2-15.Madonna of the Carnation



「話が逸れたであるな。この絵画についてだが」



JVは絵画をデスクの上へと乱雑に放つと、何百年の歴史を持つのであろうそのキャンパスはパタンという乾いた音を鳴らした。


旧世界ならば富豪たちが億単位の落札値をつけるであろう美しく華やかで精巧なその絵画をJVは1秒も鑑賞することなく、代わりにデスクに置かれていたタブレット端末を手に取った。


8インチのマットな白色の筐体には、中央にメーカーのロゴマークである赤葡萄が鏡面で刻印されている。



「この絵画だが、あー、アンドレア・ヴェロッキオ作の、なんだったかな……」


「カーネーションの聖母」


「そう、カーネーションのソレである」



JVはタブレットの画面に目を向け、レオとヒューガには言葉のみを投げかけている。


違和感を覚えた。


作品名を覚えていないやら、実物も雑に扱うやらで、JVはこの絵画になんの意味を見出しているのかが分からない。



「本当に本物なんだよな?」


「本当に本物である。三年前のインターナショナルオークションで、我輩が3百万ドルで落札したのであるよ。記録に残っているのは我輩の偽名であるがな」


「世界の死よりも前にですか?」


「うむ。しかもカーネーションのナニカだけではない。ヴェロッキオの全13作品のうち4枚を世界の死以前に、8枚を世界の死以降に部下に回収させているである」


「あと1枚でコンプリートだったってわけだな」


「うむ」


「ならなんで奴らがその絵を持ってたんだ? 盗まれたってことか?」


「盗まれた……まあその表現でも間違いではないであるな。順を追って話すである。座るがいい」



カウンターキッチンに向けられた背の高いダイニングチェアを顎で指すJV。


レオとヒューガはそれを部屋の中央まで運び、そしてデスクのJVと向き合うようにして腰を下ろした。


長身な二人が背の高いチェアに座れば当然見下ろされることとなる。


JVは少し不機嫌そうに鼻を鳴らし、大量の手書きのメモが記されたタブレットに再び目を移した。



「世界の死を越え、人類復権の基礎となる自治地区“ガイア”は世界中におおよそ170。ここまでは貴様らも知っているはずであるな」


「はい」


「ではそれら170のうち、実際にジェネレーターを保有して自家発電を行っているガイアはいくつあると思う?」


「は? 全部のガイアじゃねのか?」


「この世界におけるジェネレーターの数は12台のみである。メディオのジェネレーターもこれに含まれている」


「じゃあ他のガイアは……!?」


「世界各国のジェネレーターはSSGが管理しており、我々トランスポーターグループの手によって他ガイアへと資源を輸出しているのである。12の拠点と、それにぶら下がる150余りの旧都市。これが現在のガイア……いいや、世界の構造である」



かつてこの世が地獄と化したあの日から、人類は自身の生命活動で手一杯だった。


そんな混乱状態においては、SSGが世界中の情報を統制することなど容易かったのだろう。


レオの驚愕の顔は、その情報統制が産んだものの一つだった。



 

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