第9話 子猫


鈴菜はずっと自分の弱さを恥じていた。親にもいじめられていることを隠していた。先生にも言えなかった。

でも。

失望されるかもしれない、馬鹿にされたり、笑われたり、呆れられたりするかもしれないけれど。

この苦しみを終わらせるためには、自分から動き出さないとだめなんだって、そう気づいたから。



「お母さん、あのね、私、学校で……」




――

その夜、スナック「夏の名残の薔薇」のカンター席には、若い女性客が俯いて座っていた。黒いスーツとボブカット姿はまるで就活生のようだが、年齢は20代後半といったところだ。童顔で丸くて大きな目をした、化粧っ気のない純朴そうな女性だった。

「あんな人だと思わなくて……。でも、私が悪いんです」

力なくそう吐き出した女性に、隣に座る孝子はかぶりを振った。

「あなたは悪くないわ。その相手の人がおかしいのよ」

琉宇那も頷く。

「こんなの見抜けるわけないです。あなたは被害者だと思います」

「それで、その相手の男を……」

幸恵ママがそこまで言ったとき、店のドアがあいて、ベルがいつもより控え目に鳴った。3人と女性客は一斉にドアのほうに目をやった。

「子猫ちゃん……」

鈴菜は初めて来たときと同じように口元をかたく結んで、こわばった体でドアの前に立ち尽くしていた。何も言おうとしない。ママは全てを察した。


さっと目で合図を送った幸恵ママに、琉宇那は頷き返した。


幸恵ママは鈴菜の手を引いて、店の厨房へと連れていった。鈴菜はそれを拒否することなく素直についていった。

もともと洋食屋として建てられたこの店は、スナックにとしては必要以上に厨房が充実していて広かった。

「さあ、ここなら誰にも聞かれないから大丈夫よ」

ママがそう言って鈴菜の顔を覗き込むと、みるみる鈴菜の顔が歪んでいった。

「助けてって言えたのね?」

鈴菜は頷く。

「でも、ダメだったのね」

「親は、私が悪いんだろうって。先生も、うちのクラスにはいじめはないって……。うう……ひっく」

ママは泣き出した鈴菜を抱きしめてやった。

「つらい思いをしたわね。でも、よく頑張ったわ。ちゃんと助けてって言えたんだもの。周りがあなたの頑張りを受けとめる力がなかったのは悔しいけれど、ほんとうによく頑張ったわね。えらいわ。周りに助けを求める力って、大人でも持っていない人も多いのよ。それがどれだけ辛いことか。でも、あなたはそうじゃない。今回力を身につけることができたのよ。よくやったわ」

泣いている鈴菜の頭を撫でて、再び幸恵ママは鈴菜の顔を覗き込んだ。


「あとは、私たちに任せなさい」


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