第23話 困難を乗り越えて未来へ

「さあ、管制区域はこの先だ」

「じゃあ開けてくれ……って訳にはいかねえか」

「ああ。確実に防衛機能があるだろう」


 目の前にある扉を見据え、緊張の面持ちで二人は話し合う。静かながら、警戒も戦意も最大限に高まっていく。


 ハイト達は再び昇降装置を使い、母船内の最上部にまで上ってきていた。

 高い天井の外周部、通路から離れ広くなった空間の奥に、大きく頑丈そうで周辺に様々な機械が取り付けられた物騒な扉があった。最重要区域に繋がるが故の、厳重な砦である。

 今まで一切見かけなかったが、この先には乗組員がいるはずだ。

 ショトラの復讐相手。安全な場所で略奪を指揮する、ハイトとしても憎き仇敵。到底許せない存在だ。

 そうでなくとも、全員で故郷へ帰る為には母船の権限を奪う必要がある。必ず対峙せねばならない存在であった。


 とはいえ、焦りは禁物。

 ハイト達は昇降装置の内部でローズに乗って、滞空しながら様子を窺っていた。後ろには解放された翼竜乗り数人も付いてきており、ショトラの言う通りに待機している。

 最後に立ちはだかる壁。警戒してしかるべき。

 だから、慎重に行動を起こす。


「とりあえずワタシが様子を見る」

「分かった」


 話は簡単に済ませた。

 武器を構えたショトラが、まずは周辺の機械へ光線を放った。

 見たところ損傷は無い。ショトラの解析でも無傷。

 そして、反撃の光線が発射され、ローズは素早く飛び上がる。


「ははっ! 戦いの始まりだな!」

「ああ。終わらせよう」


 一気に加速し、真っ向から体当たり。

 姿勢を変え、光線を放ってくる装置を踏み潰す。速度と重量を乗せた、一撃。

 しかし無傷。余程頑丈なのか。揺るぎもしない。

 動揺している暇はない。すぐに相手が光線の準備を始まる。

 ひとまずはその場を離れる。


「力ずくは無理か。この中で扉を開けるのは……出来そうか?」

「……そうだな。住民の部屋より強固なセキュリティのはずだ。難しいだろう」

「俺が体を張って囮とか盾に」

「それは単なる自殺行為だ。有効な手段とは言えない」


 静かに諭され、考え直す。

 この状況、ゆっくり作戦会議など出来ない。後戻りも出来ない。

 旋回で光線から逃げつつ、知恵を巡らせる。


「さて、どうするか。使える物はまだ残ってるか?」

「粉塵弾は使い果たした。攻撃を防ぐ装備はあるにはあるが……解錠までの時間を稼ぐには足りない。兵器を破壊か停止する必要があるな」

「じゃあ俺の熱はどうだ?」

「……熱が伝わるまでの時間が問題だ。やはり難しいだろう」

「難しいだけで不可能じゃないんだな? なら、やってみてもいいんじゃないか?」

「……仕方ない。無謀は今更か」


 ショトラは呆れの雰囲気。しかしそこには確かに、信頼や闘志もあった。

 苦難上等。話は決まった。

 飛行軌道を変更。

 壁スレスレに沿って、手を触れる。火龍の血が生む、膨大な熱を宿した手を。

 ショトラの言う通り、熱するには掌を当て続けなければいけない。避ける為に一旦離れれば、その間に冷めてしまう。


 かといって無茶をすれば、待っているのは死をもたらす光。


「ぐお!?」

「おい、大丈夫か!?」

「こんなもん、かすり傷だ!」


 逃げ遅れ、肩に命中。異星の攻撃は神聖な鎧にさえ穴を穿ち、そこから赤い傷痕が覗く。

 まだ動けるのなら構わない。激痛も痩せ我慢。闘志には響いていない。傷口を熱によって塞ぐ。

 そして再び機会を狙う。より己の内の炎を赤々と燃やして。


 それに、まだ手はあるのだ。


「皆、力を貸してくれ!」


 ハイトの言葉を受け、同行していた者達も愛竜に跨がり飛び出した。

 いかに血気盛んな男達であっても、目前にあるのは壁。円盤などとは違う。敵として戦うには疑問が生じていたのだろうか。

