第11話 魔法の道具ってなんのこと?

 沙羅さらの口から出た、魔法を信じてないという言葉を受けても、マリが怯むことはなかった。


「でもぉ、沙羅ちゃんのお母さんは、魔法のこと、信じてくれてるみたいだよねぇ……」

「わたしのお母さんが? どうしてですか?」

「さっき、さくらちゃんが言ってたでしょぉ。魔法を信じてない人たちは、魔桜堂から外に出ると、ここの記憶も残らないようになってるってぇ」

「はい、そうでしたね」

「でもねぇ、沙羅ちゃんのお母さんは、魔桜堂のこと覚えててくれたんだよぉ。だから、沙羅ちゃんは教えてもらえたんだと思うんだ」

「そうか。お母さんは、魔法の存在を信じてるから、ここをわたしに教えることができたんだっ」

 マリの答えに、漸く納得したのだろう。沙羅が、ひとり頷く。


 しかし、その隣には、沙羅とは違う反応をしているしのぶがいる。

「沙羅ちゃんのお母さんは、ホントにここのお客さんだったのかしらね? 志乃さんのこと、お友達だって言ってたんでしょ?」

「はい、母からはそう聞きました……」


 しのぶは考え込みながらも、さくらに聞いてきた。

「さくらちゃんは、志乃さんのお友達って聞いたことないの?」

「母のですか? 魔桜堂まおうどうに来たことがある人だったら、お友達なのかお客さんなのか、見ててわかると思いますけど」

 さくらまでしのぶと一緒になって考え込んでいる。


「わたしはね、沙羅ちゃんにどこかで会ってる気がしてて。うーん、思い出せないなぁ」

「しのぶさんの記憶力の凄さは知ってますけど……。沙羅さん、この商店街にきたのでさえ、初めてみたいですよ。学校ではお会いしてるはずですけど……」

「そうなの? 沙羅ちゃん?」

「はい、母が、ここに行ってみなさい……って、教えてくれなければ、この商店街さえ知らないままだったと思います」

「そうかぁ。わたしは誰と勘違いしてるのかな?」


 しのぶの表情は、未だに疑問が浮かんでいるように見える。

 魔桜堂の中に、少しだけ静かな時間が流れた。


「あのね、さくらちゃん、聞いてもいいかな?」

 沙羅が申し訳なさげに、さくらに問いかける。静かな時間の流れに耐えきれなくなったのだろう。

「なんです? 沙羅さん」

「うん、さっきマリさんが言ってた、魔法の道具ってなんのこと? お母さんはそれを使ったのかな……?」


 沙羅から、その言葉を聞いて、さくらが魔桜堂の片隅に置かれている雑貨のひとつを手にとった。

 小さなさくらの掌に乗るくらいのそれが、そこで淡いオレンジ色に光りだす。

「わぁ、きれいな光ね。それが魔法の道具なの?」

「そぉだよぉ。この子はねぇ、普段は電力を供給して、真空管を使ったアンプになってるんだけどぉ、代わりにさくらちゃんが魔力を供給してあげると、魔法の道具に変わるんだよぉ」

 さくらの代わりに、得意げに答えたのはマリだった。


「アンプ? それって、どういう……、なんだかよく解らないです」

 マリの説明を聞いていた沙羅が、疑問を浮かべている。そして。

「マリさんは、どうしてそんなに詳しいんですか?」

「えへへっ、だってぇ、それ、わたしが作ったんだよぉ」

「えぇっ? これ、マリさんがですか?」

 沙羅の疑問は着実に増えているようだ。


 その様子を見ていたさくらが、説明を加えてくれた。

「マリ姉は大学で電子工学を専攻してて……、最先端の技術が専門だって言ってますけどね。これは、マリ姉が息抜きって言いながら、古くからの技術と部品で、いろいろなものを作ってくれるので……。せっかくですから、魔力を加えて魔法道具として利用できるようにしてみたんです」

「さくらちゃんたらぁ、この子たちのことをついでみたいに言わないでよねぇ。この子たちの設計は、全部さくらちゃんが考えてくれたんだしぃ。部品揃えるのもついてきてくれたしぃ。この子たちが活躍できる場所だって、用意してくれてるじゃない」

 そこまで、一息に話し終えたマリが思わず涙ぐんでいる。


 その様子に慌てたのが沙羅だった。慰めるようにマリに声をかける。

「さくらちゃんも、ついでだなんて考えてないですよ」

「そぉかなぁ……」

「そうですって。それにしても、この淡いオレンジ色の光ってきれいですね。それになんだか暖かい……」

「そぉでしょ? その、オレンジ色に光ってるのが真空管なんだよぉ。もう何世代も前の電子部品なんだけど、今でもまだしっかりと使えるんだぁ。でも今は、この子たちのことじゃなくて、魔法の道具のことを教えてあげないといけないよねぇ」


 マリに言われて、さくらが続きを話し出した。

「この魔桜堂に置いてある雑貨たちは、すべてに魔力が加えられてて、その時、必要としている人だけが見つけられるようになってます」

「必要としている人たち……って? 誰もが魔法を使えるみたいに聞こえるけど?」

「うん、わたしたちも生涯で一度だけ、魔法の道具の力を借りて魔法が使える時があるんだってぇ」

「一度だけ?」

「うん、さくらちゃんは、ホントの魔法使いだから、いつでもどこでも使えるんだけどねぇ」


「世間で奇跡が起きたって騒がれる現象は、その殆どに魔法が使われたんだって、さくらちゃん……、言ってたわよね?」

 カウンターの奥で、未だにだらしなく伸びているけんをつつきながら、しのぶが独り言のように呟いた。


「はい。普通ではありえないことが起こるのが奇跡なのだとしたら、そのほとんどに魔法使いが関係してると思います」

 さくらが答える。

「さくらちゃん、わたし、このまま拳さんを連れて帰るから、あとよろしくね。沙羅ちゃんの話、しっかり聞いてあげるのよ」

「しのぶさん、帰っちゃうのぉ……?」

 マリは不安そうだ。

「そうよ。拳さんをこのままにしておいたら、あなたたちが、魔法の話をするのに邪魔になっちゃうでしょ。それに、拳さんの傷は、さくらちゃんが治してくれたみたいだしね。さくらちゃん、魔法を使ってたもんね」


 拳をたたき起こす、しのぶの姿を、揃って見つめていた三人が、おもわず吹き出した。

「さくらちゃん? あの……」

「はい?」

「うん、拳さんて、わたしたちの高校の先輩で、生徒会長だったのよね? それも……」

「喧嘩無敗のぉ」

 すかさずマリが、沙羅からの問いかけに答えを返す。


「そう、それそれ。でも、マリさんが言うと、あまり強そうに聞こえませんね? 実は本当に自称?」

「どぉ思う、さくらちゃん?」

「拳さんの名誉のためだから言いますけど。勝てないのは、しのぶさんにだけで、本当に強いらしいですよ。ね?」

「さくらちゃんたら、それ……、誰に聞いてるのよ」

 ここまで言って、またも三人で笑いあった。

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