第27話 泣いたら損した気分でしょ?
「
あくまで沙羅には優しく声をかけ、反対にしのぶたちには、少しだけトーンを落とした声で、さくらが話しかける。
「あぁ……、さくらちゃんの声が冷たい。それがよけいに怖い」
しのぶが、小さなマリの肩を揺さぶりながら囁く。
「うん……。わたしも、さくらちゃんのあの声のトーン、ひさしぶりに聞いた気がしますよぉ」
マリまでが囁いている。
「しのぶさんたち? さくら亭の外で謝るとかなんとか、言ってませんでしたか?」
さくらが振り返りながら、視線と言葉で、あとをついてきたふたりに抵抗してみせた。
「さくらちゃんたら、相変わらず、魔法使い恐るべし……って感じよ。しのぶさんたちのこと、許してあげようよ。どこが謝りどころなのかが、よくわからないけど、わたしならだいじょうぶだよ。それと、お腹いっぱい……。とってもおいしかったし、それに、ひさしぶりに楽しかったもの。ありがと……」
沙羅の今の素直な感想なのだろう。かわいらしい笑顔をさくらに向けて、答える。
「それは良かったです。しのぶさんもマリ姉も、沙羅さんに免じて許してあげます。そのかわり、ここからは魔桜堂が忙しくなるので、おふたりには存分に手伝ってもらいますからねっ」
「忙しく……って?」
沙羅がきょとんとした表情で、さくらに聞き返した。
「今夜も、商店街のお母さんたちが集まってくると思います。いつものパターンなんですけど、特に今夜は沙羅さんもいますし……、賑やかになりますよ、きっと」
「へぇ、それはまた楽しそうだね」
今度はさくらが、きょとんとしている。そして。
「あれっ? 沙羅さん、騒がしくなりますよ。大丈夫ですか?」
「いいよいいよ。賑やかなほうが楽しいもの。どして? さくらちゃん」
「いえ、沙羅さんさえよければ、特に問題は……」
「問題……? ないない」
大袈裟に手を振って沙羅が答える。
それから程なくして、魔桜堂が、この夜一番忙しい時間を迎えた。
「さくらちゃん……、ホントに賑やかになったねぇ」
カウンター越しではあったが、今まで相手をしてくれていたさくらに話しかける。
沙羅の両脇に座っていたしのぶたちが、その様子を見ては嬉しそうに笑う。
「ホントに商店街の女性陣、全員集合だったもの。めったにないんだよ。それもこれも、沙羅ちゃん見たさだろうけどね」
しのぶの言葉どおり、二次会と称して、この魔桜堂に場所を移してから、今まで質問攻めにあっていた沙羅だった。
「沙羅さん、疲れたでしょ?」
沙羅を気遣うように、さくらが優しく声をかける。
「だいじょうぶ。お母さんたちの勢いに、結構圧倒されたりしたけど。楽しかったもの」
沙羅がそう言った矢先、また別のお母さんたちが、取り囲むように集まってきた。
「さくらちゃんと、同じ学校なんですって……?」
「さくらちゃんと、いつまでも仲よくしてあげてね……」
「さくらちゃんが、学校のお友だち連れて来るの、とても珍しいのよ……」
沙羅への質問攻めで、多かったのが、このような質問だった。
それに対して、沙羅が受け答える。
「はい……」
「えぇ……」
「はぁ……」
沙羅のほうも、同じような返事になっていた。
両隣に座っているしのぶとマリが、そのたびに肩を震わせていた。
「しのぶさんたちも笑ってばかりいないで、沙羅さんにもう少し気を遣ってあげてくださいね。沙羅さんが今日の主賓なんですよ」
さくらが無駄とも思える、抵抗を試みた。
「なに言ってるのよぉ、さくらちゃんたら。商店街のお母さんたち、みんな気にしてるんだよぉ。さくらちゃんたちのこと」
マリが答える。
やはり、無駄な抵抗だったようだ。会話が噛み合わない。
うなだれるさくら。
それを気遣うように、今度は沙羅がさくらに話しかける。
「ホントにだいじょうぶだよ、さくらちゃん。それよりも、さくらちゃんたら絶大な人気だよね? お母さんたちに……」
「そうですか?」
「そうそう。だって、お母さんたち全員が、さくらちゃんをよろしくね……よ。中には、うちの子になってくれないかしらとかって、言ってたお母さんもいたもの」
「いえいえ、さすがにそれはないですよ」
さくらがやんわりと否定しようとした時、
「うちのお母さんも、いつも言うよぉ。さくらちゃんみたいな子がってぇ」
マリまでもが、さくらに向かってそんなことを言う。
「さくらちゃん人気、ホントにすごいんだ……」
マリの言葉を聞いていた沙羅が、本気で感心している。
沙羅の返事に気をよくしたマリは、なおも続ける。
