第8話 闇夜に漁火、漁師歌

「待て! 待て待て待て! キミそれは無謀だぞ! あの巨大生物とは訳が違う! 考え直せ!」


 魔王を網で獲る。


 その発言を耳にし、理解し、混乱から立ち直って止めようとするショトラ。表情を大きく崩すその様からは必死さが否応にも伝わってくる。

 しかし海の男達は聞く耳を全く持たなかった。


「あのデカさだ。怪我人も駆り出さなきゃマズいか?」

「それでも足りねえかもしれん。おかの奴らにも声かけとかねえと」

「漁師連中は笛で分かるとしても、そっちは二人がかりで説得するしかないか?」

「いんや、テメエは天使サマの御者だ。準備が終わるまでデカブツを抑えとけ」

「それもそうだな。よし、俺達は先に戻るぞ!」

「いやいやいやいや! 勝手に話をまとめるんじゃない!」


 流れるような作戦会議に、猛反発。

 当然だろう。現実味に欠ける提案だとハイト自身理解している。

 しかし困難なのは百も承知。その上で海の男として自信があったのだ。ハイトは冷静な声で問い返す。

 

「じゃあ他に案あるのか?」

「それは……だが、しかし被害を大きくするだけの作戦を実行したところでだな……」

「はははっ! おい見ろよ! 説得の手間は要らねえみてえだぜ!」


 イーサンに促され漁具小屋の外に出てみれば、そこには既に翼竜乗り達が集まってきていた。

 笛の合図を理解し、意気込んで駆けつけてきたのだ。「やってやろうぜ!」「俺達で伝説の再現だ!」などという声がその気合いの入りようを物語っている。


「……なんと言うか、馬鹿ばかりなんだな……」

「ありがとよ。最高の誉め言葉だ」

「ピャッ!?」


 呆れるショトラの後ろに回り、腰回りを掴んで強引に抱え上げたハイト。やはり軽いので全く苦労しない。

 それに悲鳴も乙女らしくて、頼もしさとの差異に親近感を覚えた。イーサンもからかうような笑みを見せる。


「は。天使サマも可愛いとこあんじゃねえか。しっかり支えてやれよ」

「親父、そっちは任せるからな?」

「は。一丁前の口ききやがって」

「俺はともかく、この人は一流だよ」


 そう言い残せば、後は行動開始。ローズに跨がり、諦めたらしいショトラを前に座らせしっかりと支える。

 心強い温度を腕に抱え、夜空へと舞い上がった。

 円盤とはすっかり離れてしまっている。追い付こうと、少しばかりローズに負担のかかる加速をさせた。終わったら贅沢な食事と丹念なブラッシングをしようと決める。

 ショトラの方はもう抗議してこなかった。沈黙し、かつ不動。集中して干渉とやらをしているらしい。

 風を感じ、ローズを不自由なく飛んでもらうべく手綱を握る。空気が重さを持っていた。

 徐々に強まる緊張感。畏れも焦りも薄れ、平常心とは言い難いが調子は良い。


 そして略奪者の円盤と再び相対する。その偉容は変わらないが、方針を決めた今、最早恐れるだけの怪物ではない。

 この空で、漁師として命懸けで戦うべき、獲物だ。


「今度はちゃんと、戦いにしてやるよ」

「あまり気負うなよ。引き際も考慮しておくべきだ」


 意気込むハイトに、ショトラが不満そうに口を挟んだ。


「まだ納得してないのか?」

「賛成はしない。だが、賭けに出なければならないのも確かだ。諦めて腹を括るさ」

「そこまで後ろ向きになるような案でもないと思うんだがな……お? ほら見ろよ、壮観だろ?」


 後から追い付いてくるものに気付き、下を見るよう促す。

 眼下からは数え切れない程の翼竜が高速で向かってきていた。勇敢な乗り手の軍団、あるいは馬鹿で無謀な男達の集団が。

 巨大な網を持つ者が真っ先に上昇していき、円盤よりも上方に至ったところで広げて覆い被せる。だがいくらクラーケン用の網とはいえ、流石に規模が足りない。延長の為に結んであった綱がなんとか成り立たせている。

