第29話 待ってるんだよ……
「わたしは、さくらちゃんに負けないようにがんばろって思ってるんだよねぇ。たぶん、しのぶさんたちもそうだと思うよぉ。わたしたちは、魔法なんて使えないけど、さくらちゃんは、基本、魔法に頼らないからねぇ。そうすると、立ってる場所はみんな一緒じゃない?」
マリはそう言って、
「魔法使いなのに、魔法を使わないっていうのも不思議ですよね?」
「うん、そうだねぇ。でも、それが、さくらちゃんのすごいところなんだよぉ」
カウンターに並んで座る、沙羅とマリの会話は、今、そこにいないさくらの話題で、暫くの間、続いていた。
「さくらちゃん? まだ、起きてたの?」
「あっ、沙羅さん。ごめんなさい……。起こしちゃいました?」
魔桜堂の奥にある、さくらの居住スペースから沙羅が顔を覗かせた。
沙羅の歓迎会は、この夜遅くまで続いた。当然、沙羅を夜遅い時間に、ひとりで帰宅させるわけにはいかず、
そして、そのまま、寝落ちしたのだ。
魔桜堂の中にある時計の針は、深夜の一時を少しだけ回っている。
「や、わたしのほうこそ、ごめん。わたし、寝ちゃってた?」
「はい、今日の沙羅さんは、一日中、忙しかったから仕方ないって、しのぶさんも言ってました。気にしないでください」
そう言いながら、さくらは、カウンターの中で今夜の喧騒の後片付けをしている。
それでも、あわただしい一日を過ごした沙羅を、気遣うことを忘れていないようだ。
さくらの優しい言葉に、沙羅はついつい笑みが漏れた。そして、さくらからの優しい視線に自然と頬が染まっていくのを感じている。
沙羅が、自分のそんな表情をごまかすようにして、頭を左右に軽く振ってみせる。
「どうかしましたか?」
「なんでもない。あっ、わたしにも、なにか手伝わせて。なにからなにまで、やってもらったら申し訳ない……」
「そんなことないですよ。それに、沙羅さんに手伝わせたら、また、しのぶさんに叱られちゃいますから」
自分の頭を押さえる素振りを見せながら、さくらが笑っている。
「まだ、痛む? しのぶさんに攻撃されちゃったトコ……」
さくらの顔を、心配そうに覗きこむ沙羅。
魔桜堂の店内の時間が、少しだけ流れる。
「うん。でも、わたしにも手伝わせて。しのぶさんには手が出る前に、わたしから事情を話すからさ。あのタイミングは覚えたから大丈夫。それに……」
「それに?」
「うん。今日は何もしてない自分が許せないのよ」
「気にすることでは……」
「さくらちゃんは優しいよね。でもさぁ、さくらちゃんは、わたしと同じ年で、同じ女の子で、昼は学校で、そして夜は、魔桜堂でしょ? そんな、なんでもできるさくらちゃんのこと、わたし、尊敬するよ」
「そんな、なんでもできる訳では……」
沙羅の言葉に、さくらは照れたように、微かに頬を
「そんな仕草が、自然に出てくるのだって、かわいくていいよね。そういうところも見習わなきゃって思うのよ。さぁ、片付けちゃおうよ。ふたりでやったら、早く終わるって」
沙羅も、そう言って、優しく微笑んだ。
その笑顔に、さくらがとうとう降参したようだった。
「沙羅さんには迷惑かけますけど、手伝っていただけますか?」
「迷惑だなんて……、わたしが勝手に手伝うって言ったのになぁ。まぁ、その言い方が、さくらちゃんらしいけどね。半日付き合って、よく
ヤレヤレという仕草をしながら、沙羅が席を立つ。そのまま、テーブルの上に残されていた、今夜の喧騒の跡を片付け始めた。
テーブルの上に置いてあった、シルバーグレイのトレイに手際よく重ねていく。
その沙羅の無駄のない動作は、思わずさくらが見とれてしまうほどのものだった。
「ん……? どうかしたの? さくらちゃん? 落としたりはしないからさ。そこは安心してくれると……」
「いえ。心配している訳では。割れても元に戻せますし……」
「うーん、魔法って便利だね」
「はい。どちらかといえば、沙羅さんの手際のよさに感心していたというか……」
さくらに見つめられる格好になった沙羅が、今度は頬を紅く染めている。
「さくらちゃんに褒められると、素直に嬉しいね。でも、あまり見つめられると、恥ずかしいよ。それだけで、
そう言いながら、沙羅が苦笑を込めた笑顔を、さくらに向けた。
そして、ふたりは揃って、控え目に笑いあった。
沙羅が、魔桜堂に顔を出して、一時間と経たないうちに、喧騒の後片付けが終わりを告げていた。
時間通りの、深夜の静けさが、魔桜堂の店内を支配していた。
カウンターを挟んで向かい合う形の、さくらと沙羅。ふたりは漸く一息ついたという感じだろうか。
「ごめんね、さくらちゃん。わたしが手伝わないほうが、早く終わったかもしれないよね?」
俯き気味の沙羅。
「どうしてですか? 沙羅さんが手伝ってくれたからこそ、こんなに早く終わった……だと思いますけど? それに、とても楽しかったですよ」
優しい視線と、柔らかい物腰で、沙羅の努力を労うさくら。
後片付けの最中、沙羅が失敗をしたわけではなかった。それでも、沙羅を落ち込ませているのは、さくらのスペックの高さを、改めて感じたからだった。
「さくらちゃんの、その手際のよさに、魔法が重なったらっていう意味だよ」
「そうですか? でも、母に代わって、魔桜堂を再開したときから、ここの運営に魔法は使わないって、決めてましたから……」
「それは、どうして? 魔法、使ったほうが便利だと思うけど? 商店街では秘密にすることではないんでしょ?」
「えぇ、でも……。今片付ける時に、沙羅さんは魔法使わなかったでしょ?」
さくらが、微笑みながら、沙羅に言葉を向けた。
「えっ? だって、わたしは魔法使いじゃないもん。使わないってのと、使えない……の差だよ。さくらちゃんも、おかしなこと言うねぇ?」
「そうですか? マリ
さくらのその言葉を聞いて、沙羅が小さく吹き出した。その様子に、さくらは首を傾げるばかりだ。
「ごめんごめん、マリさんも同じようなこと言ってたから。似た者同士なんだなって考えたら楽しくなっちゃって。……
沙羅の言葉の前半は、さくらの周囲の人たちが褒められたことで、さくら自身も嬉しくなった。
しかし、話がさくらに及び、その後、さくらと比べるように沙羅自身のことに移っていくが、沙羅の声は、次第に自信なさげに小さくなっていった。
さくらが首を傾げている。
「わたしって、イヤな子だ……。昨日まで、さくらちゃんの顔はおろか、名前すら知らなかったっていうのに、さくらちゃんが魔法使いって知って、そして、魔法を使わない努力をしてるのを聞いてさえ、その魔法で助けてほしいって思っちゃってる。わたし、凄く、自分勝手だし一方的だし……。さくらちゃんにとっては、いい迷惑だよね? それでもわたしは、ふたりが帰ってきてくれるのを……、待ってるんだよ……」
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