「しのぶさんだって、よく言うよぉ。わたしの妹になってくれないかなぁ? とかって」
マリが、事も無げに無邪気な笑顔を見せる。
「妹……って、しのぶさんたら、もぉっ、いつ、そんなこと言ってたんですか?」
いつの間にか、話の中心になってしまったさくらは、頬を膨らませている。
「わ、わたしも、さくらちゃんみたいな、かわいい妹なら、欲しいですね」
沙羅が答える。
「そうだよねぇ……」
そう言いながら、マリがちらりとさくらに視線を向けた。なにかを期待しているような表情。
そんなマリを見ては、さくらが力なく肩を落とした。
「どうかしたの? さくらちゃん?」
さくらの様子を心配そうに伺う沙羅。
「もぉっ。今日のマリ姉は、いじわるです。しのぶさんもです。それから、ごめんなさい。沙羅さんの妹には、残念ながらなれません」
「う、うん。さくらちゃん、ごめん。気分悪くしたよね……?」
そう言って、沙羅が頭をさげた。
「いえ、そういうことではなくて……、妹になるなら、沙羅さんのほうだと思います」
「どういうこと? さくらちゃん」
「沙羅さん……、お誕生日はこれから? それとも、もう過ぎました?」
「えっ、こ、これから……だけど?」
さくらの言った、質問の意味を量りかねている沙羅。答もなんとなく、慌てた感じがしている。
さくらに取って代わったマリが、話を続けた。
「そっかぁ。沙羅ちゃんのが年下になるんだぁ。同じ学年だと、さくらちゃんより年上になる人は、めったにいないもんねぇ」
「めったにいない……って? どうして? マリさん」
「さくらちゃんは、四月になってすぐ誕生日がくるの。だから、誕生日がこれからの、沙羅ちゃんのほうが妹になるよね……。少し、残念だったりする?」
「いえいえ、残念だなんて……。さくらちゃん、わたしより年上なんだぁ。かわいい妹かと思ったら、頼りになるお姉さんのほうだったかぁ」
沙羅が独り言のように、言葉にしては、腕組みをしたまま考え込んでいた。
「沙羅ちゃんには、残念なことだったみたいだね」
「いえいえ、残念なんてことはなくて、頼れるお姉さんもいいかなぁ……なんて」
「そぉ?」
「そぉですよ。わたし、今まで、お母さんとふたりだったから、姉妹って憧れますよ。それも、さくらちゃんみたいな
言葉の終わりは、誰に言ったものでもなかったのだろう。それほど聞き取りにくいほどの小さなものだった。
突然、これまで沙羅の隣で、様子を伺っていたようなしのぶが、沙羅のことを抱き寄せる。
「お母さんが入院してから、今までひとりで、よくがんばったね」
「し、しのぶ……さん?」
突然のしのぶさんの行動に、沙羅の動きが停まった。沙羅からの言葉がうまくでてこない。
「しのぶさん? 沙羅さんが困ってますよ」
魔桜堂のカウンターの中から、さくらの声が響いた。
そして、さくらがカウンター越しの三人にお茶の入ったグラスを用意し、それぞれの目の前にそっと置く。
「ありがと……、さくらちゃん」
しのぶの大きな胸から、なんとか顔を出した沙羅がさくらに言う。
続けて。
「しのぶさんも、マリさんも、ありがとうございます。わたしのために。こんな時間が過ごせたのも久しぶりで、とても楽しかったです」
「そのことはさっきも聞いたよぉ。気にしない、気にしない。しのぶさんも言ったけど、沙羅ちゃんはよくがんばったよぉ。でも、寂しかったよね……」
しのぶに続いて、マリが言葉をかける。抱き寄せてあげられるほどの胸を持たないマリは、しのぶに捕まったままの沙羅の頭を撫でていた。
ふたりからの思わぬ攻撃に、沙羅の大きな瞳に涙が浮かんでいる。
それを誤魔化すかのように。
「しのぶさんもマリさんも優しいなぁ。一度に、お姉さんが三人もできたみたいですよ。思わず泣いてしまいそうです」
「沙羅さん、そういう時には我慢しなくていいんですよ」
「ありがと、さくらちゃん。そうなんだけどさぁ、今日はそれ以上に楽しかったからね。泣いたら損した気分でしょ?」
「沙羅さん……」
「ん? どうかしたの? さくらちゃん。わたし、おかしなこと言った?」
沙羅の言葉を聞いたさくらが、思わず微笑む。
「いえいえ、おかしなことなんて……。強い人だなぁって思っただけで……」
さくらの言葉が途中で遮られた。魔桜堂のほかの席から、声がかかったのだ。
その声ひとつひとつに、さくらは丁寧に答えている。そこから出てくる様々な要望を手際よく裁きながら。
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