 だが、認識してしまえば、戦える。


「危険じゃないか? 敵の知識が無ければ適切な対応は出来ない。詳しい説明をしなければ」

「俺だって分かってねえし、そんなの時間の無駄だ! 皆、とにかく熱だ! 俺の動きを真似してくれ!」

「まあ、それはそれで合理的か……」


 数々の翼竜が空間内に散らばる。多過ぎても自由に飛べないので、待機している者もいる。

 加熱を繰り返し、高温を維持。ショトラの解析によれば、確実に損傷はあるらしい。歴戦の翼竜乗りは技も心も一流。未知の敵にも遅れはとらないのだった。

 とはいえやはり、一筋縄ではいかない。続ける内に多くの戦士達は光線に貫かれていく。負傷者は下がり、交代。次々に戦力を投じ、翼竜乗りは命を懸けて対抗する。

 それでも足りない。圧倒的に戦力が釣り合わない。多くの命を賭しても埋まらない差があった。


 血の雨が降り熱が渦巻く、紅い戦場でハイトは吠える。


「もっと人手が必要だ! 誰か呼んできてくれ!」

「数が多ければ良いとは……ああ。最初の夜も、そうだったか」


 納得した風に呟くショトラ。思い出したのだろう。大型円盤を網で捕らえたあの夜を。

 そうだ。力を合わせれば、勝てる。そう、強く信じている。

 素早く制御装置に向かい、操作。負傷者が乗った昇降装置を下ろす。

 そして光線が来る前に素早く飛び立った。再び加熱と回避を繰り返しながら待つ。意識を切り替え、全神経を注ぐ。

 援軍は気になるが、一旦頭の隅に追いやった。熱と手綱を正確に操らなけば、地獄へ一直線するのみ。希望もまた雑念となり得るのだ。

 だから、気付いたのはショトラだった。


「……む。下から何か来るぞ」

「援軍か、早いな!」


 ハイトの顔が輝いた。

 早くも蓄積してきた疲労も吹き飛ぶ。頼りになる先輩翼竜乗り達の姿が思い浮かび、気分が昂る。

 が、それに反してショトラの顔は渋く、声は濁っていた。


「いや、待て」


 見えずとも届く、独特の駆動音。響く振動。ハイトにも寒気がした。

 そして、見える。

 期待とは違い、上がってきたのはたった一つの、大きな影。

 下層に格納されていた、大型の円盤であった。

 それが偉容を見せ、それからすぐさま放たれる、太い光線。視界を白に染める。

 呆けていたが、瞬時に命の危機を感じて反応。命からがらローズに加速させて逃げる。それでも逃れ切れない、死の光。遅れてかすり、鎧が変形してしまった。

 縮む心臓を震わせ、ハイトは無理矢理口を笑みの形にする。


「危ねっ! そうか、あっちも本気だな!」

「警戒しろ! ひとまずは逃げ場を確保だ!」

「分かってる! おい、全員扉はいい! 今の場所から離れろ!」


 必死に叫ぶ。懸命に指示する。ハイトもショトラも、全力で最善の対応を探った。

 何度も見てきた相手。だからこそ、分かるのだ。敵は、一機だけではない。

 その予想通りに、小型の円盤が次々と吐き出されてきた。

 俊敏かつ統率された動きで、敵が追いかけてくる。先回りされる。瞬く間に逃げ場を埋め尽くしていく。

 翼竜乗り達は、猛獣の群れに囲まれた小動物と化した。気合いを入れて猛る者もあれば、悲鳴をあげて逃げ惑う者もいる。

 混乱。恐慌。暴走。連携は最早不可能だった。

 体の奥、一番深いところが、冷える。


「まずいな……皆……これじゃ……」

「今は自分の事を考えろ! 隙間はあるはずだ。潜り抜けるっ!」


 ショトラに叱咤され、自分の現状を鑑みる。今は、全力を用いなければ生き残れない。

 伝う冷や汗。早まる鼓動。警鐘が必要以上に鳴らされている。

 本能に急かされ、急激に加速。ローズは円盤と円盤の隙間、光線との隙間、狭い空間を駆け巡る。

 広大な宇宙とは違う。壁と天井に囲まれた中では自由自在とはいかない。極端に制限された窮屈な空は、死神の手が覆っている。顔に当たる風にも爽快さはなく、重苦しい寒気を運んでくる。