 その綱を数々の乗り手が掴み、漁としての形が完成した。

 そこでハイトも加わろうとしたが、イーサンがどら声で制する。


「おら馬鹿息子、手前はそのまま音頭取れ!」

「は? 俺でいいのかよ?」

「言い出しっぺは手前だろ。そもそも俺はあんなモンの捕り方は知らん。だから最後まで責任持ちやがれ」

「……分かった。なら」


 重い。しかしそれだけの大役に納得し、背負う。

 そして深く、大きく息を吸い込み、笛を吹いた。

 響く音色に心が昂る。心が燃える。

 再び息を吸い、口を広げ、高らかに歌った。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」


 野太い合唱が闇夜に轟く。

 翼が空気を叩く。全身で縄を引く。

 舞台が海上から上空へと変わったが、やる事は変わらない。

 人と翼竜。人と人。全ての力を合わせ、引く。

 例え、無謀でも。成果が見られなくても。


 ただ、手応えはなくとも煩わしいのか。当然、円盤も抵抗する。

 真上への進路が、前後左右へとずれた。これでは漁の陣形が乱れ、全体としての力が弱まってしまう。


 ハイトはほくそ笑んだ。

 これは漁と同じだ。海でも獲物が暴れる時に無理に引けば切れてしまう。獲物の動きに合わせ、引き手も力加減を調整するのだ。

 その指示もまた、音頭を取ったハイトの役目。歌の合間に笛を吹き、方向を示す。今まで見てきた、盗んで学んできた漁の技術を総動員して、更には強力な戦士の助けも借りて役目を全うする。


「方向転換の予兆だ!」

「おう!」

「もうすぐ攻撃だ。備えろ!」


 謎の攻撃が再び襲った。頭痛に吐き気。ふらつき、力が緩まる。

 しかし以前よりも弱い。気のせいか、気分が昂っているせいか、耐えられない程ではない。残る少しばかりの影響も、声を張り上げて意識の外へ追い出す。

 その後夜の闇が、突然走った目も眩む光線によって白くなった。


「なんだ、通らないんじゃないのか?」

「通らないが仕方ないだろう。余計な負荷を与えて、キミ達への警戒を少しでも分散させなければいかない」

「そうか。助かる。引き続き任せていいな?」

「キミこそ指揮をするなら無駄口を叩くんじゃない。重要なのだろう?」

「そりゃそうだ」


 私語を終わらせ、役目に戻る。必要な力を合わせる、その為の歌を歌う。

 人は汗だく、翼竜も疲労が濃い。度重なる不可解な攻撃に戦意が削られる。山を動かすような、徒労に思える行動に精神的にも消耗する。

 それでも、必死に懸命に、彼らは漁を続ける。声を嗄らさんばかりに歌い続ける。


 そんな中、ショトラが目を見開いた。


「……まさか、高度が下がっている?」


 目印の無い高空。ハイトには、漁師達の力が成果を上げているかは分からない。

 だが、それが事実だと証明するように、ショトラは興奮した声音で叫んだ。


「いいぞ! そのままだ! これなら権限を奪える! いやもしくは、いずれ燃料切れを起こす!」


 専門家からのお墨付き。光明が不安を照らしてくれた。

 ハイトはニヤリと強気な笑みを浮かべる。

 漁師歌にも気合いが入るというもの。より大きく、より高く、魂を込めて闇夜に響かせる。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」

「俺たちゃ海の翼竜乗りぃ!」

「魚も海獣も網の中ぁ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」

「大漁大漁でかかあが笑う!」


 人竜一体で飛び、引く。

 相手の規模に比べれば見劣りする、たったの数十組。その人の力が、確実に異星の略奪者と拮抗していた。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」

「俺達ゃ海の翼竜乗りぃ!」

「大物魔物も何のそのぉ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」

「大漁大漁で小僧が笑う!」


 歌と笛の音に混ざる、不可視の攻撃。向こうも形勢を覆したいのか絶え間無く続き、全身を揺さぶる。

 しかし、ショトラの干渉のお陰か、激励のお陰か、初めの時よりも遥かに弱いように思えた。気合いを入れずとも余裕で耐えられる。

 ならば怯まない。もう止まらない。止められない。

 

 この場にいる全員が一丸となって、魔王を天から引きずり落とす。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」


 戦いが始まってから、時間は大分経過した。

 下を見れば集落の上空から森林地帯にまで移動していた。ここまで来たらハイトにも高度が分かる。成果が目に見え、あと少しだと力を振り絞る。

 佳境。漁師達の勝利は目前に迫っていた。


「よし、よしよしいけるぞ! これで、もう……っ」


 ショトラが発したのは安堵と興奮、勝利を確信した言葉だった。そうだとすぐ察せられる明るい声だった。


「……いや」


 しかしそれが急に陰る。

 まるで、見てはいけない物を見つけてしまったかのように。


「待て、撤退す──」


 それは上空にあった。

 遥かな高み、星々の領域からやって来た、丸い影。略奪者の艦の増援が、すぐ頭上にまで迫ってきていた。


 そして。

 最後の最後で、二番目の円盤が発光。ショトラの光線よりも、昼間の太陽よりも明るい暴力的な光が一瞬にして生まれた。

 そして広がった真っ白な世界に、ハイトの意識は奪われたのだった。

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