第12話 なっ、なんでもないよぉ……

 しのぶがけんを引きずるようにして、魔桜堂まおうどうから出て行くのを見送り、ひとしきり笑いあった後で、さくらがマリと沙羅さらに声をかけた。


「お二人とも、今、お茶を煎れますから、こちらにきませんか?」

「うん、そぉだねぇ。沙羅ちゃんもそぉしよぉ。さくらちゃんが煎れてくれるお茶、おいしいのよぉ」

「あっ、はい……」


 魔桜堂の淡いさくら色の店内を、見渡していた沙羅の背を押し、並んでカウンターの席に座る。

 沙羅が大きな瞳を輝かせながら呟く。

「ふわぁ、マリさん、マリさん。こうして見ると、このお店って、とてもすてきなところですね」

「そぉでしょぉ。ここは、わたしたちのお気に入りなのぉ」

「はぁ……」

「それからね、ここは、商店街の人たちにとっても、憩いの場所にもなってるんだよぉ」

「はぁ……」

「みんな、さくらちゃんのところでひと休みしてぇ、その日の残りの仕事をがんばるのねぇ」

「はぁ……」

 沙羅の口からは、同じ言葉しか出てこなかった。


「それから、自分たちのお店が終わったあとに、今度はね、しのぶさんのお店に集合するのぉ。そこでは、お父さんたちの会合があってぇ」

「はい……って、それにさくらちゃんも出てるの?」

 沙羅がカウンター越しに問いかける。そこには、煎れたばかりのお茶のカップを持つさくらが立っていた。

「会合にですか? ええ、出てますよ。いちおう、この商店街の営業会議とか運営会議の名目なので……。でも、おとなの人たちは、反省会だって言いながら、お酒飲むんですけどね」

「あっ、ホントの目的は、そっちなのね。でも、そういう賑やかなのっていいよね」

「そうですね」

 さくらがふたりの前に、カップをそっと置く。


「でも、どうしてさくらちゃんまで、そんなおとなな世界に混ざってるの? この魔桜堂の店主さんだから?」

「わたしもいるよぉ」

「マリさんは、わたしたちよりも、おとなな人ですから、混ざっててもいいと思います。とてもそんな歳には見えませんけど……」

「えへへ……」

「マリねえ、今のは、褒められたわけではないと思うけど」

「そぉ……?」

「はい」

「言われ慣れてるからいいもん。さくらちゃんのいじわるぅ」

「はいはい」


 さくらが、マリからの反撃をかわしつつ、沙羅との話を続ける。

「今は魔桜堂の店主ですけど、おとなの世界に混ざってる訳ではないんです。しのぶさんが、夕飯を用意してくれてて。ひとりで住んでると、きっと手を抜くからって……」

「ひとりで住んでるの? ここに?」

「はい、母が亡くなってからですから……、もう半年になりますよ」

「えっ? 志乃しのさんのことは、さっきマリさんから聞いたけど、お父さんは? 一緒に住んでないの?」

「はい、父は記憶にも残ってなくて。それくらい小さい頃に、母と離婚したって聞きました」


「そうなんだ……」

「はい」

「ごめんなさい。わたし、また余計なこと言ったよね」

「気にしないでください。もう、ここでのこの生活にも慣れましたし。それに……」

「それに……?」

「この商店街で、しのぶさんや拳さん、マリ姉たちといると、寂しいって感じてる暇なんてないんです」


 さくらが、そう言いながらも少しだけ、視線を落としたのを見逃さなかったマリが、さくらの前で少し拗ねた素振りをしながら聞いてきた。

「さくらちゃん? わたしが一番じゃないのぉ? しのぶさんたちの次なのぉ?」

「もぉ、はいはい。もちろん、マリ姉には感謝してます」

「あぁっ、なによぉ、そのついでみたいな返事はぁ?」

「このとおり、ここでマリ姉たちと一緒だと、退屈しないんですよ。本当です」

「ごめんね」


 いつまでも、謝り続ける沙羅を見かねて、今度はさくらから聞いてみた。

「ところで、沙羅さんのお母さんが、この魔桜堂のことを覚えてたのが不思議なんですけど」

「うん、そうだよね。魔桜堂のことは教えてくれたのに、志乃さんやさくらちゃんのことを、魔法使いだとは言わなかったし……」

「はい」

「お母さん、今、具合悪くて、マリさんの通ってる大学の付属病院に入院してるの……。わたし、毎日学校が終わってから病院に行ってて、昨日そこで、志乃さんがお友だちだって初めて聞いたのよ」

「そうですか……」

「うん、それで、一度訪ねてみなさいって、この商店街のことを教えてもらったの」


 今まで静かに聞いていたマリが、ふしぎそうな顔で沙羅に問いかける。

「でも、沙羅ちゃん? お母さんにそう言われただけで、どうしてここにこようって思ったのぉ?」

「そうですよね。わたしもそれが不思議なんですけど、母の真剣な眼を見てたら、どうしてもここに来ないといけないような気がして……」

「そぉなんだぁ。あれぇ? 入院してるっていうお母さん、どうかしたのぉ?」

「はい、それが……、原因もまだ判ってなくて、その検査のための入院だって言われてるんですけど……」


 沙羅の話を聞くうちに、さくらとマリが、揃って顔を見合わせ始めた。

 ふたりの様子を、不思議に感じた沙羅が聞き返す。

「どうしたの? ふたりして? さくらちゃん……?」

「なっ、なんでもないよぉ……」

 沙羅に返事をしたのは、慌てた素振りのマリだった。

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