2-14.Madonna of the Carnation



「通り名は? テメエのことは何て呼べばいい?」


「JV、で良い。本名が長いものでな」


「オーケー」


「それで、さっそくモノを」


「テメエらみてえなのは“ブツ”って言うんじゃねえのか?」


「我々は合法企業なのでな」


「法が機能してればの話だが」



JVと名乗った少女……いや、小さな女に、歩み寄ってアタッシュケースを手渡すレオ。


チェアに座るJVをレオとヒューガが見下ろしている形だが、おそらくJVが立ち上がってもさほど目線の高さは変わらないだろう。


JVはアタッシュケースを開き、中の絵画を手に取った。


肝心の絵にはさほど興味ないらしく、すぐに裏返して数字の羅列を凝視する。



「AVさん、その数字はなんなんですか?」


「誰がアダルトビデオだ。この数字は我々さえ把握していれば良い物である。貴様らには関係がない」


「関係あるね。その『我々』ってのには俺も含まれてるはずだ。こっちのクソ女は知らねえが」


「…………」



目線を絵画の裏からレオに流すJV。


その目は少し睨んでいるような、キッとした鋭い目だ。



「吾輩は貴様をメンバーにするとは言っていないである。ただ今晩ガイアゲートに来るように指示し、そのあと貴様を駒にしてコレを回収しただけである」


「あ?」


「ヒューガが言うならまだ分かるである。しかしレオ、貴様はヒューガに負けたであろう?」


「……それがなんだよ」


「貴様は吾輩が提示したタイムを切ってくれた。約束通りメンバーにはしてやろう。しかしレオ、よく聞くである」



絵画をデスクに置く。


可愛らしい体裁、とかいう先程までの雰囲気は消え去った。


下からだが、狼が這い寄るような、背筋を悪寒が走るような目線。


レオは左足が一歩退くのを、必死に堪える。


ヒューガはレオの頬を伝う一筋の冷や汗に気付き、場の氷結に息を呑む。



「貴様はヒューガに負けた。貴様を雇うのはヒューガのついでである」


「ついで、だと……!?」


「口を慎むがいい。ただ運良く我々に仲間入りできたことを喜べ。貴様が覚えるべきはそれだけである」



ギリ、という歯の軋む音まで聞こえたような気さえした。


レオは拳を振るわせている。


言葉なくして空気を通じてヒューガに伝わってきたのは、怒りの感情。



「テメエに……テメエに何が……!!!!」


「なんであるか? 言ってみるがいい」


「…………」



JVはその言葉の続きを期待しているように見えた。


だが、それから続いたのは一瞬とも永遠とも思える無言の間だった。


JVが不審げに片眉を上げるのとほぼ同時に、レオから放たれる瘴気が収まった。


握っていた拳は緩まり、大きく息を吐き、そしてゆっくりと顔を上げる。


レオの表情には、曇りがなかった。


いいや、曇りが消えた、という表現の方が正しいだろうか。



「いいや、テメエの言う通りだ。クソ女の評価を裏返せるようせいぜい頑張るよ」


「そうであるか」



これで荷が降りたのはヒューガだ。


JVはさほど大きなリアクションを取らなかったが、少しだけ首を傾げたその仕草は、なんとなく「期待はずれ」とでも言いたげな素振りに見えた。



 

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