第24話 そんなことしなくていいのっ

沙羅さらちゃん、しっかり食べて……る?」

 しのぶが厨房の中から出てきた。左手は、デザートとしてのアイスクリームを載せたトレイを持っている。

「さくらちゃんのとこで、ケーキ食べてたでしょ。だから、違うのがいいと思って……。ところで、さくらちゃんは?」

 沙羅の前に器を置いて、周囲を見渡すしのぶ。


「さくらちゃんなら、けんさんたちに、おとなの会合するって連れてかれました」

「あんのバカおやじども。こんなときまで。少しは空気を読めっつうんだっ。こらっ、バカ拳。さくらちゃんたちの夕飯の邪魔すんなっ。……連れ戻してくるっ」

 しのぶが、指を鳴らしながら沙羅のいたテーブルを離れようとしている。


 沙羅が慌てて、そんなお怒りモードのしのぶを止めに入った。

「しのぶさん、ちょ、ちょっと待ってください。わたしが、行ってきなよって言ったんですよ、さくらちゃんに」

「そうなの? イヤ、それにしても、気がかないおやじ連中だなぁ。後できっちりお仕置きだっ」

「しのぶさん、怖い、怖いです。わたし、おとななさくらちゃんも、見てて少し楽しいかもって。だから、気にしないでください」

「そぉ? 沙羅ちゃんがいいって言うなら……」

「はいっ」


 沙羅としのぶが揃って笑いだす。ふたりの視線の先に映るのは、拳たちと楽しそうに話をしているさくらの姿。そんなさくらを見つめたまま、沙羅が呟いた。

「さくらちゃん、わたしと同じ歳なのになぁ……」

「どしたの? 沙羅ちゃん。さくらちゃんのこと見つめて」

 しのぶは、沙羅の顔をまじまじと見つめながら、そんなことを言っている。


「そぉなんですよ。さくらちゃんとは、今日知り合ったばかりなのになぁ。同い年なのにすごいだなぁ……って、気になるんですよねぇ。でも、ドキドキしているわたしもいて、そんなわたしっておかしいですよね?」

 沙羅は紅くなった頬を、両手で覆い隠す。

「沙羅ちゃんは、さくらちゃんのどこにドキドキしてるのかな?」

「どこって言われても、よく解らなくて……。さくらちゃんたら、見た目もかわいいし、よく気が利くし、頼り甲斐もありますよね。さくらちゃんが男の子だったら、わたし、迷わず彼女に立候補ですよ。それに魔法使いだし……」

 そこまで言うと、またしても自分の頬を両手で覆う。


「沙羅ちゃんにとって、さくらちゃんのいちばんは、普通の部分なのね? 魔法使いの部分はその次? でも、魔法使いなのよ、あの子は。……怖くないの?」

「いえいえ、怖いだなんて。わたしも魔法使いには憧れますよ。ついさっき知り合ったお友だちが魔法使いだなんて、もう、ビックリ、ドッキリですよぉ。でも、お友達になるのに、それは関係ないですし……」

