第24話 昨日の絶望、今日の希望、明日の伝承

「英雄、魔王を打ち倒し!」

「尊き犠牲は多かれど!」

「永き平和の礎に!」

「必ず我らは伝え継ぐ!」

「祖たる火龍の戦いを!」


 大音声の歌を勇ましく響かせ、雄々しく翼を羽ばたかせ、翼竜乗りの軍団は相棒と共に躍動する。人竜一体となって、目でも耳でも圧倒する迫力を生み出して。


 ハイトの父であるイーサンをはじめとした彼らは、姿を見せるなり暴れだした。

 その手段がまた、単純で豪快。

 数人がかりで運ぶ網、その中には鋼の塊があった。超小型の円盤など、下層で襲ってきて返り討ちにした機械の残骸をまとめて包んでいる。全て合わせて相当な重量になるそれを、そのまま大型円盤へと叩きつけたのだ。

 ハイトも用いた即席の武器。しかし規模がまるで違う。

 鋼の巨塊による衝撃は空間全体を震わせる。発生した轟音が激しく耳を打つ。

 しかし円盤は見た目には損傷が皆無だった。流石の強度。堂々とその場に君臨している。

 それでも男達は心折れない。手を緩めず、むしろ気炎をあげて再度突撃しようとしている。


 あまりにも出鱈目な光景。ショトラが大声を上げて笑い出す。


「はははっ。随分と原始的な事だ。それに、また歌なのか」

「おう。こりゃ漁師歌じゃねえぞ。島民皆が騒ぐ祭の歌だ」


 つられたハイトも、場違いに明るい気分で説明した。

 目前で飛んでいるのは父親率いる漁師だけでない。他の地域の翼竜乗りも含まれた、島の総力である。

 そして歌は火龍の功績を讃えるもの。本来ならこの日、騒いで楽しむ祭の最終日に歌われるはずだったものだ。

 だから、この魔王の軍勢と戦う集団を統率するには相応しいのかもしれない。

 魂に刻まれた勇壮な響きは、それだけで心身を支える武器となるのだ。

 ハイトもまた、聞くだけで全身に活力がみなぎってくる。傷の痛みも忘れて歌う。

 が、笑いの収まったショトラに水を差された。


「しかし、歌と気合いだけでは難しいだろう」

「数がいればなんとかなるだろ」

「……無策の精神論か? それだけで勝てる程甘くはないだろう。勿論ワタシも全力を尽くすが」

「ああ。頼りにしてるぜ」

「全く……」


 温かな呆れにハイトは感謝した。改めて二人は足並みを揃える。

 渋々だろうが仕方ない。悪足掻きかもしれないが、無謀な戦いは男の習性なのだ。


 まずは数が多い小型の円盤から片付ける。

 中央からこちらへ向かってきた味方も多い。協力すれば戦力差も縮まるだろう。顔見知りもいるので声をかけ、連携を図る。

 光の嵐の中、こちらの武器は網と熱。

 無理矢理捕まえ、機能停止に追い込む。一度は成功したが、難題。それでも仲間を信じて挑戦する。

 まずは、目の前の一機から確実に。


「そらぁ! 右空いてんぞ、追い込め!」

「合わせるぞ、せぇーのっ!」

「こっちに手が足りない! 誰か来てくれ!」


 空中戦は正に白熱。

 多数の翼竜が円盤を囲み、網をかけて引く。人竜の力を合わせて機械仕掛けの推進力にも対抗し、強引に動きを制御。

 そして怒号と光が飛び交う空中を、人が飛び移って熱する。必要なものは体力と根性と勇気。そして熱を生む龍への信仰。

 円盤撃破が可能なのはハイトだけではない。皆が力を持ち合わせている。

 戦闘が進むにつれ、空間全体の熱量が増し、陽炎がそこかしこで揺らめく。真夏の太陽がそこに出現していた。

