第2話 落ち着けるから好きなんですけど

 しのぶとマリ、ふたりに引きずられるようにして連れてこられたのは、さくら通り商店街の右側五軒目、大きな桜の樹の下に、隠れるようにひっそりとたたずむ、一軒の古びた店舗だった。

 その店同様に古い看板には、どうにか読めるくらいの文字が刻まれている。


     【魔桜堂まおうどう


 どうやら、そう書かれているようだ。


 賑わっている商店街の中で、この店の前だけは、誰ひとり足を止めることがなかった。まるで最初から、そこには何も存在していないような雰囲気を漂わせている。

 三人が、そのひっそりとした魔桜堂の入り口をくぐり、中へと入っていくが、それに続く、ほかの人影は見当たらない。


 さくらたちが入った魔桜堂の中は、外見の古びた造りとは反対に、きれいに整理されていた。店の内壁はほんのりと桜色。照明は少しだけ明るさが落とされているが、窓から差し込む自然の明かりがあり、寂しさを感じることはない。

 店内の一角には、数十点の雑貨が置かれている。そして歴史を感じさせるような木製のカウンターには、数枚の写真が飾られていた。それにテーブルと椅子。


 カウンター席に先に座ったしのぶが、さくらに話しかける。

「きっと、さくらちゃんは、『今日は早く帰ってきたから、お店番しよっ』とか考えてたんでしょっ」

「はい、勿論そのつもりでしたけど……。まだ怒ってるんですか? 拳さんのこと」

「当然でしょっ。あのセクハラ親父ときたら。そうだ、もう一発、ぶん殴ってきてもいいわよね? トドメ刺してこようかしら?」

 しのぶが物騒なことを言いながら、席を立つ。


「マリ姉、助けてください。しのぶさんがホントに、拳さんのところに行こうとしてる。もう許してあげましょうよ。拳さんも反省してますって」

 さくらが必死になって、しのぶを制止していたが、助けを求められたマリまでも。

「さくらちゃんの頼みだから、聞いてあげるけどぉ。しのぶさん? さくらちゃんが困ってますよぉ。でもさぁ、さくらちゃん? 拳さんたら、わたしの胸を見てペッタンコだって言ったんだよぉ。確かにしのぶさんほど大きくないけどぉ、酷いと思わない? わたしのだって、これから大きくなるわよね、きっと」

「マリ姉まで、そんなこと。もう、拳さんのばかっ」

 さくらが魔桜堂の天井を見上げて、大きなため息とともに、愚痴をこぼした。


「そうだ、お茶、淹れますから、しのぶさんもマリ姉も少し落ち着きましょ」

 ふたりの怒りの矛先を変えようと、さくらはそう言いながら、カウンターの中に入っていく。

 手際よく、お湯を沸かし、ふたり専用のカップをそれぞれ用意する。

 その様子を見て落ち着きを取り戻したのか、ふたりは、さくらの前にカウンター越しに並んで座りなおす。


 ふたりの前に淹れたばかりのお茶を、さりげない仕草で差し出すさくら。

「さくらちゃん、ごめん。拳さんの所為せいなのに。マリちゃん? それにしても、今日はこの時間にさくらちゃんが帰ってきてくれててよかったわ」

「そうです、全部、拳さんの所為ですよぉ。さくらちゃんにとっては迷惑だよねぇ?」

「そんなことないですよ。今日でテストが終わったので、帰ったら魔桜堂ここは開けようと思ってたんですから」

 そう言って、さくらがやわらかく微笑む。


 しのぶが、さくらの用意してくれたお茶を飲みながら、カウンター越しに話しかけた。

「でもさぁ、せっかく早く学校が終わっているのに、一日中お店番してるのってさぁ、今時の高校生としてはどうなのよ?」

「どう……って?」

 さくらは、しのぶからの質問に首を捻る。その様子に、しのぶが苦笑する。

「なんだか、高校生の放課後とは違うような気がするのよね。もっとさぁ、お友だちとかと遊んだりしないのかなって。そっちのが、今時の高校生らしいって思えるのよね。マリちゃんだって、そう思うでしょ。さくらちゃんの将来が心配になんない?」

「そりゃ、心配ですけどぉ……。わたしは、魔桜堂ここにさくらちゃんがいてくれる、今みたいなほうがホントはいいんですよ」

 ふたりのためらいがちな会話に、さくらまでもが苦笑している。


「おかしいですか? 魔桜堂ここでこうしているのが、落ち着けるから好きなんですけど……」

 さくらのこの返事が、本心からのものだというのは、しのぶもマリも理解はしていた。ただ、このふたりを含めた商店街の住人全員が、こんな、内向的なさくらのことを心配してくれているのも事実だったのだ。

「さくらちゃん、もしかして……?」


 マリが、思わずそこまで声にして突然黙り込んだ。

「マリちゃんには、心当たりがあるの?」

「心当たりっていうかぁ……。さくらちゃんは、学校のお友だちとは距離を置いているのかなぁ……って。さくらちゃんが持つちからのことで……」

「そうか、その可能性もあったか? この商店街の住人以外知らないもんね。さくらちゃんが……魔法使いだってことは」

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