2-13.Madonna of the Carnation



メディオにおいても一流のホテルの最上階、しかもワイルドウイングのボスが棲家に選ぶような部屋なのだから相当に豪華なものを想像していたが、内部は驚くほどに質素だ。


ドアを開けた瞬間に世界が変わったかと思えるほどに。


床、壁、天井、全てが白く、玄関から廊下にかけては家具と呼べる家具はない。


敷地面積も良く言って賃貸住宅とかそういうレベルのもので、短い廊下の突き当たりにはホワイトオークのドアがある。


レオはさらにそのドアも開けた。


白と、黒の世界。


カウンターキッチン付きの12畳ワンルームだが、生活感は皆無。


同じく内壁は白で、システムキッチンやカウンターに面したハイチェア、リビングスペースのデスクなどの家具は無機質な黒で統一されている。


目立つのはデスクに向く、こちらに背を向けた黒いデスクチェアだ。


一眼で分かるほどにそのチェアだけが合理性に富んでおり、大きな背面は分厚く柔らかな革のクッションであることが窺える。


だがこの部屋を見回すに、人間はいない。


確かにこの部屋に案内されたし、インターホンに反応して鍵を開けた人物がいるはずなのだが。



「おい、監視でもしてんのか? テメエの案内した部屋に着いたぜ」


「監視も何も、ここにいるのであるが」



いや、そのデスクチェアが動いた。


くるりと気怠そうに回転し、チェアに座っていた人物が現れる。


レオも、ヒューガも、その人物を見て「は?」と同時に漏らした。


小柄だ。


それもデスクチェアの大きな背面に身体の全てが隠れてしまうほどの、少女。



「可愛らしいですね、生きているだけで世界が平和になりそうです」


「ボスの娘さんかい? 子供がいていい場所じゃねえぞ」


「馬鹿言え。吾輩は貴様らより歳上である」


「「えっ……」」



ドジャースの野球帽を被って首にはチェッカーフラッグ柄のマフラーを巻いており、顔のほとんどが隠れているが、仔猫のように大きな黒い瞳は美しさよりも可愛らしさが勝る。


手の甲まで覆うオーバーサイズの白いセーターに白い脚が露出したブラックデニムのホットパンツ。


白と黒のボーダー柄のニーハイソックスにバンスの白いスニーカー。


どこを見ても美少女中の美少女だが、今、なんと言った?


俺よりも歳上……?



「ヘッドセット越しに貴様をナビゲーションしていたのも吾輩である。思っていたよりも時間がかかったであるな、距離を詰めるまで」


「どうやって俺達の動きを見ていた?」


「部下のメカニックが昨晩のレース前にF40の車体下部にGPSを貼り付けていたである。サリーンには予め」


「チッ、さっさと取らねえと」


「無駄である。あのわずかな時間で溶接したらしいからな」



その話し方はどちらかというとボソボソとしていて、あまり聞き取りやすいものではない。


しかし言葉の選び方には全く迷いがなく、その上こちらに向けられる眼光だけを見ればワイルドウイングのボスに相応しい鋭さを感じる。


それもレオが本能的に萎縮を覚えるほどに。


間違いない、この小さな女こそが現世のメディオを統括するワイルドウイングのトップだ。


やたらと高い変成器のあの声は設定がおかしかったのではなく、単に声音が幼くて高かったということだったらしい。



 

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