 一機、また一機と墜ちていく。

 しかしその間に味方も次々と落ちていく。

 防ぐ事の出来ない光線に撃たれ、負傷者は時間毎に増える。悲鳴と苦痛、流れる血が止まらない。それでも敵戦力を考えれば順調と言えた。

 だから戦意は衰えない。血塗れ傷だらけで飛ぶ。一種の狂気すら纏っていても、根底にあるのは故郷と家族への思い。全員一丸となって、ひたすらに熱を上昇させる。


 一方で、大型を相手取る翼竜乗り達は苦戦の最中にあった。


「おい、駄目だぞこれ! 硬過ぎる!」

「殴り続けりゃいけんだろ!」

「いーや、こんなもん無駄だ。変えた方がいい!」

「あぁん!? じゃあ、どうしろってんだ!?」

「それを考えんだよ!」


 いつしか歌は喧嘩に変化していた。鉄塊を叩きつける音にも負けず、どら声が響く。

 元々の気性に加え、他の集落との対抗意識が強い事も原因の一つか。

 成果が出ていればまた違っただろうが、こうまで苦戦していれば不満は溜まり噴出してしまう。

 こうなれば、余計に勝てる見込みが無くなってしまう。


 事実、光線は着実に命中し味方の数を減らしている。貫かれ、落ちていく翼竜。乗り手共々無事を祈るしかない。

 目を背けたくなるような惨状。

 やはり無理があるのか。


 小型の円盤が粗方片付き次第、次はこの難敵。倒し方を考えねばならない。

 ひとまず付近の円盤は墜とした。あとは反対側だけ。それらは他の者に任せ、作戦会議を開く。


「どうすればアレを止められる?」

「……内部に入り込む手は使えないだろう。さて、外から崩すには……やはり、力が足りないか?」

「どれだけ足りない? どれだけ無理すれば届く?」

「当然のように自分を酷使しようとするな……。無理をすれば解決出来る訳では」

「いいから! 早く教えてくれ!」

「……計算では、破壊は厳しい。熱の方がまだ可能性はある。……そうだな、全員が今以上の熱量を長時間継続して出せるなら、あるいは」


 それは厳しい提案だった。

 既に無理をして、この熱量なのだ。それ以上を長時間など、現実的でない。体が壊れる自殺行為だ。


 だが。

 それがなんだというのか。

 現実的でないのは今更。最初からずっと滅茶苦茶だったではないか。そもそも古代の火龍すら苦戦した相手、矮小な子孫が死の覚悟もなく勝とうなど甘過ぎるのだ。

 深く、大きく、強気に。戦意を高めて、ハイトは笑った。


「なんだ、勝てるじゃねえか」

「キミな、そんなに簡単な話では」

「あ、降りた方がいいか? ……よし、ローズと俺だけで行くわ」

「な!? おい待て!」

「おお、これもいるな。ここまで熱くなるだろうし」


 苦言にもあえて軽口で通す。しまっていた兜を取り出し、文句を言い続ける頭に無理矢理被せた。

 頭の大きさが違うので既に装着している端末の上からでも余裕。すっぽり収まると静かになった。そしてショトラは観念したように、深い息を吐いた。


「……ああ。他に方法は思い付かない。だから、キミ達に任せた」

「おう。任せとけ!」


 胸を叩いて強気に請け負う。

 ハイトは気力に満ちていた。なんでもやり遂げられるような、全能感さえあった。

 更にはいつの間にか戦いを終えて聞いていたのか、周囲の翼竜乗り達からも賛同の声があがる。最低限の処置をしただけの重症者からも。すぐに全員へ伝わり、意思を共有。危険を承知した上で、限界まで士気が高まっていた。


