第28話 解ってくれてさえいればいい

 さくらの所作のすべてに、店内から多くの視線が注がれている。沙羅さらも例外ではなかった。

 そんな店内の雰囲気を感じ取ったマリが、誰に言うともなく言葉にする。


「さくらちゃんが、この時間にカウンターの中にいるのは珍しいことなんだよぉ。お母さんたちの注目が集まるのも仕方ないかなぁ」

「いつもは、違うの? マリさん?」

 沙羅が素直に、疑問を言葉にする。

「うーん、そぉだねぇ。だいたい、このカウンターのすみっこで、勉強したり、本読んでたりかなぁ? 誰か来ると相手してくれる……って感じ」

「誰か来るとって、マリさんのこと?」

「うーん、そぉなのかなぁ。わたしは奥のあの席がお気に入りなのねぇ」


 マリはそう言って、いつもさくらが座っているといった、カウンター席の隣のテーブルを見つめた。

「夜とか、魔桜堂まおうどうに来ると、さくらちゃんがお茶を煎れてくれて、工具箱下ろしてくれて、あっ、うん、それからわたしの相手してくれる……」

「相手してって?」

 聞いた沙羅の頬があかくなってゆく。


 沙羅の変化を見て慌てるマリ姉。

「沙羅ちゃんっ、勘違いしないでよぉ。相手って、話し相手のことだからねぇ」

「わたしが、なにを勘違いして……って?」

 沙羅が首を傾げてマリの慌てた返事に答えている。

「だ、だって、沙羅ちゃんたら、顔、あかくしてたからぁ、つい……」

「えっ? そうですか? どうしたんだろ、わたしったら。さくらちゃんが、マリさんの相手って聞いたからかな? でも、女の子どうしのことなのに……」

 沙羅がそう言って、自分の頬を押さえている。


 微かに頬に残った熱が、沙羅が無意識のうちに考えたことを、肯定しているようだ。

 マリまでもが、沙羅と同じ仕草をしている。なんとなくこちらも頬が紅いのは、言葉どおりの想像をしたからだろうか。

 ふたりが揃って唸っている、その背中に向かって聞きなれた声がかかった。


「ふたりとも、随分と楽しそうねぇ? 特にマリちゃん?」

「ふぇっ? あれ、しのぶさん? どしたの?」

「どしたの? じゃあないわよ。どうして、一緒にさくらちゃんに謝るはずのマリちゃんが、ここで楽しそうで、わたし一人が、魔桜堂の手伝いしてるのよっ」

 頬を膨らませたしのぶが、沙羅たちの背後で仁王立ちしている。

「えへへ、しのぶさんがいれば十分かと。わたしが手伝っても、さくらちゃんの戦力には、きっとならないと思うし……」

 そう言って、マリ姉は笑った。


「戦力にならないって、マリさん、それって?」

「言葉のとおりだよぉ。さくらちゃんのスペック、とんでもなく高いんだよぉ。しのぶさんも、こんなこと言ってるけどねぇ、実は、意外と手伝うことないのぉ」

 マリがおどけて見せる。しのぶも、そんなマリの言葉に対して言い返せずにいる。確実に図星のようだ。

「こんなにお母さんたちがいるのに……ですか?」

 沙羅の質問には、しのぶに代わってマリが答えた。


「そぉなんだよぉ。このくらいなら、まだまだ余裕あると思うよぉ。さっきも言ったけどねぇ、さくらちゃんのスペックの高さは、こんなもんじゃないからねぇ」

「どれだけ、すごいのよ、さくらちゃんたら。確かにあの手際見せられたら、忙しそうに見えないけど。わたしには真似できないなぁ」

 沙羅が驚きの表情とともに、素直に感心している。


「わたしやしのぶさんだって、さくらちゃんには敵わないからねぇ」

 マリが自分も含めて、特にしのぶの名前を強調してはいたが、その言葉からは、白旗を挙げそうな雰囲気が漂ってくる。

「お母さんたち、そんなさくらちゃんの、仕事ぶりを見るのも楽しいみたいよぉ。うちのお母さんたら、よく、わたしとさくらちゃんのこと比べるもん……」

 しかし、そう言ったマリの言葉からは、さくらと比べられることの卑屈さも、嫌悪感すらも感じられなかった。


「ん? どしたの? 沙羅ちゃん」

 屈託のない笑顔で笑うマリ。沙羅の表情を見ての、言葉と笑顔なのだろう。

「マリさんたちは、イヤじゃないのかなぁ……と、その……」

 なんとなく、沙羅が言いよどむ。

「あぁ、さくらちゃんと比べられること?」

「えぇ。はい、まぁ……」

「小さい頃は、反発もしたよぉ。わたしも、しのぶさんも、けんさんだって……」

「そうですよね」

「うん、でもねぇ、比べたお母さんたちに、さくらちゃんが怒るのよぉ。あの子は、自分が比べられて褒められたことより、わたしたちのことを褒めてあげなかったって言って。でも、さくらちゃん、あの見た目だから、怒っても迫力には欠けてるんだけど……」

「あのさくらちゃんからは、怒ること自体が想像できませんね。怒った姿もかわいいと思いますけど……」


「うん、かわいいよぉ。さくらちゃんの怒った顔も。だからかなぁ、そんなさくらちゃんを見てみたいっていう理由だけで、わざと冗談めかして、わたしたちに言うお母さんもいたりしてねぇ。特にうちのお母さん」

「うわぁ、それって、確信犯ですよね? マリさんもたいへんだぁ」

「まぁ、さくらちゃんも、そこはもう理解してて、今では、うまいこと受け流してるけどねぇ」


「うーん、どこまであのは、気がくんだろ。あれで、わたしと同じ高校一年生だなんて……」

「そぉだねぇ。そこは沙羅ちゃんとの、今までの経験の差だと思うよぉ。だからかなぁ、沙羅ちゃんと自分のことを重ねてるのかもねぇ……」

「さくらちゃんには、今日一日で、わたし、いっぱい面倒かけちゃいましたね。えへへっ……」

 沙羅が力なく笑った。


「さくらちゃんは、それを面倒なことだなんて、イヤなことだなって、思わない子なんだよぉ。それは、あの子が小さい頃から変わってないのぉ。自分のことよりも、わたしたちの事をいつも先に考えてくれる」

「ホントに、さくらちゃんには敵わないや」

「うん、わたしでも敵わないことがあるもん。だからかなぁ、今さら比べられても……っていう思いが、わたしたちにはあるのよぉ。さくらちゃんが、解ってくれてさえいればいいかなぁ……って」

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