第9話 流星の真意

「……ふう。これで、なんとか、誤魔化せたか……」


 静かで寒々しい暗闇の中で声が発された。

 恐ろしい獣から必死で逃げ切った後のような、心から安堵した声だった。


「……一人だけか。ワタシでは、この程度が限界なのか」


 荒かった呼吸が落ち着くと、その後の発言は声質が変化していた。

 厳しい自責が重苦しく響く。


「いや、これはこれで、都合がいいのかもしれないな」


 しかし声は更に一転して冷たくなった。

 無情。非情。合理的な計算に人の温かみは存在しない。


「はっ。最低な天使様だ」


 声はしばらく、壊れたように力無く笑い続けていた。狭い空間でで反響し重なり、まるで大勢の観衆に嘲笑されているようだった。









「……ん、んん……なんだここ?」


 ハイトが目覚めたのは奇妙な内装の部屋の中だった。金属や見慣れない素材ばかりの、生活感が無く落ち着かない空間だ。

 気だるい寝起きと重なって、夢か死後の世界かと混乱する。

 だが、はっと気付く。

 この雰囲気はショトラや略奪者の艦に似ていた。恐らくはそれらの中なのだろう。


「そうだ。あれからどうなった?」


 魔王との戦いを思い出し、意識がハッキリと目覚めた。

 結末は真っ白になった記憶しかない。その後に勝てたとは思えない。

 嫌な予感。最悪の想像。言い知れない焦りが生まれる。

 ここには自分一人だけ。他の村人は何処にいるのか。そもそも自分がいるここも何なのか。

 それらを知る為に、ひとまず行動を起こす事に決める。


 見渡せば、天井の一部にポッカリと空く穴があった。壁に据え付けられた梯子を上り、外に出ていく。

 まず見えたのは雲が漂う空、穏やかな波の海、そして岸壁に寄り添うように眠るローズであった。見慣れた景色に落ち着いて一安心。心中が熱いもので満たされる。

 我に返って砂浜に降り、今まで中にいた物を見てみれば、初めにショトラが顔を出した鋼の鳥だった。それにより、一つの事実を理解する。


「……また、助けられたんだな」


 湧き上がる感謝の念。胸の内が熱くなる。

 初めからずっと頼ってばかりで申し訳ない。己の無力を悔やむ。


 しかし、そのショトラは今ここにいない。他の誰かしらも。事態が深刻なのは明らかだ。

 見たところローズに異常は無いので、急ぎ村へ向かう。

 砂浜の走りにくさも構わず走り抜け、中心の大きな道を駆けて、すぐに気付く。

 声がしない。物音がしない。人気が全く無い。

 嫌な想像をしてしまう自身に急かされながら自宅を確認する。

 誰もいない。

 胸騒ぎに急かされて足を動かし、次々に家を覗いていく。

 誰もいない。


「……そうだよ。避難したんだからいないのは当然だよな」


 ハイトはそう言って意識的に笑ったが、固くぎこちないものだった。


 希望と焦燥を持って隣の集落へと出発。

 その途中の道には多くの荷物が落ちていた。見覚えのある物も多く、不安を大きくさせてきた。

 そして身体能力を考えれば異常に早く、明らかな無茶をして到着した。

 しかし、そこでも同じ。

 全く人気が無い。散乱した荷物があるだけで、家の中を確認しても無人だった。

 ハイトは笑う。ぎこちなく、無理矢理に。


「……ああ、もっと奥の方まで逃げたんだな」


 気持ちを切り替え、他の集落に向かう。汗で濡れ、息も絶え絶えになりながらも、一縷の望みを支えにして走った。


 だがしかし、ハイトを待っていたのは、やはり同じ無人の空間。

 何処にも、誰一人として人はいない。すっかりと消え去っていた。


「なんっ……なんだよコレはぁッ!」


 こうなれば最早夢を切り捨て、現実に八つ当たりするしかなった。掠れた叫び声が無人の廃墟となった集落に空しく響く。

 人は居なくても自然は変わらずそこにある。虫が飛び、風が吹き、太陽は輝いている。

 何も特別な事は起きていない、とハイトは世界に拒絶されているようだった。


 その、はずだった。


「そんなもの決まっている。略奪者に奪われたんだ」


 理不尽への疑問。天への詰問。もしかしたらこの地の神ですら知らない、彼方の星の事情。

 こうして答えられる存在は限られている。


 背後の声に振り返れば、そこには不思議な衣装を着た、青白い顔の異形。動揺とはかけ離れた、堂々とした立ち姿のショトラがいた。

 ハイトは反射的に駆け寄り、両肩を掴む。


「皆、何処に!? アレは捕まえて、地上に落とす寸前だっただろ!? なのに、どうして!?」

「落ち着くんだ。事は単純。最初の艦は追いつめたが、増援が来て制圧された。その後、人を奪っていったというだけの話だ」

「なら空か。飛んでいって、取り返せばいいんだな!?」

「不可能だ。敵は既に宇宙空間、キミ達の文明では立ち入れない場所にいる」

「でもアンタは行けるんだよな!? じゃあ!」

「キミを加えても二人しかいない。膨大な戦力が相手では一方的に潰されるだけだ」

「なら諦めろってのか!?」


 一際大きな声でハイトは怒鳴った。肩を掴む力も無意識に増していた。

 相当の刺激があるはずだが、ショトラはあくまで冷静。まるで感覚などないように話し続ける。


「だから落ち着けと言っている。怒りは貴重な動力源だ。無駄に消費するんじゃない」

「なんだ? 怒るなってか? ふざけるな! こんな事をされて大人しくしてられっかよ!」

「違う。無意味に発散せず、困難に打ち勝つ為の燃料として蓄えるんだ。その苛烈な怒りは己の内で燃やし続けろ」


 無感情で小難しい言葉はハイトの頭に届かない。むしろ激情を募らせてショトラに詰め寄っていく。

 その触れ合いそうな程の至近距離で、彼は目にした。


「この、ワタシのように」


 大きな瞳の中では、確かに真っ黒な炎と小さな星が激しく燃えていた。それに反してショトラが纏う全体の雰囲気は何処までも冷えていた。

 先程の言葉の、正に具現化。

 ハイトの怒りは一瞬で冷め、強制的に黙らされてしまった。


「ようやく落ち着いたな? ならば話そう。ワタシもかつて奴らに仲間を奪われた。その復讐に他人を利用しようと考え、この星まで辿り着いた。……さあ、目的は一致したな? 共に略奪者に挑もうじゃないか」

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