2-10.Madonna of the Carnation



レオは眺めていた。


ゴールドのNSXと、もう1台も同じくゴールドのニッサン・R32 GT-R、路肩にできた二つの鉄屑を。


……ではない。


レオが眺めていたのは、自分が作った鉄屑ではないほうの鉄屑を作った、その車。


レオはF40を降りた。


そしてその車へズカズカと、足音が聞こえるほど地を踏みしめながら歩み寄る。


その車を見たのはつい昨晩だ。


壇上にその車が現れる瞬間を見た。


サリーン・S7。


レースの優勝賞品。


レオの記憶の中では、ある一人の女がその所有者になっている。


記憶の中の金髪の女は確か、やけにタイトなスキニーデニムと編み上げた革のハイヒールブーツを履いていたはずだ。


サリーンのドアが開き、ドアから覗くその長い脚と、レオの中の記憶が合致する。


金髪の女。


サリーンから現れたのは、ヒューガ・エストラーダ。


ヒューガはレオを見て少し驚いているような表情を浮かべている。


驚きたいのはこっちだが、それよりも、怒りが勝る。



「あれ? レオさん、今日もバンダナがお洒落ですね」


「なんでテメェがここにいるんだ」


「こちらの台詞です。私は一人で来るようにと言われたのですが」


「は……?」



同じだ、恐らくこの女と自分は同じ状況にいる。


唯一異なっているとすれば、自分達が撃った2台の車とレオは面識があることくらいだろうか。



「それより何者ですかね、私とレオさんが追っていたかっこいい車」


「あれはストリートレースのレーサーだ、何度かやり合ったことがある。どっちもいつの間にか姿を消したがな」


「そうなんですか? なぜ元レーサーがウラヌスに?」


「俺が知るかよクソ女」




《オーケー、では我輩から少し説明をするである》




ヘッドセットの向こうから聞こえる変声機を通した声が再び流れ始める。


見ればヒューガもヘッドセットをしていたようで、同じタイミングでヘッドライトの通話ボタンを押していた。



《対象の損傷はどのようになっている?》


「どっちも頭から建物に突っ込んでる。エンジンルームはオジャンだな」


《デッキより後ろは?》


「フレームは保ってる」


《ではトランクを開けるがいい。手段は問わぬ》



双方、自分が追っていたほうの車に歩み寄る。


互いの車が交差するようにヘッドライトで鉄屑を照らしており、幸いにも車の機構はよく見える。


NSXの運転席のドアを開けると、ドライバーが雪崩れるようにして車外へと倒れ込んだ。


こいつとはかつて共にステージへ上がったような気もするが、顔面が血で汚れていてよく思い出せない。


レオはシート下のトランクオープンのレバーを引き、背後からトランクの開く音を覚えた。




  パァンッ!!!!!!




銃声が響き驚いて車外へ飛び出すと、ヒューガが拳銃でトランクの結合部に穴を開けているのが見えた。


黄金色のレボルバー拳銃。


そういえばレオは複数発弾丸を放ってGT-Rのタイヤを仕留めたが、向こうから聞こえた銃声は一発だけ、レオのサブマシンガンの音に重なって微かに聞こえたような気がする。


不愉快だ、奴の全てが。


レオは舌打ちを一つ挟み、トランクへと向かう。


開いたトランクの中にあるのは、ポリカーボネート製の黒いアタッシュケース。


一週間分の旅行でも対応できるほどの大きさだが、やたら軽い。


板状の何かが一つだけ入っているように感じられる。



 

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