第31話 ボス部屋

「ついに来たわ……!」


 レナが感動したように言った。


「はい!」

「……うん」


 俺たちは、第十階層のボス部屋の扉の前にいた。


 第五階層同様、重厚な石の両開きの扉だ。


 複雑な紋様が彫り込まれている。


 レナがその表面をなでた。


「おい」

「わかってるわよ。魔力は込めないわ」


 いきなり開けるのかと思ったが、単に触ってみたかっただけらしい。


 まあ、開けたところで入らなければ何も起きないが。


 ティアも扉をぺしぺしと叩きだし、シェスは指でつつっと紋様をなでた。


「さて。じゃあ今日はここまでにして、休憩部屋に戻るわよ」

「はい」

「……うん」


 やれやれ、長かった探索ももうすぐ終わりか。


 ボス部屋は七日目の予定だったが、まさか六日目に挑戦できるとはな。


 この三人の様子だと、ボス戦もそれほど苦戦することなく終わるだろう。





 次の日。


「お前ら、荷物はここに置いて行くといいぞ」


 ポーションの残量を確認している三人に声をかける。


「リセットするまで構造は変わらないからな。休憩部屋に荷物を置いていっても消えたりしない」

「……確かに」

「盲点でしたわ」


 三人はこれまで、寝具や食料、拾ったドロップ品などを、ずっと背負ったまま移動していた。


 さすがに戦闘時は置いていたが、重たい荷物を持ち歩いているのは骨が折れただろう。


「クロトさんがずっと荷物を持っていらっしゃるから、てっきりそういうものなのかと思っていましたわ」

「案内人は、進むか戻るかは依頼人次第だからだ。ルートを決める権限がない以上、荷物を置いていくわけにはいかない。場合によっては、置いた荷物を捨てて先に進む、という選択をすることもあるからな。俺の荷物を残してきたからさっきの所まで戻ってくれ、なんて依頼人に言えないだろ」

「……なるほど」


 ティアが腕を組んだ。


「ドロップ品は途中の階の休憩部屋に全て置いて行く、というパーティもいるぞ。で、帰りに寄って回収する」

「そういう方法もあるのですね」

「お前らくらいの実力なら、モンスターはほぼ倒してきたとは言え、帰りも一応休憩部屋に寄ることになるだろ。それなら荷物になるドロップ品は置いてきた方が効率が良かった」


 ティアとシェスが感心したようにうなずく。


「だから――」


 その横で、両のこぶしをにぎったレナが、顔を伏せ、ぷるぷると震えながら立ち上がった。


「――そういう事は早く言いなさいってーのっ!」

「少し考えればわかることだろ」

「くっ」


 俺の正論に何も言えなくなったレナは、代わりにダンダンッと床を踏み鳴らした。


 


 準備を万全にした俺たちは、再び扉の前までやってきた。


 途中で取りこぼしていたゴーレムに遭遇したが、ティアが一撃で倒した。


「ねえ、フロアと違って、ボス部屋って、誰が開けても同じよね?」

「ああ」

「じゃあ、私が開けてもいい?」

「構わんが、お前だと結構魔力持ってかれるぞ」

「あ、そうなんだ。じゃあやめとく」


 扉に触れていたレナが、手を離した。


「わたくしなら負担は少ないですか?」

「そうだな。シェスならそうでもないだろう」

「……無駄」

「そうよ。こいつがいるんだから、魔力はこいつに使わせればいいのよ。他には役に立たないんだし。シェスが魔力を使うなんてもったいないわ」


 相変わらずレナは口が悪い。


 地図を渡して、フロアの扉を開けているだろうが。案内人の一番大事な仕事はきっちりこなしてるぞ。


 ポーションだって提供したってのに。ゾンビ対策のアイテムなんてタダでやったんだぞ?


 恩知らずめ。


「早く開けなさいよ」

「いいんだな?」


 念を押すと、レナがごくりとのど鳴らした。


「い、いいに決まってるでしょっ。準備はできてるんだからっ」

「なら開けるぞ」

「……うん」

「お願いします」


 俺は両手を扉につけて、魔力を込めた。


 ずずっと床とこすれた音を立てながら、扉が内側に開いていく。


 通路の光が床をわずかに照らすが、二、三歩先は完全な闇だ。


「入らないのか?」

「は、入るわよっ」

「明かりの魔法を使った方がいいでしょうか?」

「いいや、第五階層のボス部屋と同じで、入れば明るくなる」

「じゃ、じゃあ、行くわ……」


 またレナがごくりと喉を鳴らした。


 ゆっくりとレナが足を踏み出そうとしたその時。


 その横で、ぴょんっとティアが部屋に飛び込んだ。


「あ……」

「……何?」


 レナが漏らした声に、ティアが振り返って首を傾げる。


 ティアの方が度胸があるな。


 そういえば、ゴブリンロードに最初に攻撃したのもティアだった。


「なんでもないわ」


 レナが入り、その後をシェスと俺が続く。


 四人が部屋に入ると、辺りがぼんやりと明るくなっていく。


 部屋の外と同じだ。特に光源はないのに、なぜか周りが見えるようになる。


 そこは円形のだだっ広い空間だった。


 中の壁面と床は岩でできている洞窟の中のような雰囲気だが、整備されている部屋の外とは違い、こちらの方がごつごつとしていてより天然に近い。


 床には段差とまではいかないものの凹凸おうとつはあるから、足を取られないように注意が必要だ。


 天井は暗く、その高さはうかがい知れない。それがどのくらいの高さなのかってことは、音の反響からだいたいわかるのだが、こいつらは気づいてないだろうな。


 レナを先頭に、中心へと進んでいく。

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