなるのかもしれないけど、こいつらじゃ無理よ! あんたシルバーなんでしょ!?」


 たとえ第二十階層踏破者ゴールドだって、きっと厳しい。

 

「今まで合わせたことのない奴と連携するほうが無茶だ」


 それはそうかも知れないけど、そういう問題じゃない。せめてシェスが回復魔法をかけ続けるとかしないと。


「それに、俺と誰かが組んだとして、お前らのうちの二人でもう片方を止めることができると思うのか? 俺は三人がかりでも心配なくらいだが」

「ばっ、馬鹿にしないでよ! あたしたちだってそのくらいは……!」


 あたしは思わず言い返した。


「そうか。なら頼む。俺も二体を相手にするのはきついからな」

 

 片手でくるりと剣を回して構えた案内人の顔には、気負いのような物はなかった。


 すごく悔しいけど、その横顔が頼もしく見えた。


 なんとかなるかもしれない、と思える位には。

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