第22話 こういうことには疎いわね

 そこには、今までモニターに映し出されていたマリの姿があった。小さなマリが腕組みをして立っていたが、沙羅さらに対して怒っているという雰囲気ではなかった。


「えへへっ。これもわたしの趣味なんだよぉ。想像できないっていうのは、言われなれてるからいいけどぉ。あ、それより、さくらちゃんの新作」

 マリが満面の笑顔で、カウンターの一角、沙羅の隣に座る。

 程なく、さくらが、冷たいお茶と、沙羅に出したのと同じものをマリの前に置く。

 マリが前後左右、そして上下からも眺め回した後、小さな一切れを口に運ぶ。自分の右頬に自分の右手を当てている。おいしいのサインのようだ。


「沙羅ちゃんも、食べてみたぁ? どぉ……?」

「どぉ……って、おいしいですよ、とても。でも、どこのお店のなの? さくらちゃん」

 沙羅のその言葉に、なぜかマリが微笑む。その笑顔はことのほか嬉しそうだ。

「えへへっ」

 沙羅が単純に疑問を口にする。

「どうして、マリさんが嬉しそうなのかが解りませんけど……」

「そぉ……?」

「そぉですよ」

「誰だって、身内が褒められれば、嬉しいものでしょ? さくらちゃん、今回のもおいしいよぉ」


 マリの親指を立てた右拳が、さくらに向けて突き出された。そのサインに、さくらは照れくさそうに笑う。

 さくらと、マリのやり取りに、交互に視線を向けている沙羅。

「マリさん、それって……」

「それ……ってぇ、これのことぉ?」

 次の一切れを口に運びながら、マリが笑う。


「そうですよ。それって、もしかして、さくらちゃんが……?」

「そぉだよぉ。さくらちゃんのお手製。あれっ、さくらちゃん? この新作は沙羅ちゃんが今日ここに来るから、用意してあったのかな?」

 マリが悪戯を思いついた子どものような瞳で、さくらを見上げる。

 一方の沙羅は、ジト目でさくらを見上げている。

 ふたりに見上げられ、一歩引き下がるさくら。


「これ、作ったの、昨日の夜ですよ。沙羅さんが、今日ここに来られたのは、ホントに偶然ですって。いくら魔法使いでも、未来のことの予知なんてできませんよ」

「ホントかなぁ?」

 マリはより一層、悪戯っ子の瞳を輝かせて、そう言いながら笑った。

「マリ姉も、その目つきやめてください」

「昨日の夜、作った……って、さくらちゃん? 今日のテストは?」

「はい、まぁ、なんとか、そこそこ……」

「なんだか、歯切れが悪い返事だなぁ? ホントに大丈夫だったの? こんなことばかりしてて……。でも、本当においしいけど……」


 今までジト目で見上げていた、沙羅の瞳が、少しだけ優しくなったように見えた。心配してくれているのだろう。

「沙羅ちゃん? そんなに心配しなくても大丈夫だよぉ……」

 それまで、おとなしくケーキに手を出していたマリが言う。

「大丈夫……って、マリさん? お店としての魔桜堂まおうどう大事だいじですけど、高校最初の期末テストですよ。結構大切なことだと思いますけど……?」


「ホントに沙羅ちゃんは、今日ここで会うまで、さくらちゃんのこと知らなかったみたいだねぇ……?」

 マリの悪戯っ子の瞳が、今度は沙羅を捉えた。まっすぐに見つめられてうろたえている。

「さくらちゃんには、わたしが小さい頃、会ったことがあるって、母からは聞きましたけど……、わたし全然覚えてなくて。でも、それとこれと、どう関係が?」

「うん。そこまで小さい頃の話は関係ないかなぁ……?」


 マリが、そう言って笑う。

「関係ないって、ヒドいですよぉ、マリさん。だって、わたし、さくらちゃんとは、クラスも違ったし、知り合うきっかけだってなかったですよ。それに、さくらちゃん、こんなにかわいいのに、クラスの男子たちの話題にも出てきませんでしたし……」

「うん、まぁ、この際、かわいい……っていうのも置いておくけどねぇ。さくらちゃん、高校入って、最初のテストの成績って、これだよぉ……」

 マリの左手が、沙羅の目の前に出された。

 指が二本立てられる。


 沙羅が両手を、両頬にあてて、声にならない叫び声をあげている。まるで有名な絵画のポーズ。暫くそのポーズのまま固まっていた沙羅が、ようやく声を出した。

「えっ? 二本……て、二番てこと? クラスで?」

 マリが、その沙羅の言葉には、首を横に振る。

「ええええぇっ、うっそぉぉぉっ」

 今度は首を縦に振るマリ。

「さくらちゃんたら、そんなに頭いいの? それも魔法の?」


「さくらちゃんは、そんなことに魔法は使わないよぉ。どんなことでも、精一杯、努力する子なんだよぉ」

 マリに言われて、沙羅が首をすくめる。

「うん。ごめん、そうだった。さくらちゃん。つい……」

「沙羅さん、気にしない、気にしない」

「ありがと……。でも、どうして言わなかったのよぉ?」

「どうして……って、別に自慢することでは……」

「あうっ、生意気なっ」

「がんばって、勉強したら、二番でした……」

「あううっ、裏切り者ぉ」

「学年で……」

「あうあうっ、すっごいイヤミだぁ……」


 さくらと沙羅が、真剣な表情で言い合う。

「だいたい、こういう雰囲気になりますよね?」

「うん、そうだね」

「はいはい、漫才はそのくらいにしてほしいなぁ。それより、さくらちゃん? しのぶさんが呼んでるよぉ」

 マリの無愛想な声に、ふたりが揃って振り向いた。


 ケーキを食べながら、マリが魔桜堂のモニターを指していた。

「あら、マリちゃんは不機嫌のようだけど? なにかあった?」

「なんにもありませんよぉっ」

 しのぶが、頬を膨らませて返事をするマリを、揶揄からかうようにモニターの中で笑っている。

「そぉ? それならいいけど……」

「そぉですよぉだ」


「まぁ、マリちゃんのご機嫌は、あとでさくらちゃんに面倒見ておいてもらうとして、沙羅ちゃんの歓迎会、七時に始めるからね。さくらちゃん、ふたりを連れてくるのよ」

 モニター越しのしのぶは、マリと沙羅の顔を交互に見て、それからさくらを見ては笑っている。

 その様子を、今度はさくらが見て、しきりに首を捻る。


「しのぶさん? マリ姉のご機嫌って。それに、七時からって、さくら亭、まだ終わってませんよね?」

「さくらちゃんは、こういうことには疎いわね。マリちゃんのは、ただのヤキモチよ。沙羅ちゃんに対して……ね」

「ち、ち、違いますぅっ」

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