第21話 ホントに想像できない……
「行きましょうか?
「あっ、う、うん……」
さくらに返事はしたものの、商店街の買い物客のあまりの多さに、中に踏み込んで行けずにいる沙羅。
その沙羅の様子を見て、さくらが気遣う。
「沙羅さんでも、もう、簡単に入っていけるはずですよ。
「簡単に入っていけるはず……って、この、たくさんのお客さんの中を?」
「はい。魔桜堂の建物自体が持つ魔力が影響してますからね。魔桜堂が見えてる人と、そうでない人とでは、魔桜堂一軒分だけ距離の感覚が違う……んですけど」
さくらがそう言って、沙羅の顔を覗き込んだ。
沙羅は、未だに疑問に満ちた表情を浮かべ、しきりに首を捻っている。そんな沙羅の右手に、不意に別の温もりが加わった。さくらの手だ。
「だいじょうぶですから、一歩、踏み出してみてください」
さくらからの言葉と共に、手を繋がれたことで、沙羅の頬が
沙羅は、自分の頬が染まっているのを、さくらに悟られないように、必死に下を向いたままついていく。
「さくらちゃんたら、女の子なのになぁ……。背はわたしとかわらないけど、わたしなんかよりも、ずっとかわいいからかなぁ……。こういう強引なところは男の子みたいで、頼り甲斐があるけど……」
などと繋がれた手の感触を感じながら、さくらを見つめる。
沙羅の視線に気づいたらしく、さくらが振り向く。今度はさくらが首を捻る番のようだ。
「どうかしましたか?」
「あっ、なんでもないよ。さくらちゃんはホントに何でも、よく気が
「そうですか?」
「そうですぅっ。そんなに気を使いすぎると、いつか疲れちゃうわよ」
沙羅が自分の動揺をごまかすかのように、さくらのことを心配しているような言い方をする。実際に心配しているのは事実なのだが、それを口にしてしまうと、さくらがもっと気を使ってくれるだろうことはわかっていた。
「年も同じなんだけどなぁ……。さくらちゃんは、学校以外、毎日、おとなの世界にいるからかなぁ……。今のわたしには嬉しいけど、さくらちゃんにとっては、迷惑だったりするのかなぁ……」
「沙羅さん? つきましたよ」
「へっ? あっ、ホントだ……」
「ホントだ……って、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いですか? なんとなく、顔も紅いですし……」
「あっ、うん、ホントに大丈夫っ。さくらちゃんには心配かけどおしだね。それより、マリさんの仕事、見せてくれるのよね? 行こ、行こっ」
未だ心配そうな顔をしているさくらの背中を押して、ふたりは魔桜堂に入っていった。
沙羅が魔桜堂の入り口を振り返る。入り口の向こうでは、今も多くの買い物客が商店街を歩いている。
「ねぇ、さくらちゃん? あのお客さんたちって、ホントにこの魔桜堂がみえてないのよね?」
「そうですね。この現代社会で魔法を信じてる人って、それだけ貴重な存在かもしれませんね……」
「でも、それだと、魔桜堂が続かないでしょ、お客さんが来ないと。わたし、今日初めてここに来たけど、もう、すっかりお気に入りなのよ。次、来たときに無かった……なんての、イヤよ……」
「沙羅さんが、このお店を気に入ってくれて嬉しいですね。でも、今、この魔桜堂は、お店として開けてないって言いましたよね?」
「あっ、そうか。病院に行く前に、そんなこと言ってたね?」
「しのぶさんたちが、学校行くのが優先だ……って、交代で、お店番してくれたり、
「マリさんも?」
「マリ
そう言って、さくらが視線を向ける。沙羅も、その視線を追うようにして振り返る。
「ん? あれは……何?」
沙羅が、この魔桜堂の店内には、少し不似合いなものを、さくらの視線の先に見つけて尋ねた。
そこには、シルバーグレイの金属製の箱が置かれていた。光沢のない外観にもかかわらず、ほんのりと桜色の店内では、少しだけ浮いた感じの存在感を漂わせている。
「あぁ……、あれ、マリ姉の工具箱です」
「マリさんの天才っぷり……って、これのこと?」
沙羅が奥の席に近づいて、工具箱をじっと見つめてみる。
「これ……、中、見たら、マリさん、怒るかなぁ?」
「沙羅さん、興味あるんですか? 少し待ってくださいね。今、下ろしてあげますから」
さくらが、沙羅のそばまで近づいてきた。
「これくらいなら、自分でできるよ。ん?
