第30話 アラクネ再び
第十階層のボスを目指して俺たちは休憩部屋を出た。
途中までは討伐を終えているから移動してきた個体をサクッと片付ける。
昨日進んだ所の先も、モンスターの出現数は多くとも、もはや慣れた相手だ。レナたちは戸惑うことなく淡々と進んでいった。
だが――。
「なんでここにあいつが……」
「移動してきたのでしょうね」
くっとレナが悔しそうに顔を
目の前の部屋の中にアラクネがいたのだ。ここを抜けないとボス部屋にはたどりつけない。
シェスの言う通り、俺たちは
「……戦うしかない」
「そうですわね。四の五の言っても始まりませんわ。上半身は物理に弱く、下半身は魔法に弱い、でしたわね」
「……糸に注意」
「上半身の魔法にもよ」
背後を警戒しつつ、レナたちはポーチにポーションを補充した。
ボス戦の前のような準備だった。
当然だな。相手は第十一階層のモンスターなのだ。
俺が倒すのも最終的にはありっちゃありだが、三人がやる気だから放っておこう。
「まずは一緒にいる二体のゴーレムね。ティア、お願い」
「……うん」
「あたしはアラクネに仕掛けるわ。絶対糸に巻かれるから、シェス、炎で援護して」
「わかりましたわ」
「そのあともあたしが攻撃するから、絡んだ糸はティアが対応して。シェスは下の蜘蛛部分に攻撃。人部分を倒すまでは、魔法耐性かかってて魔法は効かないと思うけど、できるだけ糸を出させないようにして欲しいの」
「……わかった」
「わかりましたわ」
妥当な指示だな。アラクネ一体だけならなんとかなるだろう。
「もし何かあったら……」
レナが俺をちらりと見る。
「期待するな。お前らが死んでも俺の報酬は保障されている」
「はいはい、わかってる。あたしたちの荷物も手に入るもんね」
依頼人を死なせた時のペナルティについては知らないのか。公然の秘密ってやつなんだがな。
死なせるくらいなら、気絶させてでも部屋から引きずり出す。体勢を立て直して再挑戦しても勝てないようなら、そのままダンジョンから撤退させる。
俺の前で死ぬのは許さん。死ぬなら俺の居ないところで死んでくれ。
まあいい。わざわざ教えてやるつもりはない。
「出世してお得意様になってくれる方が実入りがいいんだがな」
「あんたと組むのは今度こそ今回限りよ!」
「わたくしは、またお願いしたいですわ」
「……私も」
「あたしは絶対嫌! こんな
びしっとレナが俺に指を突きつける。
人を指差すなんて失礼な奴だな。
俺だってお前等とは御免だよ。
「くだらないこと言ってないで、さっさと行け。これはボス戦じゃないんだぞ。この後まだ先に進んでからやっと本番だ」
「そ、そうだったわね! 気負いすぎたわ。ちゃちゃっと倒してボスの所に行くわよ!」
「はいっ!」
「……おー」
レナたちは、大きく深呼吸してからアイコンタクトをして、通路から飛び出した。
「たぁぁぁぁぁ!」
わざと大きな声をあげ、剣を振りかぶってレナがアラクネへと走る。
その陰をティアが駆け、ゴーレムの元へ。
突き一回ずつで霧へと
「わっ」
レナが蜘蛛が吐いた糸に足を取られて転倒した。
それをシェスが絶妙な加減の火で燃やす。
転がる勢いで立ち上がったレナは、そのままアラクネの元へと走った。
肉薄し、剣を振る。
が、直前で蜘蛛の糸の
「っていうか、蜘蛛のくせになんで口から糸吐くのよっ! 出すならお尻でしょ!?」
べたりと体に張り付いた糸をティアに燃やしてもらいながら、レナが叫ぶ。
もっともだ。蜘蛛なら尻から出すのが正しい。
と思いながらも、俺は別のことを考えていた。
通路からのぞき見るアラクネに、どうも違和感がある。
昨日のアラクネと人型部分はそっくりなのだが、蜘蛛部分の模様が違うような気がする。
とはいえ、これまでモンスター一体一体を見分けたことなどないし、気にしたこともない。昨日のもちらりと見ただけだ。
気のせいだろう。夜中のうちにあのアラクネが移動してきたに違いないのだから。
俺は頭を振って馬鹿げた考えを押しやった。
その間に、レナが三度目の攻撃を仕掛けて失敗し、さらなる糸を出そうと口を開けた蜘蛛に、シェスが雷撃を浴びせた。人型部分の頭上から
上下ともに魔法耐性のある状態のアラクネには、あまりダメージを与えられない。
だが、一瞬動きが止まる。
レナはその隙を逃さなかった。
一気にアラクネへと迫り、軽く跳び上がって縦に
しかしそれは残念ながら人型に避けられてしまい、蜘蛛部分に当たってガシッと音を立てた。物理攻撃に強い蜘蛛部分には刃は通らない。
しかし青い液体が宙に舞う。人型部分の頭部にはかわされてしまったが、腕を一本とらえていたのだ。
ピッとレナの顔に液体が飛んだ。
それを
だが斬撃は糸で防がれてしまった。
剣を絡め取られ、綱引きになる。
レナの力で引き千切るのは無理だ。
蜘蛛部分にシェスのアイス・アローが飛ぶ。
人部分が魔法をレナに放とうとした。
そこにティアが割り込む。
蜘蛛が糸を吐いたが、目の前でふっと腰を沈めたティアはそれをかわし、反動で跳躍。人部分の頭に回し蹴りをお見舞いした。
アラクネは残った片腕で防ぐ。
その体が、胸下で横に分かたれた。
レナの剣だった。
ティアが蹴りで攻撃をしながら魔法を放ち、レナを糸から解放していたのだ。
断面から体液が噴き出し、二人を染めた。
落ちた人型部分は沈黙する。
「さあ、次はあんたよっ!」
レナが蜘蛛の複数ある目を見て、剣を構えた。
いや、人型と蜘蛛の方、合わせて一体だからな?
心の中でツッコミを入れつつ、俺は三人の動きに感心していた。
上半身を倒すのが、予想よりもずっと早い。
最初にレナが組み立てた連携を守りつつ、その場の状況に合わせて対応できている。
後は魔法耐性の効果が切れるのを待って、シェスが魔法を叩き込めば終了だ。それまではレナとティアでかく乱すればいい。
そして、三人はその通りにアラクネの討伐に成功した。
「あたしたち、結構強いんじゃない? 第十一階層の突破もできちゃうかも」
ふふん、とレナが得意そうな顔をして戻ってくる。
「油断は――」
「
俺は苦言を
「……たまたま」
「わたくしたちが上手くやったというよりは、アラクネの攻撃タイミングとわたくしたちの攻撃が、ちょうどかみ合っただけでした」
冷静に自己判断できているようだ。
第五階層のボスのゴブリンロードと再戦した時には苦戦したからな。そこから学んだのだろう。
レナの言葉通り、それからも三人は
一方、俺は、言いようのない不安に襲われていた。
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