第20話 魔法使い、恐るべし……って

 大通りの交差点を越えて、ふたりが、さくら通り商店街の入り口に立ったのは、午後五時をすぎたばかりのことだった。

 大通りの商店街以上の、混雑ぶりに沙羅さらが目をみはっている。


「病院に行く前は、お客さん、こんなにいなかったわよね?」

「商店街は、夕方が一番忙しいですからね。人ごみ……、ダメですか?」

 並んで立っていた沙羅が、となりのさくらの顔を、まじまじと覗き込んできた。

「なんですか? 沙羅さん?」

「さくらちゃんが、気を使いすぎてくれているのには、もう慣れたわ」

「気を使ってるつもりは……」

「ホントにもう……」


 沙羅が、やれやれという表情と仕草を、さくらの前でしてみせる。

 そんなふたりのやりとりを見つけて、商店街入り口に建つ店から声がかかった。

「おかえりぃ、さくらちゃん。沙羅ちゃんは、連れてこられた?」

「はい」

 さくらが声のしたほうを、返事とともに振り向く。そこには、多くの買い物客に飲み込まれる寸前のマリの姿があった。

 しかし、さすがに小さいころから、この商店街で生活してきたマリは、うまく人ごみの間を縫うようにして、さくらたちの前にたどりつく。


「沙羅ちゃんも来てくれたねぇ。おかえりぃ……」

「はい、あっ、あの……」

 沙羅が返事に困り、さくらの顔を見る。

 さくらも、それには気づいたようだ。沙羅に対して優しく微笑む。


「ただいま……で、いいと思いますよ」

「そぉだよぉ」

「はい。マリさん、ありがとうございます。ただいま戻りました」

 さくらとマリの言葉に、素直に沙羅が頷く。

「沙羅ちゃんが来るの、商店街の全員で待ってたよぉ」

 マリにそう言われて、沙羅が買い物客で賑わう、さくら通り商店街を改めて見回した。


 買い物客の相手が途切れたときを見計らって、あきらかに、さくらたちに向かって手を振っている、商店街の面々。

「さくらちゃん、お店の人たちのあれって?」

「勿論、沙羅さんを歓迎してのことですよ」

「えっ、わたしのことなの? さくらちゃんに向けられたものだとばかり……。だって、ここの殆どの人、わたしのこと知らないでしょ?」


「沙羅さんが、魔桜堂に来られたときには、商店街の人たちは知らなかったでしょうけど、たぶん、しのぶさん……。いえ、商店街を走り回らされたのは、けんさんかな? 魔桜堂にあった、沙羅さんのお母さんの写真を持って。だから、今はきっと、全員が沙羅さんのことを知ったうえで、手を振ってくれてると。手ぇ、振り返してみたらどうです? ホラ、あそこ……」


 さくらが、沙羅を促す。その先には、店先で大きく手を振っているおとなの姿。

「沙羅ちゃんだったな。ようこそ、この商店街へ。店、終わったら、さくら亭でなぁ」

 沙羅にも、はっきりと聞き取れるくらいの、大きな声で迎えられていることに、驚いてさくらを振り返る。

「ねっ、ホントだったでしょ?」

 そう言って、さくらが笑った。

 隣で、一緒にマリも笑っている。


「始まるまで、もう少し時間がかかると思うから、沙羅ちゃんは、さくらちゃんと魔桜堂まおうどうで待ってるといいよぉ……」

「マリさんは?」

「わたしも、もう少し、お店手伝ったら魔桜堂に行くよぉ。だから、魔桜堂で待っててくれると嬉しいなぁ。さくらちゃん、沙羅ちゃんのこと頼んだわよぉ」

 マリはそれだけ言うと、またしても買い物客をうまくよけながら自分の店に戻っていった。


「マリさん、あの性格でお店の手伝いしてる……の?」

 沙羅が不安そうに聞いてきた。

 極度の人見知りだと言っていたマリが、店で買い物客の対応をする姿を、沙羅はどうしても想像できずにいたのだ。さくらも、沙羅の心配していることを理解したようだ。

「マリ姉は、あんなですから接客まではムリですよ。だから、その分、裏方に徹してるんです」


「裏方……? あの体格だと、力仕事にもムリがあると思うけど……」

 そう言いながら、しきりに首を捻る沙羅。沙羅の素振りを見て、さくらは思わず笑いだす。

「わたし、今、おかしなこと言った?」

「あっ、そういうことでは……。マリ姉がお店の手伝いをしてる姿って、どうにも想像できないですよね?」


「えっ? わたし、そこまで言ったつもりはないけど……?」

「そうでしたか?」

「うん。いや、ごめん。想像できない……って思った。マリさんには悪いけど……」

「それが、マリ姉を知っている人の普通の反応ですから……」

「そうよね? うーん……」


「気になりますか?」

「ええっ? わたし、そんな顔してた?」

 沙羅が大袈裟に両手を振って否定している。

「そうかなって、思っただけですけど?」

 さくらは、沙羅の行動とは反対に、落ち着いた優しい笑顔である。

 思わず、さくらの笑顔に、見とれてしまった沙羅。


「さくらちゃん? 魔法使い、恐るべし……って感じよ」

「そうですか? 沙羅さんの反応を見てたら、なんとなく、わかりますけど」

「それって、解りやすい……って、単純……って、ことなのかなぁ? さくらちゃん?」

 そう言うと、沙羅は頬を膨らませて、さくらを下から見上げる。


「いえ、そこまでは言ってないですけど、いいことだと思いますよ。解りやすいって、素直ってことじゃないですか?」

「ついに白状したわね? さくらちゃん?」

「あうっ……」

 今度は、さくらが、大慌てで首を横に振っている。


 すっかり立場が逆転したことで、ふたりで揃って笑い出した。

「沙羅さん? 魔桜堂に行きましょうか? マリ姉の仕事のことも解りますから」

「どうして、魔桜堂なの? まぁ、さくらちゃんが、そう言うなら、間違いないだろうけど……」

「はい、マリ姉の、天才っぷりを見ることができますよ」

「うわぁ……、マリさん、そんなに凄いことしてるんだぁ?」

 もともと大きな瞳を、もっと大きくして驚いている沙羅がいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る