「沙羅さんのような、華奢な人には無理だと思いますよ。マリ姉だって自分では下ろせませんもの」
「マリさんたら、やるなぁ……」
さくらが、何事もなかったかのように、それも、いとも簡単に、工具箱をテーブルの上に下ろしながら聞き返す。
「何か言いました? はい、見終わったら言ってくださいね。片付けますから」
「あっ、ありがと……って、さくらちゃん? 今、魔法使った? 軽々と下ろしたように見えたけど。こう、ひょい……って」
「魔法ですか? いえいえ、これくらい、いつものことですから」
「いつもの……って、さくらちゃん? わたしと体格だって代わらないよね? さくらちゃんのがどっちかって言えば細いのに、どれだけ力持ちなのよ?」
沙羅は、大きな瞳を、丸くして驚いている。
「そうですか? でも沙羅さん……? 人は見た目で判断してはいけないって言われてますよ」
「いやいや、そぉだけどさぁ……。それにしてもさぁ……」
それでも、沙羅の驚きの表情は変わらない。そんな沙羅の様子を見て、さくらが小さく笑っている。
「沙羅さん? お茶、飲みますか?」
「あっ、う、うん。ありがと……」
魔桜堂のカウンターの中で、お茶を煎れる準備をするさくらを、沙羅の視線が追う。
グラスに伸びた、さくらの色の白い、細い指につい見とれながら、沙羅は小声で呟く。
「さくらちゃんだって、あんなに細いのになぁ。肌だってわたしより色白だし。それに、長くて、綺麗な指して……。どうして、わたしったら、女の子のさくらちゃん見て、ドキドキしてるのかなぁ?」
自分の呟きに自然に頬が紅くなっていくことに、またも気づく沙羅なのだった。
「沙羅さん? ホントに、具合悪いとかではないですか?」
さくらの言葉に、我にかえる沙羅。
「へっ? ど、どうして?」
「どうして……って、沙羅さん、先ほどから顔が紅いですよ」
「そ、そうかなぁ……?」
「はい」
さくらが心配そうに、カウンター越しに沙羅の顔を覗き込む。未だに、頬を紅潮させている沙羅。慌てて両手を自分の頬に当ててみる。確かに熱を帯びているのを感じていた。
「でもね、さくらちゃん? 具合が悪いわけではないの。わたしにも原因がよく解らなくって……」
「そうですか? でも、何かあったら言ってくださいね」
そう言いながら、沙羅の前に、冷たいお茶の入ったグラスを置く。
「うん、ありがと。あ、そんなことより、マリさんの天才っぷりを見せて貰うんだったわ。ね、さくらちゃん?」
沙羅の大きな瞳がキラキラと輝いている。今まで頬を紅くして、俯いていたのとは別人のような反応を見せている。
さくらは優しく笑いながら、沙羅の様子を見つめている。
「沙羅さん、ケーキ食べます……?」
さくらが突然、そんなことを言い出した。沙羅に背中を向けて、冷蔵庫に手を伸ばす。
「さくらちゃん? 話が噛み合ってないよ。でも、食べたい……です」
沙羅の返事を待っていたかのように、冷蔵庫の隣に設置されていた、モニターが光りだした。それとほぼ同時に、見慣れた顔がそこに映し出されていく。
そして、もう聞きなれた声。
「さくらちゃん、今から行くよぉ……。いつものあるぅ?」
さくらが答える。
「マリ姉、タイミング良すぎですよ。いつものでいいですか? 用意しておきますけど」
「いつものでいい……? って、今日は新作もあるのぉ?」
「はい、今、沙羅さんにお出ししたところですけど」
「だったら、わたしもそれがいい。すぐに行くからねぇ……」
画面の中の声がそう言うと、モニターの電源が落ちた。魔桜堂が再び落ち着きを取り戻したようにみえた。
ほんの少しだけ時間が経過する。
沙羅が初めに話し出した。
「さくらちゃん、今のマリさんだよね……?」
「はい」
「モニター越しに話してたよね? さくらちゃんと、ケーキのこと……」
「はい」
「さくらちゃん、スマホとか使ってなかったよね?」
「はい」
「これって、マリさんとだけ話せるの?」
「商店街のお店には全部にありますよ。しのぶさんとも話せますし。勿論、拳さんのお店とも……」
「もしかして……、マリさんが考えたって言うの?」
「想像できないですか?」
沙羅が大きな瞳を、いっそう丸くして驚いている。
「ええええっ、あのマリさんが? あの小さくてかわいらしいマリさんが?」
「はい」
「ホントに想像できない……」
さくらが苦笑しながら、説明を加えていく。
「これで、さくら通り商店街がすべて繋がってます。システムの管理も保守もマリ姉が担当してて、商店街用の備品の注文とか、会合の召集とか、緊急連絡とか……、このモニターに音声で入力できるようになっています」
「でも、あのマリさんの外見からは、まったく想像できない……」
沙羅が驚き半分、感心半分という表情をしている。
「あぁ、また、そぉゆうこと言ってぇ。沙羅ちゃんたらぁ」
魔桜堂の入り口から聞こえてきた声に沙羅が振り向いた。
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