 例え他の方法があったとしても、皆これがいいのだ。

 何故なら、かつての英雄、火龍の血に誇りがある。受け継いだ炎に矜持を持っている。

 だから、それを証明する為になら、いくらでも命を懸けられるのだ。

 例え、破滅の待つ手段だろうと。


 無謀仲間と中央に向かいつつ、ハイトは叫ぶ。


「熱だ! 殴るのは止めて、全員で熱してくれ!」

「ああん!? そりゃ天使サマの指示かぁ!?」

「そうだ! あと、いつも通りじゃ全然足りない! 自分も焼き尽くすぐらいで燃やしてくれ!」

「はん、そんだけの無茶はいるわな! やるぞ、お前らぁ!」

「オオォウ!!」


 全員で大型円盤に取り付く。気持ちがはやって相棒から飛び降りた者もいた。

 そして、点火。

 思い描くのは代々伝わる、火竜の雄姿。象徴する焔。魔王に勝利した伝説。

 集団が一斉に熱を生み出した事で、それぞれが他に負けじと火力を増大させる。周囲の空気に陽炎が揺らめく。

 だが、まだ熱は足りない。それを生む力を補う為に、彼らは声を一つにする。


「英雄、魔王を打ち倒し!」

「尊き犠牲は多かれど!」

「永き平和の礎に!」

「必ず我らは伝え継ぐ!」

「祖たる火龍の戦いを!」


 歌が進むにつれ、ぐんぐんと温度が上昇。

 火龍の活躍を直接伝える、熱源と密接に結び付いた歌なのだ。この場面においては最高の燃料となる。

 過去にない程の熱を生み、幻想の炎は猛る。熱く、暑く、燃え広がる。

 遂には火龍の血を引く彼らの体すら耐えられない程の熱に至った。

 汗は既に出なくなった。肌が変色し、焦げた臭いが鼻につく。内部も焼けて息も炎と化す。

 しかし、苦しみなど欠片も感じられない、威勢の良い声を張り上げ続ける。


「御先祖様は火龍だぞ! こんな温度でへばってられねえよなあ!?」

「おうよ、上等ォ!」

「上等オオオオオオオオォォ!」


 圧する声量。数の暴力。人が繋がり炎が一つになる。

 対するは、暴虐の光線。破滅の光。

 位置が真上だろうと関係無い。射出口が動き、獲物を的確に狙い撃つ。壁や扉からも容赦なく放たれる。


 しかし、男達は健在だった。何事もなかったかのように、事実集中して気付いていないらしく、そのまま熱を発し続ける。

 光線が途中で霧散したのだ。男達の意図ではない。


 それを知るのは、外周部にて見守るショトラだけだ。離れていても熱が届いており、消耗して顔色も悪くしている。

 一人、黙々と戦っていた。

 円盤から調達した様々な油や可燃物。それらを用いて煙を立て、男達を覆い隠す。

 観測の目を阻み、気化した水分、気体の層が光を屈折させる。彼らの熱もまた、自らを守っていたのだ。


 無謀と止めていたショトラも、今はこの作戦を成功させるべく全力を尽くしている。

 彼らの生が生んだ熱は、作られた光ごときに負けない。そう、信じた。

 信じて、自らも行動を急ぐ。

 手早く円盤を分解し、更に重要部品を抜き取る。そして投げては起爆。炎上。更なる熱を呼び起こした。

 貴重な物を惜し気なく使った手から、役立つ可能性の低い小細工まで、手は休めない。全ての行動はただ、全員で勝利する為に。


 一方、円盤の直上は既に灼熱の世界。

 男達は戦っている。文字通り身を焦がして。いくら熱に強いといっても、自殺行為なのは明らかな無茶だ。

 だが、それが彼らか。勝利へと道を繋ぐ強さか。

 それが戦いの一部であるかのように、彼らは歌う。


「最後の火龍は選ばれた!」

「人と生きゆく在り方を!」

「尊き愛にはまた愛を!」

「必ず未来へ繋ぎゆく!」

「偉大な祖龍の血脈を!」


 男達は歌う。声高らかに。誇りを懸けて。

 自らを燃やして、己の内に龍を描いて、それ以外はただ無心で戦う。全身火傷で、生きているのが不思議な状態で、彼らは死闘を繰り広げる。

 結果、踏み越えたのは人の限界。炎を超える、神域の熱波と化していた。


「龍の見守る我が国は!」

「幸い満ちる楽園に!」

「汗水流し皆励む!」

「必ず守り育てゆく!」

「龍にも劣らぬ繁栄を!」


 続けば続く程、死に近付く長期戦。

 悲鳴も嗄れ果てた肉体は、苦痛すら感じない。

 極限の集中により神経がすり減り、何の為に何をしているのかすら、あやふやになってくる。

 それでも、歌も加熱も体に染み付いているのでなんとか維持出来ている。逆に言えば、ただそれだけを自動で続ける人形めいてきている。

 人である事さえ犠牲にして。

 彼らはただ、子供じみた意地と先人から受け継いできた誇りを支えとして、戦っていた。



 そんな、中で。


「おうっ!?」


 ガクン、と突然円盤から体が離れた。硬い感触と足場が消えれば、流石に動揺が走る。極限の集中が強制的に途切れさせられた。

 その犯人は愛竜。甘噛みでハイトを掴み、宙に羽ばたいている。


「なんだローズ、どうした!?」


 慌てて辺りを見渡す。周囲の翼竜乗りも同様に相棒に咥えられて浮いていた。そのまま足場まで、荷物のように移動させられている。

 そして下には、高度が下がっていく円盤。昇降装置の円の中で、小さくなっていく。遠くなっていく。

 やがて爆音が轟いた。激突、破壊、暴嵐の狂騒。風圧と衝撃が上層まで駆け抜け、ビリビリと全身が痺れる。

 それも収まると、ぽかんと全員が間抜け面で固まる。


 光線は襲ってこない。駆動音もしない。振動もない。

 静かになった戦場に、荒い息と心臓の鼓動がよく響く。全ての機械は停止していた。

 ゆっくりと状況が呑み込めてくる。これらが意味するのは、すなわち。


「俺達の、勝ちだ!」


 ハイトは万感の思いを込めて叫んだ。合わせて男達の歓声が轟き、再び空間全体が大きく震える。


 ただ、それが最後の力だった。

 機械だけでなく、人も翼竜も力を使い果たして倒れていった。ハイトも当然、限界だ。気を失う寸前である。

 しかし、まだやるべき事は残っている。

 だから死ぬ気で力を振り絞った。近寄ってくるショトラへ向かい、やり遂げた、実に満足そうな顔で尋ねる。


「どうだ? これで道は開いたか?」

「…………ああ」


 ショトラは顔を緩め、優しさと温かさを備えた言葉を口にする。


「やはり、キミ達は素晴らしいな」

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