第23話 そうそう、なんでもないよぉ

 突然、モニター越しのしのぶとさくらの会話に飛び込んできたマリに向けたしのぶの言葉。

「そぉ? わたしにはどちらでもいいけどね。マリちゃんたち見てるのは飽きないわ」

 必死になって否定していたマリが、ひとりで慌てていた。


「しのぶさん、マリねえで遊ぶの、そろそろやめてあげてくださいって。後がたいへんなんですから。それよりもお店のほうは大丈夫ですか? 七時って、まだ、一般のお客さんが終わらないですよね?」

「あぁ、それは大丈夫……っていうより、お父さんが張り切っててね。さくらちゃんの友だちが来てくれたからって。でも本音は、沙羅ちゃんが若くてかわいいからだと思うんだけど」

「そんなぁ。かわいいだなんて」

 言われた沙羅の頬が弛んでいる。


「まぁ、そういう訳だから、あと一時間くらい時間を潰してくれてると助かるかな」

 そう言って、モニターの中のしのぶがこちらに向かって頭を下げた。

「そのことなら気にしないでください。ここには、マリ姉もいますから。一時間くらいだったら」

 さくらが答える。

「そうですよ、しのぶさん。かえって申し訳ないです。わたしのために」


 ふたりのやり取りをモニター越しに見ていて、しのぶが笑いながら続ける。

「沙羅ちゃんは、さくらちゃんと随分仲良くなったのね。今日、初めて会ったんでしょ?」

「はい。さくらちゃんみたいに、かわいい女の子とお友だちになれたなんて、周りに自慢できますよね」

 沙羅の返事は、あまりにも嬉しそうだ。

「さくらちゃんにとっても、学校のお友だちができるのはいいことだわ。マリちゃんもこれで、肩の荷が下りたのと違う?」


 しのぶがマリへ、悪戯心を滲ませた聞き方をしている。それに併せるように、さくらが俯きがちにマリに尋ねる。

「マリ姉……、もしかして、今まで、迷惑だった?」

 さくらの寂しさを纏った言葉に、慌てるマリ。

ちがっ。そんなぁ、迷惑だって考えたことないよぉ。わたし、お姉さんだから、さくらちゃんの……」


 モニターの中に映るしのぶと、並ぶようにして沙羅の姿がある。ふたりとも、肩を震わせている。

 まず、しのぶが一言。

「さくらちゃんも、言うようになったわね。うっ、くくっ……」

 そして沙羅が続く。大きな瞳が輝いている。

「うわぁ、そんな天然のさくらちゃんも、なんてかわいいのよ?」

「今、一番、マリちゃんをからかってるのって、さくらちゃんよ、きっと」

「そうですよ。その、かわいい笑顔に、商店街の皆さんは騙されているのね」

 ふたりがそこまで言って、揃って笑いだした。


「そうですか?」

 沙羅としのぶの問いに、さくらが答える。

 その横では、漸く状況が呑み込めたマリが、頬を膨らませて不満を漏らしている。

「ひどいよぉ。さくらちゃん……」

 瞳に大粒の涙を浮かべて、マリが訴えている。

「あとは任せたわよ。さくらちゃん」

 マリの、その様子に気づいたしのぶが、それだけの言葉を残して、モニターの中から消えた。電源の落ちたモニターは、光のなくなった画面だけになっている。


「しのぶさん……。それも、ひどい。置き去りですか?」

 さくらが、黒い画面に向かって、小声で呟いている。さくらまでもが泣きそうな顔をしていた。

 見かねた沙羅が、さくらとマリの間に入ってくる。

「あのぉ、マリさん? さくらちゃんは、ホントに天然さんだから、悪気があって言った言葉ではないと思いますよ」

「うん。そぉだよねぇ。さくらちゃんは、ホントに天然さんなんだよねぇ」

「そぉですよ、マリさん」

「でもぉ、さくらちゃんの、そぉいうところがかわいいのよぉ」

 マリが自分の、あかくなった頬を手で覆いながら呟く。

 沙羅もその言葉に頷きながら、マリと同じ仕草をしている。


「わたしも、そう思います。でも、どうして、学校ではほかの男の子たちが騒でるのを聞かないのかしら? わたしよりも、ずっと見た目もかわいいのに。ねぇ?」

 そう言って、沙羅がさくらへと視線を移す。

「ねぇ? って、言われても」

 さくらが伏し目がちに、曖昧な返事をする。

 その仕草が、沙羅にとっては、なおもツボに入ったらしい。


 隣にいた、沙羅より小柄なマリが揺さぶられている。

「マリさん、マリさん。この、さくらちゃんも、かわいいです」

「そぉでしょぉ」

 ふたりがニヤニヤした笑顔のまま、さくらを見つめる。

「沙羅さん? なんだか、怪しい視線を感じますよ。マリ姉まで……」

 さくらがふたりに、必死の抵抗を試みる。


「あのですね、沙羅さんはきっと勘違いしてますよ」

 さくらのその言葉に、意味が解らないという顔で、沙羅が首を捻っている。

「わたしが、なにを勘違いしてるって言うの?」

「わわわぁ。さくらちゃん、そろそろ時間、時間だよぉ」

 沙羅の質問をかき消すようなマリの言葉。

 その言葉に、頭を抱えるさくら。


「あうぅぅっ。マリ姉ったら。もしかして、この状況を楽しんでるんでしょう?」

「えぇ、そんなことないよぉ。まぁ、このままのほうが、沙羅ちゃんの反応が楽しいのは確かだけどねぇ。それに、きっと……、商店街中がハッピーになるよぉ」

 そう言うと、マリが小さな舌を少しだけだして笑う。

「また、訳のわからないことを。はぁ……」

 無邪気にはしゃぐマリに、大きなため息で答えるさくら。

「きっと、しのぶさんのとこでもこのままかな……?」


 さくらがうなだれながら、小さく呟く。

「ん……? どうかしたの? さくらちゃん? なにが、このままなの?」

 さくらの呟きを聞いていた沙羅が、隣から聞き返してきた。

「あぁ、沙羅さん。なんでもないそうですよ。しのぶさんのとこ、行きましょうか?」

「う、うん。ないそう……って?」

「そうそう、なんでもないよぉ、沙羅ちゃん。こんなさくらちゃんなんて、放っておきましょ」

 マリが背伸びをしながら、さくらの肩を叩いている。まるで他人事。


 魔桜堂まおうどうの入り口で、さくらと並んでいた沙羅に、マリが向き直ってひとこと。

「沙羅ちゃん、この商店街にようこそ。続きはしのぶさんのとこで……ね?」

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