 沙羅はそう言って、エヘヘと笑う。

「そういうもんなの?」

 沙羅の正面に座ったしのぶは、驚きの表情とともに聞き返す。


「そういうもんですよぉ。さくらちゃんみたいないいを、今まで知らなかったわたしが残念です。……しのぶさん? どうしてそんなこと聞くんです?」

「どうして……って、沙羅ちゃんのその反応が、普通の人と違うから驚いたの」

「普通と違うって、ヒドイですよぉ、しのぶさん。さくらちゃんたら、あんなにいいなのに、怖いことなんてありませんよ」

「でも、沙羅ちゃんはまだ、さくらちゃんの魔法使いの入り口の部分しか見てないのよ。どれだけ、強大な魔力を持っているのか、とか判らないのに……、不安はないの?」

「不安ですか……?」

 沙羅が首を捻って考え込む。


「そう、不安。さくらちゃんは、志乃さんから、魔法は想像力だって教えられてきたのね。だから、なんでもできると思います……って、あの子は言うのよ」

「なんでもできる……って、スゴイことですねぇ」

「そう、スゴイことなの。さくらちゃんが、自分の魔力を全力で展開したら、この現代社会に立ち向かえる人なんていないのよ。それでも怖くないの?」

 しのぶの瞳が、笑っていないことに気づいた沙羅が、その真剣な話に答えるため、大きな深呼吸をひとつした。


「しのぶさんは……、怖いですか? さくらちゃんのその力が。マリさんとか、拳さんもそう思ってるのかなぁ?」

 しのぶの瞳を、まっすぐに沙羅が見つめ返す。


「わたしはね、怖いと思ったことがあるの。一度だけ……。それも、あの子が四歳のときよ……」

「なにかあった……んですか?」

 沙羅が神妙な面持ちで、しのぶに聞き返した。

「さくらちゃんの魔法が、暴走したことがあるの……。あの時は、まだ志乃さんがいてくれたから、たいへんなことになる前に対処できたけど。その頃、中学生だったわたしは、なにもできなくて。ただ見ているだけしか……」

 しのぶは、そう言うと大きなため息をひとついた。

 その様子を伺っていた沙羅は、しきりに首を捻っている。


「ん? どした、沙羅ちゃん」

「いえ、しのぶさんて凄く強いですよね? 拳さんを瞬殺するくらい。そのしのぶさんでも勝てない、さくらちゃんの魔法って、どれほどのものなのかなって……」


「わたしが武道を習い始めたのも、このことがあってからなのよ。魔法使い相手に丸腰では絶対に勝てないけど、さくらちゃんが二度と、魔法を暴走させなくてもすむようにはなってないとなって思ったから。拳さんが喧嘩上等って、強くなったのもそう……。マリちゃんが、そこの大学に入るために勉強したのだって……。さくらちゃんが無差別に魔法を使わなくてもすむように……って。本気で怒ったさくらちゃんは、戦慄ものよ……」


「さくらちゃんが怒るのって想像できないですよ。話しかたは優しいし、物腰だって柔らかいし……。わたしから見たら理想の女の子ですよ」

 沙羅が笑顔で、しのぶに答える。それにつられるように、しのぶまでもが笑い出す。

「まあ、今のさくらちゃんからは想像できないわよね。あの子は、自分のことでは怒らないからね。四歳の時にあった魔法の暴走だって、ある事件が原因だし……」

「ある事件って……?」


「わたしを助けてくれたんだよ。その時、さくらちゃんの魔法が大暴走しちゃって。全部わたしが原因なんだよね」

「マリちゃん、それは違うでしょ」

 沙羅がしのぶの話に興味を示したとき、それまで聞き役になっていた、マリが言葉を挟んできた。

 その言葉とともに、マリの表情が悲しそうに変わっていく。

 反論したしのぶが、慌ててテーブルの上に身を乗りだそうとしていた。


 その時、三人の頭上に影が伸びる。そして、優しい口調で言葉がかけられた。声のしたほうを揃って振り返る沙羅としのぶ。そして、今にも泣き出しそうな顔のマリ。

「なんの話ですか? みなさん深刻そうな顔して……。あれっ……?」

「さくらちゃん……、あなたのことを話してたのよ」

「ぼくのことですか? それなら、どうしてマリ姉は泣きそうな顔して……」


「泣いてないよ……って、さくらちゃんこそ、どうしてそんな格好してんのよぉ?」

 マリとしのぶが驚きの表情のまま、そばに立っていたさくらを見上げた。そのまま暫く動きが止まったのはしのぶだった。

「しのぶさんが、いつまでも戻らないから、お前少し手伝えって……。しのぶさんのお父さんに言われたので……」


 そう、申し訳なさげに言ったさくらは、さくら亭のエプロンをしている。その淡い桃色のエプロンの裾を摘んで、器用にくるりと回って見せる。もちろん、左手には銀色のトレイを持ったままで。

 その姿を見た、しのぶの右拳が、小さくふるふると震えている。

「さくらちゃんっ。今日のあなたは、そんなことしなくていいのっ」

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