 飛べるのはショトラの指示があってこそ。予測される安全地帯、細い一筋を綱渡りのように辿り続ける。


 しかし、逃げてばかりではいかない。いつかは攻め込まなければ。

 そのいつか、は援軍が来た時だろうか。本当に、来るのだろうか。分からない。来るとしても、その前に追い詰められてしまうかもしれない。

 犠牲が、大きくなってしまうかもしれない。

 打開するには、危ない橋を渡るべきか。


 ならば、今すぐにでも。

 進路はほんの僅かな獣道。円盤にぶつかりながら飛ぶ危険な道を通り、扉へと進む。掌に、破壊の為の熱を宿して。


「……待て! 敵は円盤だけじゃないぞ!」


 ショトラの声と鎧を叩く手により、我に返る。

 警告を聞くも、遅かった。

 まるで見ていなかった壁面から、気付いていなかった発射口から、光線。

 焦りが生んだ致命的な危機。急加速するも、逃げ切れない。

 光が、左肩から脇腹にかけた部分を焼いた。


「ぐがぁっ!」


 傷は深い。それだけは分かった。

 鎧が高熱で溶けたように変形し、体を圧迫する。

 姿勢を崩してローズごと床に落ちる。悲鳴を噛み殺す。

 激痛。激痛。冷めない灼熱。意識が飛びそうになる。飛びかけて、苦痛が強引に引き戻す。


「う、おお……」


 重症だろうと、まだ生きている。

 痛みはあっても、耐えられる。

 熱はある。己の内で燃えている。

 ここで寝転がっていたら、この神聖な鎧に相応しくない。火龍に申し訳が立たない。全てを救う為に、戦って勝つのだ。

 だから、立ち上がらなければ。

 なのに、体が動かない。まるで自分のものではないように、全く。ただただ痛みを叫ぶばかり。熱も徐々に冷めてゆく。

 限界なのか。ここで。ここまで来て。


 見える床に影が落ちる。

 円盤が迫っている。

 ゆっくりと、破滅の光が生まれる。それは希望を潰す慈悲無き光。容易く何もかもを終わらせてしまうだろう。


「終わらせるものかっ!」


 暗闇に呑まれかけていた意識が明瞭に冴え渡った。

 ショトラが吠えた。今までに聞いた事の無い激しい声で。反射的に首が動き、眼に勇ましい後ろ姿が映る。

 いち早く立ち上がり、武器を向けている。闘志を奮わせている。更に何かの部品を投げ、的確に撃ち抜いた。

 すると、爆発。大きく炎上し、煙も立ち込める。自らも爆風によろめきながらも、一旦は危機を退けた。


「必ず、雪辱は果たす! だからキミも、立つんだ!」


 ハイトに駆け寄ってくると、なんらかの液体を患部にかけた。

 薬なのだろう。完全とは言えないまでも痛みが和らぐ。

 それだけでなく、力が湧いた。励まされた。思い出せた。戦友の姿により、弱気が吹き飛んだ。

 強制でも命令でもない。この無謀の戦いは、自ら選び、心身を捧げたのだ。

 傷ついた体に勝る、意思。しっかりと踏ん張って立ち上がり、気合いの雄叫びをあげる。


「まだまだあっ!」

「……ああ、まだまだ戦ってもらうぞ! 勝つまで!」

「当たり前だ!」


 強引に浮かべる、強気の笑み。負傷にも負けず、必ず勝つと、己を信じる。信じられている。

 二人でローズに跨がり、無理を重ねて体温上昇。鋼を焼く火龍とならんと炎を灯す。

 煙が晴れ、再び見えるようになった敵に、立ち向かうべく飛び上がる。


 と、その時、新たな異変が起きる。


「また何か来たな」


 静かに登場した円盤ではない。

 母船を揺るがすような地響き。いや、大きな音を伴っていた。爆音の波が徐々に下から近付いてきている。


「敵の援軍? 新兵器か!?」


 下方を見て警戒するショトラ。難しい顔で考え込み、武器の用意をしている。

 だが、ハイトは正体に気づいていた。音が聞き慣れたものなのだと認識していた。満面に喜びを浮かべて、彼らを迎える。


「いいや、違う。今度こそ、最高に頼もしい味方だ!」


 見えたのは多数の見慣れた影。

 翼竜とその乗り手の軍団、火龍の末裔である頼もしい男達が、大型円盤の下から現れたのだった。

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