第4章 待って、今なんて……?

第30話 我慢強くないんだよぉ

「こんな、自分勝手で図々しい子の話なんて、聞くのもイヤだと思うけど……」

 沙羅さらが呟く声は震えていた。



「わたし、しのぶさんみたいな肩書きはないけど、強いと思ってたんだ、それまで……」

 沙羅は、そう言って、右の拳を握りしめる。

 今夜の喧騒の、後片付けが終わり、ふたりが一息ついた頃、沙羅が前置きの後、ポツリとこぼし始めたのが、この言葉だった。

 それに、答えるかのように、さくらが小さく頷いた。


「お母さんと、同じところに、友だちも入院してて……」

美亜みあさん……ていうかたのことですか?」

「うん。美亜とはね、高校に入って知り合ったんだ。あの子は、小さくて、かわいくて……、なんとなくかまってあげたくなる。……そんな子だったの。それに……」

 沙羅の言葉が詰まった。


 そんな沙羅を、さくらは黙ったまま、ただ優しい瞳で見つめている。

「それに……、入学以来、自信なさげに下ばかり向いてて、いつもひとりでいることが多い気がしてて。そんなところもほっとけなくて。わたしから声、かけたの……。友だちになろ……って」

 相変わらず、さくらの瞳は優しいままだ。


「そしたら、美亜は、ありがとう……って、でも……って」

「でも?」

「うん。でも……、あなたにも迷惑がかかるから、わたしには近づかないほうがいい……って、美亜が言ったの」

「それ……って」

「うん。わたしもね、そう思ったから聞いてみたんだ」

「はい……」

 さくらが、短く相槌をいれる。

 その、さくらの返事に、沙羅は言葉を捜しているようだ。真夜中の魔桜堂の時間が、また少しだけ過ぎていく。



「美亜? あなた、これまでも……なにか、されてきたの?」

嶋津しまづさん? あなたがそれを聞いてしまったら巻き込まれるわ……。だから、わたしには近づかないで……」

 美亜の声は、沙羅だけに聞こえるくらいの小さなものだった。


「沙羅……って呼んでよ。わたしも、美亜って呼ぶから……」

「えっ? 嶋津さん? わたしの言ったこと、聞こえなかった……?」

「沙羅って呼んでって言っただけだよ。美亜こそ聞こえなかったの?」

 そう言った沙羅が、頬を膨らませてみせる。


「わたしは、あなたのために言ったのよ……」

「むぅ、今度は、あなた……ときたかぁ? 美亜もなかなか強情だなぁ」

「強情って、なによ……。わたしは、あなたを巻き込みたくないから、忠告してあげただけなのに……」

 美亜の厳しい視線と強い口調に、思わず沙羅が控え目に笑いだした。


「えへへ、美亜って、ホントは優しい子なんだね?」

「な、なによ? 突然……」

「だって、美亜ったら、さっきからさぁ、美亜自身のことよりも、わたしのことばかり心配してくれて……。そんな、優しい美亜のこと、わたし、好きになっちゃいそうだよ」

 少しばかり、大袈裟な言い回しをしながら、沙羅が美亜に抱きついていく。


「な、なにするの……よ」

 突然の沙羅の行動に、美亜はうまく対応できなかった。

「もぉ、そんな、慌てる美亜もかわいいなぁ。えへへっ」

 そこまで言ったところで、沙羅が美亜を抱きしめる両腕に力を込めた。

 そして、沙羅の小さな呟くような声が、美亜の耳に届く。


 美亜が華奢な身体を硬直させた。

「いわれのない暴力を受けているなら、わたしの後ろに隠れてなさい。美亜に降りかかる火の粉も、ついでに払ってあげるから。わたし、こう見えても意外と強いのよ……」

「なに言ってるのよ。ダメ、あなたに迷惑をかけるわけには……いかない……」

「むぅ、ホントに美亜は強情だなぁ」

 沙羅が、つり目がちな大きな瞳に、最大限の優しさを湛えて微笑んでみせる。


 続けて。声のトーンを落とし、美亜の耳元に話しかける。

「ひとりで抱え込むな……って言ってんのよ。友だちなんだからさ、少しは頼んなさいって言ってんの。ひとりだと我慢するしかなくても、ふたりなら抵抗できるかもしれないでしょ……って言ってんのっ。解ったぁ?」

 沙羅に抱きしめられたままの、美亜の肩が小さく震えた。


 そして。

「どうして、あなたは、勝手にわたしの領域に踏み込んでくるの……? わたしからの忠告も、まるで聞こえないフリして……。あの人たちのターゲットであるわたしに加担したら、あなたまで標的にされるのよ……」

「標的? 上等じゃないのよっ。それこそ、返り討ちにしてやるわよ」

「わたしは何度も忠告したわよ……。わたしには、関わらないで……って」

「うん。それは聞いた。でもさぁ、それがなにか?」

「睨まれたわよ……、今」

「どうして、わたしが睨まれないといけないのよ?」


 沙羅の言葉を聞いた美亜が、大きなため息をついた。

「あなたも、標的にされたからよ……」

 美亜の言葉に沙羅は、首を捻りながら、美亜の視線を追いかけるようにして、後ろを振り向く。

「あの子たちかぁ? あれで、全部……?」

 振り向いた先から、突き刺すような視線を一身に浴びた沙羅が呟いた。

 そして、相手からの攻撃的な視線に対して、ジト目で睨み返している。


「全部……って、なにが……?」

 美亜は沙羅の質問の意味を、理解しきれなかったようだ。

「美亜にとっての敵の数に決まってるでしょ? あの、五人だけ?」

「だけ……って?」

「うん。あれで全部なら、わたしのほうが圧倒的に強いよ。美亜に手は出させないから、わたしの隣にいなさい。友だちと話をするのでさえ、遠慮しないといけないなんて、そんな学生生活はつまらないでしょ?」


「強いことを前面に押し出すだけなら、あなたも、あの人たちと変わらないわ……」

「うん、そうだね。わたしもそう思うよ。でも、あの子たちとの違いは、わたしと美亜が友だちだっていうこと……。美亜と話をするわたしが気に入らなければ、言葉で伝えなさいよ……って感じかな。大人数で寄って集って、ひとりずつターゲットにしていくなんて、陰湿極まりない」

 沙羅の放つ、刺々しさの塊のような言葉に、視線の鋭さが増していく。殺気すら込められた視線も加わった。


 背中越しに、沙羅はそれらの視線を受け止めながら、少しだけ声のトーンを上げて、美亜に対峙する。

「美亜は今まで、よく我慢したね。エラい、エラい……」

 沙羅が茶化すように言って、美亜の頭を優しく撫でた。

 そのまま、沙羅が続ける。


「わたしは、美亜みたいに、我慢強くないんだよぉ。だから、ヤラれた分はヤリ返すよ」

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